第十六話 彼女には幸せになってほしい
「……へっ?」
全く想定していなかった提案に対して、あたしはマヌケな声を出すことしか出来なかった。
だって、今でもあたしのことを疑っているような人が、普通そんなことを言うとは思わないでしょ!?
「最近、専属の使用人が退職したから、後釜を探しているところだったんだ。助手も欲しいと思っていたから、丁度良い。それに、エルフの魔力は特殊だからな。ハーフとはいえ、それを研究に使えるというのも良い」
「いやいや、今の流れからそれになるのは、ちょっと理解が追い付かないと言いますか! それに、研究に使うって……なにをするつもりですか!?」
今の言葉だけ聞くと、なんかあたしが実験動物になるような感じに聞こえてしょうがない。
漫画なんかで見たことがある……ほら、何本ものコードに繋がれたりとか、大きいカプセル? みたいなのに入れられたり……いやぁー! そんなの処刑されるのと変わらないってばー!
「別に大したことではない。俺の研究したものに魔力を注いだり、一緒に魔法を使ったりする程度だ。危険は絶対に無いと保証する」
「は、はぁ……それならいいですけど……」
あ、あたしが思っていたよりも、全然優しい内容だった……勝手に盛り上がってたのが、急に恥ずかしくなってきちゃった。
「君のメリットの関してだが、君の追い求めている、異世界に行くための魔法の研究も行うと約束しよう。それに、この屋敷にある魔法の本も好きに読んでくれて構わない。当然給料もしっかり払うし、衣食住も提供する」
「えぇ!? それは嬉しいですけど、それだとアラン様の研究が疎かになっちゃいませんか?」
「俺の研究している魔法は、あらゆるものを好きな場所に移動させる、究極の転移魔法だ。君の追い求めている魔法も、一種の転移魔法のようなものだから、似たようなものだ」
「そ、そういうものなのですか」
アラン様の提示した内容は、あたしにとってはかなり都合がいい。むしろ、都合がよすぎて怪しいレベルだ。
「困った時に助けてくれる、優しくてカッコいいあなたのことですから、変なことを考えているとは考えにくいですが……どうも、あたしに都合が良いように聞こえてしまうんです」
「前半の部分に関しては、勘違いしないでもらいたい。あの店での食事や彼らは、俺にとって大切なものだから助けた」
「それなら、どうしてあたしに怪我がないか心配してくれたんですか? その言葉が本当なら、心配する必要はありませんよね?」
「……君があの場で激昂して、魔法で暴れられたら、たまったものじゃないからな」
なんか、あたしへの疑いの目が無ければ、アラン様ってツンデレなんじゃないかって思うようなセリフだね……。
「先ほども言ったが、君にメリットがあるように、俺にもメリットがある。特に、一番近い距離で君の監視が出来るのも大きい」
「監視、ですか」
「何かあった時に、すぐ対応出来るに越したことはない」
正直に話したつもりだったけど、完璧に信用はしてもらえなかったみたい。
ここで変に断ったら、怪しいから排除する! なんて可能性もゼロじゃない。それに、アラン様はとても優しい人だから、信用しても大丈夫だろう。
「わかりました。よろしくお願いします、アラン様」
「交渉成立だな」
「……あっ、でも……お店の方はどうしよう! イヴァンさんとリシュ-さんに、何て説明をすれば……!」
「問題ない。あの二人には、この話のことは伝えている。むしろ、この話は彼らが提案したことだ」
「……は、はい??」
少し間抜けな声で聴くと、アラン様はゆっくりと話し始めた――
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■アラン視点■
今から一週間前、俺は店が休みの時に、イヴァンとリシューの元に向かい、話をする場を設けた。
――実は俺は、ミシェルが店で働くようになってから、定期的に彼らと話をして、ミシェルの近況を聞いていたんだ。
一番最初の場では、ミシェルがここから離れた土地の元貴族で、とんでもないワガママな人間だったが、急に素直な人間に変わったことや、なぜか魔法で姿を変えているが、元々はハーフエルフという希少な人間だから、一応気を付けてほしいという旨を伝えた。
二人はとても驚いていたが、住む所もない女の子を放っておくのは忍びないと言っていた。
それに、時を重ねるごとに、ミシェルに対しての評価は良いものとなっていた。
ミシェルは真面目で元気で、とても気が利く良い子――事情があって家を出たことや、とある目的のために、魔法の勉強をしているという話も、二人から聞いた。
はっきり言って、すぐに信じられるような内容ではなかったが、真っ向から否定することもできなかった。
なぜなら、俺も決まった日時に来店して、ミシェルの仕事を見ていたからだ。
『まったく、アラン様は心配性ですねぇ。ミシェルちゃんは、とても良い子ですよ! あんたもそう思うだろう?』
『……ああ。アラン様を、疑うつもりはございませんが……本当に、ミシェルは悪人だったのでしょうか?』
『そのはず……なのだが……』
『どうしても信じられないと仰るのなら、もっと近くで見てれば、わかるかもしれませんよ?』
『どういうことだ?』
『実は……前々から妻と、話していたことが、ありまして』
『ミシェルちゃんを、あなたの傍で働かせてみるのはどうかと思っているのです』
イヴァンとリシューから提案されたことは、想定外のことだった。おそらく、その時の俺は、中々に滑稽な顔をしていたと思う。
『アラン様が、以前専属の使用人と研究の助手を探していると仰っておりましたよね? その役を、ミシェルちゃんにしてもらうのです』
『それをして、俺のメリットはあるのか?』
『アラン様のメリットは、ミシェルちゃんを近くで見ることで、疑惑を解消出来ると思われます。それに、ハーフエルフの協力があれば、研究が進むかもしれませんよ』
『ミシェルのメリットは……今よりも、良い環境で働かせられること……屋敷にある、多くの魔導書が閲覧出来ること……それと、アラン様に研究をしてもらえること』
……? どういうことだ? 環境や魔導書に関しては理解できるが、どうして俺がミシェルのために研究をする流れになっている?
『アラン様の研究は、転移魔法でしょう? ミシェルちゃんが探している魔法も、似たような感じですので、負担にはならないかと』
『言われてみれば、確かにそうだ。だが、どうしてそこまでミシェルに入れ込むんだ? せっかく見つけた人材を手放してまで……』
『……ミシェルに……幸せになってもらいたいのです』
『まだ出会ってから何ヶ月しか経っておりませんが、あの子に情が湧いたと言いますか……なんだか放っておけなくて。人材に関しては、また探すから問題ございません』
『アラン様、お願いします』
深々と頭を下げて頼み込むイヴァンさんとリシューに対して、俺はそれ以上何も言えなくて……その代わりに、首を縦に振った。