第四十二話 マール侯爵家
『ミシェルー、なんかこれ預かったぞ』
「ん? これ、お手紙じゃない。どこから持ってきたの?」
『外を探検してたら、ここの人間に渡してくれって言われたんだぞ』
森から戻ってきてから一ヶ月後。無事に処刑された日を超えて、平穏にアラン様と一緒に研究をしていると、シロちゃんが一通の手紙を渡してくれた。
宛先は……あたし? あたしに手紙を出す人なんて、全く心当たりが無いんだけど……あ、もしかしてイヴァンさん達からかな?
……うーん、でもわざわざこんな手紙を渡すくらいなら、直接行った時に話せばいいよね? こっちに来てからも、アラン様と一緒に定期的にアルホに顔を出してるんだし。
『それ何なんだ? ちょっと舐めてみたけど、全然おいしくないぞ』
「これはお手紙っていうんだよ。食べ物じゃないから、食べないでね。お腹壊しちゃうから」
「ミシェル、とりあえず差出人を確認したらどうだ?」
「そうですね。えーっと……えっ?」
ペーパーナイフで手紙を開けて中を確認すると、なんと差出人はこの前お世話になった、スィヤンフィ様からだった。
その内容は、以前はお世話になったことや、あたし達が採ってきた素材は大変役に立っていること、そして大切な話があるから、あたしとアラン様に時間を貰いたいという内容だった。
「大切な話ってなんだろう……はっ!? もしかして、取引の時に、あたしが何か失礼なことを!?」
「その可能性は限りなく低いだろう」
ほっ……よかったぁ。最初に取引した時や、あたしが目を覚ました後に、アラン様と一緒に素材を渡しに行った時に、なにか粗相をしてたのかと思っちゃった。
「だが、スィヤンフィ殿の話の内容は、皆目見当がつかないのも確かだ」
「ですよね……」
『なんだなんだ? オイラを仲間外れにするんじゃないぞ!』
拗ねるシロちゃんを抱っこしてモフモフしながら、スィヤンフィ様に呼ばれるようなことを考えるが、いくら考えても全くわからない。
それに、今のあたしはこの屋敷に勤める使用人であり、助手でしかないのだから、手紙はバーンズ家の人間である、アラン様に出すのが普通だよね。
……まあ、相手は悪い人ってわけじゃなさそうだし、行っても問題はなさそうだ。改めて、魔道具をもらったことへのお礼もしたいし。
「あたしはスィヤンフィ様に会っても良いと思うんですけど、アラン様はどう思いますか?」
「研究の時間が減るのはいただけないが、マール侯爵家から直々の面会を断っては、後々面倒になる可能性もあるからな……」
「スィヤンフィ様は、そんな意地悪な人じゃないと思いますよ?」
「表面上はそう見えているだけだ。人間なんて、腹の中では何を考えているかわからない」
「そ、それは……まあ……」
よくよく考えると、あたしのお父様も、外面はそんなに悪いわけじゃなかったけど、家のためならあたしを利用しようとする、酷い一面があった。
逆に、アラン様やイヴァンさんみたいな、見た目はちょっと怖い寄りの人でも、実は凄く優しい人だったってこともあるもんね。
「とりあえず、俺も会うことは問題ない」
「わかりました。お返事はあたしが書いた方が良いですか?」
「そうだな。宛先は君になっている以上、君が返事を出すのが筋だろう」
手紙を書くなんて、二度の人生の中で経験はほとんど無い。
それも、相手がとんでもない目上の人のパターンなんて、あるはずもないから……凄く緊張する。
失礼なことを書くわけにもいかないし、あとで手紙の書き方の本を、大図書館で借りてこよう。
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スィヤンフィ様から手紙を貰った一週間後、あたしとアラン様は、マール家のお屋敷へとやってきた。
侯爵家ということもあってか、屋敷の規模がバーンズ家よりも大きい。庭も綺麗な花達で彩られて、ただ歩いているだけで楽しそうだ。
やっぱり爵位が侯爵となると、色々と規模が上の世界なんだね……。
「ようこそお越しくださいました、アラン様、ミシェル様。坊ちゃまの元にご案内いたします」
屋敷の前で待っていた初老の女性に連れられて、応接室へと案内される。そこには、以前あった時のように温厚な雰囲気を醸し出す、スィヤンフィ様の姿があった。
「アラン様、ミシェル様、本日はお忙しいところお越しいただき、誠にありがとうございます」
「ごきげんよう、スィヤンフィ様。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
「ごきげんよう、スィヤンフィ様」
「どうぞ、おかけください」
スィヤンフィ様に促されて、アラン様と共に、彼の対面にあったソファに腰を下ろす。
テーブルにはおいしそうなお菓子が用意されていたけど、さすがに侯爵家に招待された緊張で、それを堪能する余裕はない。
「もう間もなく、使用人が茶の準備をするので、少々お待ちください」
「ありがとうございます。しかし、あなたはご多忙の身……あまり我々とゆっくり過ごす時間は無いでしょう」
表面上では、スィヤンフィ様のことを気遣っている感じに見えるけど、多分アラン様は、さっさとこの話を終わらせて帰りたいだけのような気がする。
アラン様と過ごした時間は、まださほど長くないけど、好きな人の考えることくらい、多少は分かっているつもりだ。
「お気遣い、感謝いたします。確かにあなたの仰る通りではありますが、この面会のために予定は早急に終わらせてきたので、ご安心を」
「そうでしたか」
アラン様の思惑は、見事にかわされちゃったね……それにしても、忙しいのに今日の面会のために時間を作るなんて、よっぽど大切な話っぽい。
「スィヤンフィ様、大切なお話というのは何でしょう? もしかして、以前お会いした時に、ワタクシがなにか粗相をしてしまいましたか?」
「いえいえ、とんでもございません。今日のお話は、とても前向きで素晴らしいことですよ」
よかった、アラン様にそんなことは無いって言われてたけど、不安だから聞いてよかった。
……それにしても、前向きで素晴らしい話って……余計に心当たりが無くなってきたよ!
「彼女は本日の面会に、一抹の不安を抱いております。彼女の不安を払拭するためにも、本題に入る事をお願いしたい」
「これは失礼しました。実はですね……」
スィヤンフィ様は、こほんっと咳ばらいをしてから、ゆっくりと話し始めた。
「実は、最近幼い時から結婚を約束していた女性と関係が悪化してしまい、婚約が無かったことになってしまいまして」
「スィヤンフィ様の婚約者……?」
「どうかなさいましたか?」
「失礼、心当たりがなかったものでして」
「おや、そうでしたか。マール家とバーンズ家は、あまり交流がありませんから、ご存じないのも仕方ないかと。とても愛らしい女性なのですよ」
あれ、一瞬だけスィヤンフィ様の目が赤く光ったような……あたしの気のせいかな?
「……? そういえばそんな話を耳にしたことがあるような……ミシェル、君も聞いたことがあるだろう?」
「ワタクシのような使用人には、心当たりが……でも、言われてみると聞いたことがあるような……?」
咄嗟に自分がただの使用人だと誤魔化しつつも、なんとなくスィヤンフィ様に婚約者がいたような気がしてきた。
そんなことを思っていると、スィヤンフィ様は衝撃的なことを口にした。
「なので、新しい婚約者を探しているのですが……ぜひミシェル様と、婚約を結びたくて、本日はお呼びいたしました」




