第十四話 突然のご招待
バーンズ家って、伯爵の爵位を持つ家のことだよね? 確か、サジェスの町から少し離れた所を領地としているはずだ。
あたしが生まれたスチュワート家とは、ほぼ接点が無い家だから、どういう家なのか知らないんだよね。
……まあ、記憶が戻る前のあたしは、パーティーの時はいつもワガママを言って、挨拶周りをかなり適当にやってたからっていうのもあるけど。
「はじめまして、ミシェルと申します。バーンズ家の方々が、私になにかご用ですか?」
「はい。我らの主がミシェル様との面会を希望しておりまして」
「話って……ワタクシ、なにか失礼なことをしてしまったのでしょうか?」
「そういう……わけではない。ミシェルは、何も心配せずに……彼らについていくといい。大丈夫、彼らの安全は……俺が保証する」
少し警戒して、社交界に出ていた時の口調で話すあたしの緊張を和らげる為か、イヴァンさんはごつごつした大きな手で、あたしの頭を撫でる。
誰かに撫でられた記憶が無いあたしでも、撫でることに慣れていないのがわかるくらい、イヴァンさんの撫で方は乱暴だけど、なぜかこうされると、不思議と安心できる。
「なにせ……俺が店を開く前にいた場所……だからな」
「えっ!? そ、そうなんですカー!?」
「……なんで、そんなに棒読みなんだ……」
安心できたあたしに、衝撃の事実が言い渡される……なんて、そんなわけないよ! 普通に知ってたよ! イヴァンさんが大丈夫だって言った時点で、自分が以前いたところだから大丈夫って言い切れるんだって思っちゃったくらいだよ!
これで、アラン様はバーンズ家の人だってことは、ほぼ間違いなさそうだね。
「き、気のせいですよ。とにかく、彼らについていけばいいんですね?」
「そうだ」
「わかりました」
「突然の訪問で快諾していただき、感謝を申し上げます。こちらに馬車を用意しております」
「はい、ありがとうございます」
あたしは簡単に身だしなみを整えてから、彼らと共に馬車に乗りこむ。
なんだか、馬車に乗るのが凄く久しぶりな気がする。まだ家を出てから、三ヶ月しか経っていないはずなんだけどね。
「……それにしても、あたしに用ってなんだろう?」
十中八九、アラン様が絡んでいることなのはわかるんだけど……呼び出されるようなことをしたつもりは……いや、待って。もしかして、昨日の一件が関係しているとか?
例えば、通っているお店で騒ぎを起こしたから賠償金を寄こせとか、わざわざ助けたから賠償金を寄こせとか、お礼とか望んでないのにしようとしたから賠償金を寄こせとか!
……う、うーん。勝手に盛り上がっちゃったけど、アラン様がそんなことを要求する人には見えない。
そもそも、平民になったあたしから、貴族の人がお金を要求するとも思えない。
とにかく、実際にアラン様と会ってみないとわからないよね。そもそも、アラン様じゃない可能性も、ほんのちょっぴりあるしね。
「…………はふぅ」
マズイ、徹夜明けなのと馬車のリズムがなんとも心地よくて、凄く眠くなってきた。
これから貴族の人と会うというのに、我ながら図太いと思いつつも、睡魔を静めることは難しそうだった。
「さすがに寝るのはマズい……こうなったら」
あたしは自分の掌に、指の爪を強く食い込ませる。その痛みで、なんとか眠気を飛ばしてしまう作戦だ。
あんまりやり過ぎると、血が出て変な心配をかけちゃうけど、弱すぎても効果が無い。絶妙な加減で痛みを与えなくちゃ。
「ミシェル様、間もなく屋敷に到着致します」
「………………あ、はい!」
掌が爪痕だらけになったにもかかわらず、ほとんど寝落ちする寸前まで追い詰められたけど、何とか無事に着いたみたいだ。
助かったぁ……さすがに歩いたり喋ったりしていれば、寝落ちはしないで済むよね?
「足元にお気をつけてお降りください」
「ありがとうございます」
御者の手を借りて馬車を降り、出迎えをしてくれた使用人に連れられて、バーンズ家の屋敷の中に入る。
よその貴族の屋敷に来ることって、あんまり経験が無いから、余計に緊張しちゃう。こんなことなら、面倒がらずに、もっと沢山の貴族の人と交流を持つべきだったかも………。
「ミシェル様、こちらのお部屋で主がお待ちです」
「はい」
「失礼します。ミシェル様をお連れいたしました」
「お通ししてくれ」
「かしこまりました」
部屋の中に案内されると、そこは応接室だった。細かい内装は違ってるけど、おおまかな内装はスチュワート家とあまり変わらない。
そして……その部屋で待っていた人の姿は、やはりとても見覚えのある人だった。
「ごきげんよう、ミシェル」
「ごきげんよう、アラン様」
「……驚かないんだな。店の常連である俺の正体が、貴族だったというのに」
「まあ……なんて言いますか……なんとなくわかってましたから」
元々品のある人ではあったけど、それ以上にイヴァンさんとリシューさんの言動がわかりやすかったからなぁ。あれで察せないのは、少し無理があるよ。
「こんな立派なお屋敷にご招待してくださったのは光栄ですが、突然で驚いてしまいました」
「色々理由があってな。その話をする前に……君に聞きたいことがある」
あたしに聞きたいこと? なんだろう、アラン様に聞かれるようなことが、皆目見当もつかない。
「君の名前は?」
「……? ミシェルですけど」
「違う。ファミリーネームを聞いている」
「…………」
ファミリーネームと聞かれて、思わず言葉を詰まらせてしまった。
この世界のファミリーネームは、主に王族や貴族の人しか持たない。つまり、平民の人はあたしがミシェルと名乗っているように、ファーストネームだけしかない。
だから、あたしを貴族と知らないでそれを聞くというのは、かなりおかしなことだ。
仮に聞く理由があるとすれば……あたしの正体が、ミシェル・スチュワートだとわかったうえで、確認を取りたいとかだろうか?
でも、どうして気づかれたの? 見た目でわからないようにしてたのに!
「い、いやですねアラン様ってば。あたしは平民なのですから、ファミリーネームはありませんよ」
「そうか……そう言い張るなら、証拠を見せてもらう」
そう言いながら、アラン様はパチンっと指を鳴らす。すると、あたしの足元に魔法陣が現れた。
「あ、アラン様!?」
「害は無いから、心配するな」
驚いている間に、魔法陣は既にその場から消えていた。
どこか痛いとかないけど、魔法で何かされたのは事実だろう。
「そこに鏡がある。それで自分の姿を見てみるといい」
「……?」
言われた通りに鏡で自分の姿を見ると、そこにはとても見慣れた自分の姿が映されていた。
そう……変身魔法で変えた自分ではなく、ミシェルとしての、本来の姿が。