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第二十一話 ミシェルを選んだ理由

「…………」


 あたしがいないうちに部屋にやって来ていた男性は、あたしの方を見ながらニコニコしている。


 イヴァンさんほどではないけど、それでも大柄の部類に入るであろう、鍛え抜かれた立派な肉体を持っている。短く揃えた金の髪はややボサボサで、無精髭も生えている。


 普通なら貴族にしては身だしなみが適当なんだな~って思うけど、それが思えないほど、彼には特徴があった。


 左目には眼帯を巻き、右腕は完全に無くなっている。左足も無いのか、義足がついている。


 他にも、服の裾や首、顔からもうかがえるそれは、明らかに普通に生活していたら出来るものではない。


 そういえば……この国では、十五年前まで隣国と戦争をしていたと、以前通っていた学園の近代史の授業で聞いたことがある。その戦争では、今いる国が勝って、負けた方の国と合併したはずだ。

 もしかしたらこの傷は、その時に出来たものかな……気にならないと言えば嘘になるけど、聞いて嫌なことを思い出させる必要もないよね、うん。


「おー、思ったより早かったな? 仕事が早くて結構結構ってか? はっはっはっ!」

「兄上、今日来たばかりの相手の前で、はしたないことをしないでください」

「別にいいじゃないか。変に堅苦しいよりも、気が楽だろ?」

「は、はい。えっと……」

「おっとこれは失敬。うちとスチュワート家は全然関わりが無いから、俺のことを知らないよな! ごほんっ、俺はウィルモンド・バーンズ。現当主ってやつさ」

「と、当主様!?」


 楽しそうに笑う男性――ウィルモンド様とは対照的に、あたしは全身からサーっと血が引いていくの感じた。


 ど、どどど、どうしようどうしよう!? 家で一番偉い、当主のウィルモンド様に許可を貰わずに、アラン様と勝手に話を進めちゃってたよ!?

 これで、勝手なことをするな、ムカつくから死刑! とかなったら……死んでも死にきれないよー!


「あ、あのあのあの! ミシェルと申します! ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした!!」


 おでこを床にこすりつける勢いで土下座をして、ウィルモンド様に謝罪をする。

 すると、怒られると思ってたのに、ゲラゲラと笑っていた。


「気にすんな、既にアランから話は聞いていて、ちゃんと許可も出してるからな! それにしても……これはアランが驚くのも無理ねーや! 俺らが聞いていた、あのワガママ令嬢の面影が無いなんて騒ぎじゃねえ! 婚約破棄をされたパーティーの時も思ったけど、完全に別人じゃないか!」

「あ、えっと……なんて言えばいいか……」

「まあ、ミシェルの事情もアランから聞いて、知ってるんだけどな!」

「説明しようとしたのに損した!?」


 思わずツッコんじゃったけど、相手はこの家の当主様だよ!? もうちょっと振舞い方を気を付けなさい、あたし!


「前世を思い出すとか、そんなことあるんだなー? まあそれは置いといて。このこのー、女を雇いたいなんて、アランも隅に置けないな!」

「からかわないでください」


 あまり貴族らしくないウィルモンド様と、いつもはクールなのに、ちょっと翻弄されてるアラン様。その二人のやり取りを、ただぼんやりと見つめる。


「……あっ。そのー……事後報告になっちゃいましたけど、今日からここで働かせてもらうことになりました。よろしくお願いします!」

「おう、よろしくな! んで、給料はいくらくらいがいい? アランが連れてきた人材だから、欲しいだけあげちゃうぞー?」

「えぇ!? えっと……!」

「兄上、からかうのはよしてください」

「冗談だって! ちょっとからかっただけで慌てて、可愛い奴だな!」


 そう言うと、ウィルモンド様は杖を使って器用に立ち上がると、あたしの所にまで来て、ワシャワシャと頭を撫でた。

 イヴァンさんもこれをやってたけど、大人の男の人の間で、これが流行ってたりするのかな?


「ミシェル。アランのこと、よろしく頼むぜ」

「え……?」


 一瞬だけだったけど、今までのおちゃらけた雰囲気から一転して、とてもシリアスな雰囲気を感じ取った。


 なんていうか……うまく言葉に出来ないんだけど、真面目な感じと一緒に、悲しさとか悔しさとか、そういう気持ちを感じたのは、あたしの気のせいだろうか?


「さーてと。んじゃ、俺はそろそろ部屋に戻って仕事すっかなー。そうだアラン。ちょっと話があるから、一緒に来い」

「け、研究をしたいのですが……」

「数分程度で終わっから。ほら、さっさと来い」

「はあ……わかりました。ミシェル、ここでゆっくりしていてくれ。暇ならそこの魔法の本を読んでても構わない」

「はい、わかりました」


 そう言うと、ウィルモンド様はアラン様を連れて、部屋を出て行ってしまった。


 すぐに戻るとは言っていたけど、具体的な時間はわからないんだよね……ボーっとしてても仕方が無いし、出来る部分の掃除をしておこうかな?



 ****



■アラン視点■


「ふぅ、やっぱ自分の部屋が一番落ち着くぜ」

「机に脚を乗せてたら、行儀が悪いですよ。ああ、葉巻まで……」

「誰にも迷惑かけてねえんだから、問題ねえよ。それよりも時間が惜しいんだろう? さっさと本題に入るぞ」


 そう、今の俺には時間が無い。昨日までだったら、それなりに研究に時間をさけていたというのに、今日は全然研究が出来ていない。


「お前、なんだかんだであの娘のことが、それなりに気に入っているのだろう?」

「気にいっている? 兄上、笑えない冗談はおやめください」


 一体何を言い出すのかと思ったら、俺がミシェルを気に入ってるだって? どうしてそんな話になるんだ?


「ははっ、冗談なものか! お前は過去の経験から、基本的に家に関係している人間や、領民以外の他人に対して、何の興味も持たない。ましてや自分の懐に取り入れたりもしないだろう?」

「それは……イヴァン達に提案されたからであって……」

「彼女を監視するのだって、別に助手や使用人として近くに置いておく必要性は無いし、無理やり研究材料として利用することも可能だ。だが、お前はそれをしなかった……それが答えだろうよ」

「…………俺、は」


 そんなことはない。そう言うべきところなのだろうけど、なぜかその言葉は喉に詰まってしまったように、出てくることはなかった。


 ……ちっ、なんだこのスッキリしない気持ちは?


「とりあえず言えることは、ミシェルは悪人ではないから、変なことをする必要はないってことだな。それは、お前が一番よくわかってんじゃねーか?」

「それは……そうですね。少なくとも、イヴァンの店で監視をしている感じでは、悪人には見えませんでしたが……どうして兄上がおわかりになられるのですか?」

「はっはっはっ! これでも、親父が亡くなってから、ずっと当主をしてるんだぜ? 人を見る目の一つや二つくらい、余裕で身につくさ!」


 高らかに笑いながら葉巻を吸う兄上の姿は、当主に相応しい貫禄を感じさせる。


「それにしても、いくら気に入っているとはいえ、他人には関心が無いお前が、随分と優しいじゃないか。気負い過ぎるな……だったか? ひゅ~、かっこい~!」

「なっ!? どうしてそれをご存じなのですか!?」

「さあ、なんでだろうな?」

「ぐっ……! 今すぐ忘れてください!」


 おかしい、あの部屋には俺とミシェルしかいなかったのに……魔法で覗き見でもしていたのか!? 我が兄ながら、何ともいやらしいことを……!


「ああもう、俺は部屋に戻らせてもらいます!」

「そんな子供みたいに拗ねんなって! 最後に一言言わせてくれよ〜」

「遠慮します!」

「ミシェルなら、お前の冷え切った心に火を灯してくれるかもしれないぜ?」

「…………」


 俺は背中に兄上の真剣な声を受けながら、部屋を出て行った。


 まったく、なんの話かと思ったら……俺がミシェルを気にいっているだって?

 そんなことはない。彼女は、イヴァン達の勧めと、ちょうど真面目な人材が欲しかっただけで……。


「いや、でも……イヴァンの要求を跳ねのけてもよかったし、人材なんて探せばいくらでも……」


 考えられない……いや、考えたくないが……俺は知らないうちに、店に通ううちに、ミシェルをは既に問題ないと、無意識に判断したのか?


 それか……俺が既に、ミシェルのことを……さすがにそれはないか。

 こんなことを考えている暇なんて無い。一秒でも早く魔法を完成させて、また戦争が起こったとしても、誰も傷つかないようにしなければ。


 ――そんなことを思いながら自室に戻ると、部屋の前でミシェルが待っていた。


「あ、おかえりなさい! お話、終わりましたか?」

「ああ。どうしてこんな所に立っていた?」

「気になったところの掃除をし終わって、やることが無くなったので、こうして部屋の前で待ってました」


 俺がいないところで、勝手に掃除をしないでくれとは思ったが……。


「……えへへ」


 にへっと笑うミシェルの笑顔を見ていたら、文句なんて言えなかった。


「次にやるときは、一応俺に声をかけてからにしてくれ。それと……とても綺麗になったな」

「っ! やったやったー! アラン様に喜んでもらえた!」


 子供のように、ピョンピョン跳ねるミシェルを見ていたら、何故かほんの少しだけ口角が上がり、顔と胸の奥が少し熱くなった気がする。


 自分のことながら、笑ったのなんて……いつぶりかわからない。

 たしか、ここ何年も仏頂面で研究ばかりをし、たまに社交界に出ても、ほとんど無表情のままだったはずなのに。


 心に火を……か。冷えたままでも良いと思っていたが……わずかに今感じた熱は……悪くないな。

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