第四十八話 非道と残忍と狂気
「……??」
怖くて思わず目を閉じちゃったけど、なにもされていないのか、体が痛いとか、熱いとか、そういうものは無い。
よかった、あれはただのハッタリだったのかもしれない……そんな幻想など打ち砕くように、エリーザが不敵に笑った。
「あ、やっば~い。手が滑っちゃった~」
魔法で手が滑ることなんてあるのだろうか――そう思った瞬間、悲鳴が聞こえてきた。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「がはっ……あ、あぁ……」
さっき見た大きな牢屋の方から、悲鳴の他にも、呻き声や言葉では形容し難い、鈍い音が聞こえてきた。それから間も無く……なんの音も聞こえなくなった。
「まさか、あなた……!?」
「うちってば、魔法に失敗して近くに置いといたゴミを全部貫いちゃったみた~い。まあこれは事故だし、所詮あいつらは使い捨ての道具だし。だから、うちは悪くないし」
今の魔法で、牢屋に閉じ込められていた人達を全員殺したの!?
あの人達には、何の罪もないのに……どうしてこんな醜い人間の為に、痛い思いをしないといけないの!? 絶対に許せない……!
「近くで人が殺される音が聞けるなんて、随分レアな体験が出来たんじゃね? うちに感謝しな」
「うるさい、この外道……!」
「きゃはっ、まだまだ元気そうじゃん!」
狂気に満ちた笑みを浮かべるエリーザは、再びあたしをムチで何度も叩き続けた。
体中が赤く腫れあがり、痛みで感覚が麻痺しようとも、あたしは心を折ることはしなかった。
「ふう、疲れたし今日はこの辺で終わっか。明日からも、あいつの実験サンプルとして、うちのストレス発散のコレクションとして、そして……復讐の第一歩として生きてもらうから」
「はぁ……はぁ……」
「そうだ、あんたにプレゼントがあるのを忘れてたわ」
エリーザがそう言うと、あたしの首元がピカッと光った。それと同時に、首に何かが巻かれているような感覚も感じた。
えっ……なにこれ? ひょっとして首輪? こんなのがプレゼントなの?
「あはは、犬みたいでよく似合ってんじゃん! それは、今の拘束魔法の応用みたいなやつ。うちが魔法を使うとその首輪が反応して……ビリビリ~っ! ってなんの」
「こ、こんなの……いらない……!」
「だーかーらー! あんたに拒否する選択肢は無いから! ていうか、さっきから生意気なことばかり言ってっけど、立場わかってんの? はーイラつく……そろそろ終わりにしようかと思ったけど、もっと痛めつけてやる」
いくら酷いことをされたって、絶対にあたしは諦めたりしないんだから。それだけを胸に刻みこみながら、あたしは痛みで気を失うまで、エリーザにムチで叩かれ続けた――
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■アラン視点■
ミシェルが屋敷を去ってから、三日が過ぎた。今日も俺は、自室に籠って魔法の研究をしている。
しかし、ミシェルがいなくなってから、研究が全く捗る気配が無い。魔法の回路を組んでも失敗し、本を読んでも全く集中できない。
「ミシェルは向こうで上手くやれているのだろうか……便りの一つもないが……いや、きっとミシェルは俺に愛想を尽かしているだろうから、連絡しないのは当然か」
「アラン様、少々よろしいでしょうか」
「ああ、入れ」
ノックの音と共に、使用人が部屋の中に入ってくる。その表情は、暗いものだった。
「シロの行方はつかめたか?」
「いえ……」
「そうか……」
実は昨日から、シロが屋敷からいなくなってしまった。あちこち探しているのだが、結果は聞いての通りだ。
賢いキツネだから、一匹でも心配はないかもしれないが、だからといって放っておくわけにもいかない。
もしかしたら、ミシェルを屋敷から追い出したことに怒って、出て行ったのかもしれないが……。
「……こんな時、ミシェルならどうするだろうか……彼女なら、休まずに探し続けそうだな」
シロのことはもちろん心配だが、それ以上に俺の頭の中は、ミシェルでいっぱいになっていた。
……俺はいつの間にか、ミシェルのことを異性として好きになっていた。
ミシェルと一緒にいると、俺の冷え切っていた心が温かくなる。話しているだけで楽しいと感じ、笑顔を見るともっと笑ってほしいと思う。
だが……俺のような無愛想で魔法のことばかり考えているような人間では、ミシェルを幸せにできるとは、到底思えない。研究だって、いつ終わるかわからない。
なら、ミシェルを深く傷つけることになったとしても、大切にしてくれる男性の元に……俺よりも優れた研究をしてくれる男性の元に、嫁ぐべきだと思ったんだ。
それに、あの時のスィヤンフィ様の言葉……受け入れたら盛大に出迎えると言っていたが……俺には、受けなかったらどうなるかわかっているだろうなと、遠回しに脅しているようにも聞こえた。
温厚なスィヤンフィ様が、暴力的な報復をするのは考えられないが、代わりに侯爵家という地位を利用して、我がバーンズ家や領民を、脅かすかもしれない。
そう思うと、なおさら断るわけにはいかなかった。
「そう、これでいいんだ……ミシェルが幸せになれるなら……民と家を守れるなら……そう、これでいい……」
「……あの、ミシェル様が出て行かれてから、今まで以上に無理をされてませんか? 日課だった、イヴァンさんの店にも行かれていないようですし……」
「たまたまそういう気分じゃなかっただけだ」
「左様でございますか……では、失礼いたします」
使用人は、心配そうな目で俺を見つめてから、静かに部屋を出て行く。
今更考えても仕方がない。俺は……研究をしなくては。それが、情けない俺に出来る唯一のことなのだから。
そう自分に言い聞かせて研究を再開しようとすると、今度はノック無しで部屋の扉が開かれた。それも、蹴り破ったのではないかと錯覚するほどの勢いで。
「おう、帰ったぞアラン!」
「あ、兄上!? どうされたんですか、まだ仕事でこっちには帰ってこない予定では!?」
「うちの使用人から、ミシェルが出て行ったって手紙が来たら、帰ってこないわけにはいかねえだろ。あぁ、仕事は心配すんな。明日にはまた行かないといけないが、とりあえず今日の分は済ませてきたからよ」
……まったく、仕事で家を長期間開けている兄上に心配をかけないように、ミシェルのことは伏せておくつもりだったんだが……。
「俺の部屋で葉巻は控えていただけないでしょうか? 部屋に臭いがうつると中々取れませんし、本に引火したらどうするのですか」
「そんなヘマはしねーよ」
散らかり放題の部屋の中を、兄上は杖をつきながら、ソファまで器用に移動して腰を降ろした。
「ふー……やっぱり家で吸う葉巻は一味違うぜ。出先だと、なんか味気ないんだよな」
「そうですか。俺にはよくわかりませんが」
「試しに吸ってみるか? ほれ」
「遠慮しておきます」
「それは残念だ」
わざわざ仕事を抜け出して帰ってきて、こんな呑気に雑談をしに来たわけじゃないだろう。早く本題に入らなければ。
「ミシェルのことですよね」
「おう。どうしてあいつを追い出した。そんな嫌がらせをするような男だとは思わなかったぜ」
「嫌がらせではありません! 俺は、ミシェルのことを考えて――」
その後は、俺はどうしてミシェルを嫁がせたのかの説明をした。その間、兄上は黙って葉巻を楽しみながら、俺の話を聞いていた。
「は~ん、なるほどな。お前の考えはよくわかった。つまりお前は、逃げたんだな」
「は……? 逃げた?」
「資格が無いだ、家を守るだ、偉そうに言葉をつらつら並べてたけどよ、結局自分に自信がなくて逃げたんだよ」
「逃げてなどいません!!」
俺は人生で初めて、兄上の胸ぐらに掴みかかる。それくらい、的確な事を言われたせいで、必死に反発をしてしまった。
「なら取り返しに行けよ。惚れた女が他の野郎のところに行ってもいいのか? こんなところで別れていいのか? 」
「ぐっ……良い、んです。それがミシェルの幸せに繋がるのなら……」
「バカ野郎!! どこの馬の骨かもわからない男に、ミシェルを幸せにできると本気で思ってんのか!? 一緒に幸せになれなくて、悔しくないのか!? それでもバーンズ家の一族か!?」
兄上は、残っている方の手で拳を作ると、そのまままっすぐ突き出し……俺の顔面にきつい一発をおみまいした。
「目、少しは覚めたか?」
「兄上……お、俺は……」
「もう一度だけ聞いてやる。お前は本当にミシェルと別れていいのか?」
「俺は…………俺は! ミシェルと別れたくない。俺が魔法を完成させて、ミシェルを幸せにしたい!」
俺は……何を弱気になっていたんだ。確かにスィヤンフィ様は、俺よりも人間が出来ているし、魔法の研究の環境も優れているだろう。
だが……ミシェルを想う気持ちは、俺の方が優っていると、胸を張って言い切れる。
そして……初めて愛した女性を、幸せにしたいと思う気持ちも、世界で誰にも負けていない!
「なんだ、言えたじゃねえか。なら、未来の嫁さんを助けに行かないとな」
「よ、嫁って……」
「違うのか?」
「……いえ、何も違いません」
……そうだ、俺の未来の妻は、ミシェル以外に考えられない。俺はやっぱり、これからもミシェルと過ごしたい!
「ありがとうございます、兄上。俺としたことが、弱気になっていたようです」
「弱気ねぇ。やはり、気づいてなかったようだな」
「なにがですか?」
「お前、なにか魔法がかけられてたぞ」
「な、なんですって!?」
バカな、いつの間に魔法を? そんなのをかけられれば、すぐに気づくはずだ!
「詳しいことはわからないが、おそらく少し変わった洗脳……いや、暗示に近い魔法だな。珍しい魔法だが、俺の愛のゲンコツで一撃よ!」
「さ、さすが兄上……しかし、どうしてわかったのですか?」
「お前がミシェルを突き放すようなことなんて、絶対にしないと思ってたから、なにか原因があると思ってたのさ。じゃなきゃ、わざわざ帰ってきてまで、直接言いに来ねーよ」
「なるほど、兄上には俺の気持ちなど、お見通しだったということですね」
「たった一人の弟のことがわからなくて、兄上なんて務まらないからな。ていうか、最初から言ってんだろ? お前はミシェルのことを気に入ってるって」
まったく、理解のある兄を持つのはとても幸運なのだが、全てを見透かされているようで、少々恥ずかしいのが難点だ。
「んで、お前はどうすんだ?」
「マール家に突入してミシェルを奪還――といきたいところですが……バーンズ家とマール家の仲が険悪になる可能性が大きい。そうなれば、争いは避けられないでしょう。別の方法を考えなければ……」
立ち上がった瞬間、疲労による眩暈に襲われ、倒れそうになったところを、兄上が助けてくれた。
「お前一人で抱え込むな。家や領民のことは、家長として俺が必ずなんとかすっから。だから、お前はミシェルを助けることだけ考えてろ」
「しかし……!」
「お前は、少しは他人に甘えることを覚えろ」
「……わかりました。ありがとうございます、兄上」
「おう。とりあえず、今日は休め。話はそれからだ」
「はい……おやすみなさい」
「おやすみ」
幼い時から何も変わらない、兄上の優しい一面がにじみ出ているおやすみを聞きながら、俺は意識をゆっくりと手放した――




