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第二十五話 あたしの過去

「おはようございます、アラン様。起きていますかー?」

「ああ」

「じゃあ入ります――って! またグチャグチャ?! はい、掃除掃除!」

「研究……」


 なにか訴えかけてくるアラン様の目を無視して、散らばった本や魔法グッズと片付ける。今回はそんなに酷くなかったから、すぐに片付いたよ。


「ふう、ピカピカでいい気持ち! さて……改めて、おはようございます」

「……ああ、おはよう。よく眠れたか?」

「はい、ばっちり!」


 さっきの話を当てはめると、アラン様は他人に関心を持たない……はずなんだけど、あたしにはこうして挨拶をしてくれるし、あたしのこと気にしてくれてるし……イマイチ信用できないなぁ。

 って、呑気に考えてる場合じゃないよね。まずはアラン様の食事の準備をしよう!



 ****



「今日のごはんはどうですか?」

「ああ、うまい」

「よかった!」


 厨房のシェフと一緒に、野菜をコトコト煮込み、トロトロになったスープを準備と、スープに合いそうなパンやソーセージ、それと卵焼きを用意した。


「そういえば、今日は早起きなんですね」

「寝ていないからな」

「あーなるほどー……え、徹夜!? 徹夜で頑張っても、得られるものは想像よりも少ないですよ!? そのくせ疲れは溜まって、限界が来たら死んじゃうんですよ! 私もそれで死んじゃいましたし!」


 必死に説得をするも、アラン様は小さくそうかと返事をしながら、のんびり水を飲んでいた。


「とにかく、少しは休んでください!」

「俺は研究をしないといけない。昨日は予定よりも研究の時間が取れなかったから、取り戻さないといけない」

「…………」


 元々、アラン様の体調や環境を良くして、研究の質を上げるために言ってきたことだけど、もしかしてあたしのしていることって、アラン様の時間を奪ってるだけ?


 それって……アラン様にとって、本当に良いことと言えるのかな……?


「その……あたし、アラン様が心配で……」

「……いや、すまない。君が俺の体や環境を心配している気持ちは、わかっているつもりだ。だから、その気持ちを尊重しよう」

「えっ……本当ですか?」

「ああ。ただ、ボーっとしているだけというのも、時間がもったいないな……そうだ。ちょうどいいから、一つ聞かせてくれ」

「なんでしょうか?」

「ミシェル、君は前世ではどんな人間だったんだ? 以前、大雑把には聞いたが、細かく聞いておきたい」


 なにを聞かれるのかと思って身構えていたら、全くの想定外の質問で、思わず目が点になってしまった。


「どんなと言われましても……随分と唐突な質問ですね」

「貴族というのは、表では良い顔をするが、裏では捻くれている人間が多い。だから、君のような人間は、少々物珍しく見える」


 今のあたしは、前世のあたしの考え方になっているから、貴族の人には新鮮に見えるのかな?


「それに、君はおせっかいが過ぎるように見えるから、君の性格を構成した君の過去に、興味が湧いたんだ」

「なるほど。多分あたしのおせっかいは、弟妹を育てていたからだと思います」

「育てていた? どうして君が面倒をみていた? 両親はいないのか?」

「一応いましたよ。実の父は亡くなってますけどね。あたし達を捨てて、どこかで楽しく生きてるんじゃないですかね?」


 家族とはいえ、パパもママも、ママの新しい婚約者も、全員どうでも良い。そう思っているからか、言葉の返し方が少し投げやりになってしまっている。


「すまない、あまり触れられたくない内容だったようだな」

「あ……いえいえ! お気になさらず! こちらこそ、嫌な気分にさせてごめんなさい。でも……良い機会ですから、ちゃんと話したいです」

「君がそうしたいのなら、そうするといい」


 隠し事をしていたら、またアラン様に疑われちゃうかもしれないし、こうして一緒に生活をするようになった相手に隠し事をするのは、あまり良い気持ちはしない。

 だから、あたしはゆっくりと自分の前世について話し始めた。


「あたしの人生は、始まった時から結構波乱でした。父はアルコール中毒……わかりやすく言うと、お酒が異様に好きで、酔うとあたしに暴力を振るうような人間でした。母は異様なまでに教育熱心で、あたしを超一流の学校に入れさせようと、躍起でした」

「…………」

「あたしは物心がついた時から、したくもない勉強をさせられ、習い事をさせられて……少しでも母に反抗すると、母に厳しい罰を受ける……そんな幼少期でした」


 懐かしさと両親への複雑な気持ちを感じながら、言葉を紡いでいく。


「その時のあたしは、まだ知りませんでした。母があたしを立派にさせたかったのは、一流の会社に勤めさせて、老後の自分を養わせるためだったということを」

「……人様の親を悪く言いたくはないが、あまり褒められるような人間ではなかったようだな」

「そうですね。ちなみに、父はお酒の飲み過ぎで亡くなりました。最後の最後まで酒癖が悪くて、あたしに酷いことをする父でした」


 パパとママによる、自由の無い毎日から逃げるように、こっそりと友達から漫画を借りて読んだり、ソシャゲにはまったり、課金をするためにバイトをしたり……今思うと、ささやかな反抗だったなって思う。


「まあ、そんな感じで成長したわけですけど……あたしは就職に失敗しました。そうしたら、母はあたしに激昂し、失望しました。これじゃあ自分の老後はどうなるんだ、お前なんてもういらない……そう言って、あたしを家から追い出しました」

「…………」


 ……ははっ、あたしって二度の人生で、二度も親に家を追い出されてるんだなぁ……なんとも凄い人生を歩んできてるなって、自分で自分がおかしくなってくる。


「その後、なんとか就職したあたしは、誰の手も借りずに一人で生きていました。それから数年後……あたしの元に、急に母がやってきたんです。それも、知らない男性と、小さな兄妹を連れて」


 ママが悠と芽衣を連れてきた日のことは、よく覚えている。

 久しぶりに急に来て、意味がわからなかったし、見たこともないチャラい男の人を連れてたし、大荷物を持ってたし、はじめましての悠と芽衣は暗い顔をしてたし。


「母が言うには、その子達は一緒に来た新しい彼氏との間に生まれた双子で、頑張って育てていたけど、自分達の生活に邪魔になったから、代わりに育ててほしいと言ってきました」

「さすがにそれは、勝手が過ぎるのではないか?」

「普通そう思いますよね。あたしもそう思って反抗したんですけど、全然聞く耳持たずで……育ててもらった恩も返せないのかと、ビンタされました。結局母は、あたしの話なんて聞き入れないで、兄妹を残していきました」


 どう考えても人に物を頼む態度ではなかったママが、男の人と腕を組んで帰っていた姿は、今思いだしても腹立たしい。

 多分、あそこで一発殴っても、誰も文句は言わないんじゃないかな。あたしには、そんな度胸はないけどさ……。


「あたしには、母のお願いを聞く理由も義理もありません。でも、置いていかれた弟妹には、何の罪もありませんし、このままでは二人は施設に預けられ、つらい生活を送ることになるかもしれない。離れ離れになってしまうかもしれない。そう思うと放っておけなくて……二人を育てることにしました」


 あの時の選択は、あたしの人生で一番大きな選択だった。今でも、その選択は間違っていなかったと思っている。

 ……いや、違う。あたしがそう思いたいだけだ。そう思わないと、二人を置いて逝ってしまった罪悪感に、押しつぶされてしまうから……。


「それからのあたしは、二人を育てるために必死に働きました。二人には健康で、すくすくと大きくなってもらいたくて、料理も身につけました。慣れない家事もたくさん勉強しました」

「君の家事の腕前は、そこからきているのか」

「はい。まさか、来世で役に立つだなんて当時のあたしが知ったら、きっと驚くでしょうね」


 一人で暮らしていた時のあたしは、ごはんはいつもコンビニかファーストフード、たまにレストランで適当に済ませていたから、手料理のハードルは高かった。

 でも、二人を育てると決めた以上、きちんと栄養のある物を食べさせたかったんだ。


「こうして三人の生活が始まりましたけど……あたしが必死に働いても、三人で生活するにはお金が足りませんでした。しかも、務めていた会社が、中々のブラック企業でして……」

「ブラック企業?」

「あ、えっと……簡単に言うと、労働環境がすっごく酷いところってことです。仕事の掛け持ちもしていたので、毎日ほとんど寝ずに働いてたんです」


 二徹とか三徹とか当たり前で、寝られたとしても二時間くらいしか寝れないような生活を、何年も続けていた。本当に、我ながらよくやってたなーって思うよ。


「俺のことを心配するのは、その経験から来るものだったのか」

「ですです。おせっかいがその時に染み付いてしまったんです。それで、大変な生活をしていたら、ある日階段でふらついてしまって……あとはご存じの通りです」

「そうか……本当に良く頑張ったな」

「あっ……」


 アラン様の細くて綺麗な手が、あたしの頭を撫でる。

 すると、胸の奥が暖かくなって、自然と涙がツーッと頬を濡らした。


「どうした?」

「いえ……こんなふうに、褒められたことがないので……嬉しくて……」

「努力をした人間に、正当な評価をしているだけだ」


 その正当な評価というのを、あたしはずっとされてきていなかった。


 あたしはずっと勉強をさせられ、良い点を取っても、褒めてもらえなかった。

 仕事についても、出来るのが当然って感じだったから、褒めてもらえなかった。

 必死に育児をしたって、誰にも褒めてもらえなかった。


 そういうのが積み重なった結果、アラン様が褒めてくれたことが、すっごくすっごく嬉しくて……涙が止まらないの……。


「俺でよければ、いつでも話を聞こう」

「ありがとうございます……アラン様は、やっぱり優しいですね」

「優しくなどない。目の前で泣かれているのを放っておくのは、寝覚めが悪いからな」

「……ふふっ」


 もっとアラン様に触れたくて、撫でていた手を、あたしのほっぺの所にまで持ってこさせる。

 暖かい手……こんな誰かの暖かさをちゃんと感じたのって、いつぶりだろう? イヴァンさんやウィルモンド様とはちょっと違う……少しのドキドキと、心の底から安心できる手だ。


 なんていうか、凄く落ち着く……出来ればこのままずっと、こうして……いたい……すやぁ……。

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