第四十三話 どうしてそんなことを言うの!?
「え、えっと……こ、こんにゃく?」
「あなたの仰るこんにゃくというのはわかりかねますが……私がお伝えしたのは、婚約です」
あまりにも衝撃的な申し出から逃げるように、変な聞き間違いをして誤魔化そうと思ったけど、そうはいかないようだ。
あたしとスィヤンフィ様が婚約って、なにをどうすればそんな話になるのか、全然わからない。混乱しすぎて、頭がどうにかなりそうだ。
「スィヤンフィ様。その婚約に対して、理由をお聞かせ願いたい。そうでなければ、俺の大切なミシェルを渡すわけにはまいりません」
「アラン様……!」
「では、あなた方に結婚するメリットを提示しましょう。あなた方の研究は、アラン様のものと、ミシェル様のものという、二つの目的があると伺っております」
「ど、どうしてそれを?」
「これからお世話になる方々について調べるのは、普通でしょう」
隠しているつもりじゃなかったけど、おおっぴらに公表をしていたわけでもない。どこでその情報を手に入れたんだろう。
「結婚をした暁には、ミシェル様のための研究施設を設立しましょう。アラン様と同等か、それ以上の研究者と設備を揃えます」
……まあ確かに、それは魅力的な提案だね。大規模に魔法の研究をしてくれるのは、早く家族の元に帰れる可能性が上がる。
「アラン様のメリット。それは、我々の友好の証として、我々が魔道具を作る時に使用している、魔法の研究データを差し上げましょう。機密もあるので、全部は不可能ですが、きっとあなたの研究の力になりますよ。ああ、もちろんミシェル様の生活は、最高なものを約束しましょう」
そう言うと、スィヤンフィ様の目が、また赤く光っているのに気が付いた。
今の、見間違いじゃないよね? 何をしてるのかわからないけど……あれ、なんだか頭がボーっとするような……気のせいかな?
「……俺は……ミシェルを手放したくない。それは紛れもない俺の本音だ。だが、スィヤンフィ様に嫁いだ方が、ミシェルは幸せなんじゃ……」
「アラン様!?」
「では、バーンズ家の人間として、彼女との結婚を許してくれますか?」
「……とりあえず、返事は保留にさせてください」
「かしこまりました。急ぎではないので、ごゆっくりお考え下さい」
「ミシェルも、それでいいな?」
「は、はい……」
さっきまでは結婚なんて反対という意見だったのに、突然結婚を許す発言をするアラン様。
そのショックで、頭がなおさら働かなくなり……空返事を返すしかできなかった。
「お話は以上でしょうか?」
「はい。まだ面会の時間はとってあるので、雑談でもしながら茶を楽しみましょう」
「いえ、今日はお暇させていただきます。今後について、彼女と話したいので」
「わかりました。お二人がお帰りだ。送ってさし上げなさい」
「かしこまりました」
あたし達のお茶を用意していた使用人に連れられて、部屋を後にしようとするが、入口の前で、アラン様が足を止めた。
「そうだ、最後に一つお聞きしたい」
「なんでしょう?」
「どうしてミシェルをお選びになられたのですか? スィヤンフィ様でしたら、いくらでも結婚できる女性はいらっしゃると存じますが」
「見目麗しい美貌はもちろんですが、研究のために、あなたと危険な場所に行くその勇気に惚れこんでしまいました。ふふっ、人前でこんなことを口にするのは、少々気恥ずかしいですね」
「……なるほど。では、今度こそ失礼します。ミシェル、行こう」
「…………」
「よく考えて、良い結果を期待しております。もし良いお判事をいただいた暁には、マール家総出でお祝いをさせていただきます」
最初から最後まで、温厚な雰囲気を崩さないスィヤンフィ様の声を背に受けながら、あたし達は部屋を後にした。
……どうしてこんなことになったの? あたしはただ、アラン様と一緒に研究をして……元の世界に帰りたいだけなのに……。
「くくっ……無事に彼らに、種は撒けましたね。くくくくっ……さあミシェル様、そんな男など捨てて、私の実験のサンプルになるといい……!」
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スィヤンフィ様との面会を終え、バーンズ家の屋敷に戻ってきたあたし達の間に流れる空気は、驚く程重かった。
「…………」
「…………ミシェル」
帰ってくるまでずっと沈黙状態を貫いていたが、アラン様の部屋に戻ってくるとほぼ同時に、アラン様が静かに口を開いた。
「彼に嫁ぐんだ」
「アラン様……さっきから、なにを言っているんですか!?」
「俺の話を聞け。彼の所に行けば、俺といるよりも早く、元の世界に帰るための魔法を手に入れられるだろう。それに、彼は俺よりも温厚で優しい性格で、俺よりも生活はしっかりしているだろうから、君の負担は大きく減る。そういった要因から、彼に嫁いだ方が良いと判断した」
言いたいことはわかるよ。当事者のあたしでも、スィヤンフィ様の提案は魅力的だって思ったもん。
でも……でも!!
「嫌です! あたし、アラン様と一緒にいたいです! だって、アラン様のこと……大好きだから!!」
あたしはアラン様と離ればなれになりたくない。これからも、アラン様と一緒に研究をしたいし、アラン様の部屋を掃除をしたいし、アラン様のためにごはんを用意したい。
他にもたくさん……たくさんアラン様としたいことがある。
そんなアラン様への好意を全て伝えるために、不器用ながら自分の想いを言葉にしてぶつけた。
「っ……! はっきり言わせてもらうが、君がいない方が俺の研究は捗る。つまり、君は邪魔だ」
「じゃ、邪魔……?」
いつものツンデレなんかとは違う、はっきりとした拒絶の言葉は、あたしに重くのしかかってきた。
「ハーフエルフの力を借りた研究も、確かに収穫はあったが、それ以上に君の無駄なおせっかいが、足枷にしかなっていない。それに……俺は他人が好きじゃない。それは、君も例外じゃない」
「っ……で、でも……研究の効率が上がったって……」
「そうでも言わないと、またうるさくなるからな。さあ、これで凡人の君でも、理解しただろう? 俺の方からスィヤンフィ様に連絡しておくから、戻って荷物をまとめるといい」
まるで初めて会った時のように、冷たいアランの前に立つのとほぼ同時に、パチンッ――と、乾いた音が部屋の中に響いた。
「ミシェル……」
「あたし、あなたのことが本当に大好きです。男の人を心の底から好きになるなんて、二度の人生の中で初めてです。これからもずっと、あなたと一緒にいたかった! でも……あなたはあたしなんて、どうでもいいんですね……もういいです……ぐすっ……アラン様なんて……大っ嫌い!!」
あたしは、まるで泣いて駄々をこねる子供のように喚きながら、アラン様の部屋から逃げ出した。
どうして、どうしてこんなことになったの? アラン様のことは大好きなのに、アラン様に暴力を振って、アラン様を傷つけるようなことを言って……。
どうして……どうして……あたし、アラン様が大好きなのに……アラン様のことが、信じられないよ……誰か、助けてよぉ……!




