第二話 ここは天国?
「…………?」
ワタクシはエリーザという愚かな女のせいで、処刑された。
だから、ワタクシは天国に来たはずなのに、目の前に広がっていた光景は、意味のわからないものでしたわ。
そこは、どこかの建物の中の様ですが、薄暗いし、全く見たことがない内装でしたの。
無駄に規則正しく机が並んでますし、建物の質感も全然違いますし、机の上にはよくわからない、平べったい箱が……いえ、あの箱……それにこの光景……何か見覚えがあるような……?
『ふ~……やっと終わったぁ』
よくわからない既視感を感じていると、唯一部屋の中にいた、見たこともない服を着た女が、大きく体を伸ばした。
それにしても、本当にここはどこなのかしら? もっと天国は美しくて楽しそうな所を想像していたのに、ガッカリですわ。
いや、ここのことなんて今はどうでも良い。ワタクシは、なんとかしてあの女に復讐をしなければなりませんの! 天国から裁きの雷を落とすとかできないのかしら!?
『今日も終電だなぁ……もう、部長ってどうして定時ギリギリに仕事を振るんだろう? 今日こそ定時に帰って、あの子達とたくさん遊んであげようと思ってたのに……』
なんとか復讐を遂行するために頭を悩ませていると、女は机に乗っていた、小さな額縁を撫でる。
その額縁に収められた絵には、この女と……随分と幼い子供が二人描かれてますわね。とても楽しそうに笑っているのが憎たらしい。ワタクシはこんなに大変な思いをしているというのに!
「それにしても、こんな小さなキャンパスに綺麗な絵を描けるだなんて、天国には随分と優秀な画家がおりますのね。特別に、この美しいワタクシを描くことを許可してあげますわ! あなた、この絵を描いた画家を紹介なさい!」
このワタクシが直々に命令をしているというのに、女は何の反応も返さなかった。
な、なんて不敬な女なの!? ワタクシがまだ生きている頃だったら、極刑に処してやるというのに!
『さあ、早く帰ろっと! 帰ったら会議の資料をまとめて、多分朝になるだろうから、そのまま新聞配達のバイトをして、二人の朝ご飯を用意して、二人を保育園に送りだしてから出社して……うん、これで徹夜何日目かな……あはは……』
女はまるで何かを諦めているかのように、乾いた笑い声を漏らす。
ワタクシには、彼女がどうなろうと知ったことではないはずなのに……なぜか彼女から目が離せない。
『はぁ……』
たまにこちらを向くこともあるんだけど、全然気づかれませんわ。
もしかしたら、ワタクシは既に死んでいるから、見えていないのかもしれませんわね。
……でも、天国の住人なのに、死者が見えないというのも、おかしな話ですわ。
『あ~あ……あたしの人生って何なんだろう……酒クズのパパには暴力を振るわれ続け、将来的に自分を養ってもらうために、あたしに勉強することを強いてきたママにスパルタ教育されて、行きたくもない進学校に通わされて……就活には失敗するし、やっと社会人になったら、こんな低所得のブラック企業だし、パパが死んだのを良いことに、ママは新しい男を作って、その間に出来た双子が邪魔だからって、あたしに押し付けて……はぁ』
ベラベラと一人でうるさいですわね。やかましくて、聞いていられない……はずなのに、ワタクシはどうしてこんなに真剣に聞いているのかしら……。
『って、こんなことを言ってても、なにも良くならないし、二人に心配かけちゃうし、そもそも二人は何も悪くないし。さて、帰ろ帰ろ……あれ、体がフラフラするなぁ……』
女は変わらず独り言を言いながら、黒くて平べったい鞄に荷物を詰め込むと、無駄に広い部屋から出て行く。
ちょ、ちょっと! ワタクシを放って去るだなんて、一体何を考えておりますの!? ああもう、お待ちなさいな!
『あ、しまった! スマホを忘れてきちゃった! 早くしないと、終電を逃しちゃう! あたしのバカバカ……最近集中出来てなくて仕事のミスも増えてるし、もっとしっかりしないと!』
急いで女を追いかけると、女は階段の途中で忘れ物を思い出したようで、その場で踵を返した。
その瞬間……バランスを崩してしまった女は、あっ……という吐息に近い声を漏らしながら、体を宙に浮かせた。
「えっ……?」
鈍い音と共に階段から転げ落ちた女は、さっきまであれだけうるさかったのから一変して、驚く程ぐったりしていた。
当たり所が悪かったのか、頭からは赤い液体がとめどなく溢れている。
「し、しっかりしなさいよ! すぐに救護班を呼んであげますわ! 寛大な心を持つワタクシに感謝なさい!」
普通だったら、誰が死のうが知ったことではない。無様だと笑うことだってある。
でも、なぜかこの女は放っておけなくて、気づいたら何とか助けようとしておりましたわ。
「天国の救護班ってどこにおりますの!? あぁ、血が……! し、止血を!」
なにか魔法で怪我を治せればいいのですが、生憎ワタクシにはそんな便利な魔法は使えない。なので、ドレスの裾で頭を押さえて、なんとか止血をしようとしましたわ。
ですが、こんなことをしてもなんの意味もなくて……彼女はどんどん弱っていった。
『こんな、ところで……ねて、られな……か、かえらな、きゃ……ふたりが……まって……あたし、そだて……しあわ、せに……』
「その体で帰るだなんて、とんでもないバカですの!? いいから黙ってなさい!」
『うぅ……さ、さむい……いしき、が……ごめん……ごめん……ごめん……ごめ、ん、ね……』
女は誰かに謝り続けながら、ワタクシの目の前で息絶えた。その表情は、悲しみと絶望に染まっていた。
別に、彼女が生きようが死のうが、ワタクシには一切関係ないことですわ。ええ、関係ない……。
「……なのに、どうして涙が零れるんですの……? こんなに悲しいんですの……?」
それは、まるで自分が経験したことのように、悲しみが涙となって頬を伝う。ワタクシにはその涙を止めることができないまま、いつの間にか意識を失っていた――