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【前編】悪魔公爵の真実と私が歓迎されるまで

「リーシャ! 執務室に来い!」


 ブルートゥ子爵家の屋敷で、お父様が私を呼んだ。

 やかましい声だが、お父様が私のことを呼ぶのは久しぶりだ。


 とある理由から、お父様は基本的に私への関心が薄い。むしろ毛嫌いしているほどだ。


 そんなお父様が私に何の用だろうか。遅くなって怒鳴られても面倒なので、私は急いで執務室へ向かった。


 扉を開けると、これまた久しぶりに私を見て上機嫌な顔をしている。


「おおリーシャ! 早速でなんだが、お前に婚約話を持ってきた!」

「私にですか?」


 お父様は興奮気味に続けた。


「公爵家との縁談が決まった! 穀潰しのお前が公爵家の一員となれるのは名誉だろう!」


 言うに事欠いて穀潰しとは。腹が立ったが、この家では我慢だ。なにせ、この家では魔力の有用性が立場と直結しているのだから。


 特に由緒ある魔術師のお父様の血を濃く引いた姉は、炎属性という優秀な属性の魔力を持っている。

 エルフなどの魔力に優れる種族に負けず劣らずの力を持ち、社交界でも有名だと聞く。


 しかし私が持つ魔力は「闇属性」だ。

 私の住む魔法大国ベルクリアでも数名しか確認されておらず、あまり解明されていない属性であり、分かっているのは悪魔族が多く所有しているということくらい。


 その悪魔族が人間と交流を持ち始めたのがここ十年のことなので、まだ闇属性の魔力について深く情報が知れ渡っていないのだ。


 そういうこともあり、数少ない人間の身で闇属性の魔力を持つ私は独学で学ぶしかない。優秀な魔術師だったお父様の血筋のお陰か、コントロールは完璧にできる。だが操っても、手元を暗くするくらいだ。当然この家での立場は弱い。


 そんな私に、公爵との婚約話とは。いきなりとんでもない事を言い出すものだ。

 流石に良い話過ぎて、私は眉間にしわを寄せる。優秀な姉を差し置いて公爵家に嫁ぐなど、あり得ない話だからだ。


 恐らくこれは手放しで喜べる婚約話ではないのだろう。


 意見しようとして、背後から「よかったわねぇ」と声がする。

 振り向くと、姉のシルヴィアが不敵に笑っていた。


「能無しのあなたが、あのバーテックス公爵家へ嫁げるなんて」

「バーテックス公爵家? まさか……」


 不安を抱き言葉に詰まる私など知らずか、お姉さまは口元を隠して笑っている。


 そうして私をなじるように、お姉さまが告げた。


「呪われた悪魔公爵、ディモン・バーテックス様に可愛がってもらいなさい!」


 この国でその名を知らない貴族はいないだろう。

 なにせ、悪魔の身でありながらベルクリアの公爵位を授かり、人間の女性を初めて妻として迎え入れたのだから。


 しかし、その妻は悪魔の子を無理やり孕まされ、苦痛の内に産んで死んだという。


 そんな相手と結婚しろと? 私も悪魔の子を孕み、死ねと言うのか。


 当然のことながら、死ぬのなんて絶対に嫌だ。


「意見を述べてもいいでしょうか」


 お父様に問えば、もう会うこともなくなるからか耳を貸してくれた。


「失礼を承知で申し上げますが、私は未熟な身とはいえ、この子爵家の令嬢として知られています。どのような話し合いがされたのか存じませんが、身分が違いすぎ、バーテックス公爵様と釣り合わないかと思います」


 いくら相手が悪魔とはいえ、子爵家と公爵家では身分が違いすぎるのだ。


 姉ばかりが贔屓され、ロクに社交の場に出たこともない私では、不敬を働いてしまってもおかしくない。それはすなわち、この家に悪い影響が出ることになるのだ。


 しかし、お父様は「そんなことか」と一枚の羊皮紙を突き付けてきた。


「お前が闇魔力を持つから、バーテックス公爵と婚約が結べたのだ」

「闇魔力を……? なぜ、あんなものが……」


 私の問いは、羊皮紙をよく見ると解決した。


 羊皮紙には、闇魔力を持つ女性が婚約の条件として記されていた。

 闇魔力さえ持っていれば、多額の結納金を支払い迎え入れるという。既にサインもされていた。

 そして、私は生家であるブルートゥ子爵家から絶縁するという条件にもサインされていた。


 ここまで来て私は理解する。つまりは毛嫌いする私を体のいい形で追い出すのだ。同時に多額の結納金も得る。


 そのためなら私が死んでも構わない。絶縁もするから死なれたところで家に問題はない。


 流石にこればかりは、私も我慢の限界だった。


「実の娘を売るというのですか!?」


 私が珍しく声を荒げたからか、お父様もお姉様も少しだけ驚いた。

 しかし、すぐに余裕の笑みを浮かべる。


「別に売るとは言っていないだろう? むしろお前に公爵位をくれてやるのだ。感謝こそされても、そんな大声を出される覚えはないな」

「本当にはしたないわ。あなたのせいで私の名前にまで泥がつかないといいけど」


 私を煽るような口ぶりでそんなことを言う。歯ぎしりをしながら、亡きお母さまを思い浮かべた。私に唯一優しかったお母様なら、この場で反対してくれただろう。


「お母様が聞いたら、嘆くことですよ……!」


 睨みつけて言うも、お父様は鼻で笑って「魔術しか取り柄がなくて体の弱い女に何を言われても知った事ではない」などとあざ笑った。


「役立たずの闇魔力持ちの女では嫁ぎ先を決めるのも苦労するかと思ったが、こんな都合のいい話があるとはな! むしろあの世で祝福しているだろうよ!」


 幼い日に亡くなった私の母。そういえばお母様もまた、家のために優秀な魔術師の家系であるお父様と結婚されたと聞く。

 つまりは、もともとこの家はお母様が持っていた物であり、お父様が子爵位を得られたのも婿養子として結婚したからだ。


 しかし気が付けば、完全にお父様がこの家を支配している。

 お母様の遺した私という娘も、役立たずの闇魔力しか持たないから悪魔に売るのだ。


「そんなに魔術師としての力が偉いのですか!?」

「偉いに決まっているだろう? 魔法大国ベルクリアではなおさらな。お前も知っているだろう。魔力に優れ、国に恩恵をもたらした者には国王様より直々に勲章が与えられる程だ。まぁそんな勲章をもらえるほどの魔術師、私の血を濃く引くシルヴィアくらいのものだろう!」

「まぁ! そんな勲章をお望みでしたら、相応の相手を探しませんとね!」

「もちろん探しているとも! ちょうど金も入ることだから、そのために飛び切りのドレスでも用意しようじゃないか!」


 もはや私のことなど気にもかけていない。お父様もお姉様も、歪んだ笑みを浮かべていた。


 私が悪魔の子を孕み死のうとも、何とも思っていないのだ。


 娘の命を金で売るとは、なんて父親だ。私は内心、完全に見切りを付けていた。


 こんな家にいるくらいなら、悪魔の嫁となっても構わない。

 だが絶対に見返してやると心に決めた。


「さて、そういうことだリーシャ、バーテックス公爵の元に嫁げ。せいぜい穀潰しが役に立って見せろ」

「……分かりました、バーテックス公爵との婚約をお引き受けします」


 小さな返答に、二人は下卑た笑みをこぼした。


 お父様もお姉様もそういうつもりなら、私も二人を家族だなどと思わない。

 ブルートゥ子爵家と絶縁するいい機会だと捉え、呪われた悪魔公爵の元へ嫁ぐのも、この家を出るためのキッカケと考えてやる。


 だが簡単に死ぬつもりはない。相手が悪魔なら、私と同じく闇魔力を持つはずだ。

 初夜を迎える前に、バーテックス公爵の内にある闇魔力を外部から操ることも不可能ではない。


 そうして優位に立てば、白い結婚で済むかもしれない。


 つまり、やられる前にやればいい。バーテックス公爵家では、魔法の触媒である杖を手放さないよう心掛けるべきだろう。


 死んでたまるか。立ち向かってやる。

 私は覚悟を決めて、バーテックス公爵領へ向かうこととなった。



 ####



 数日後、私は王都近くのバーテックス公爵領へ着いた。


 御者が屋敷に到着しましたと告げたので、身構えながら外へ出たのだが……


「思いのほか、綺麗な屋敷ですね」


 呪われた悪魔公爵などと呼ばれているので、てっきり配下の魔物でも出てきそうな屋敷を想像していた。

 しかし目の前には、爵位に相応しい立派な屋敷が建っている。


 出迎えてくれる使用人も魔物の類かと思っていたのだが、現れたのは礼節に長けた人間の男性であり、恭しく礼をする。


「遠路はるばる我が当主の屋敷へお越しいただきありがとうございます」

「え、ああいえ、お気になさらずに」

「ディモン様は書斎にてお待ちです。ですがその前に……」


 なにやら私を上から下までジックリ見た。一応無礼のないドレスのはずだが、何か問題があっただろうか。

 そのままいくらか考えるそぶりを見せてから、メイドたちを呼んだ。


「誠に申し訳ないのですが、一度湯浴みを行って頂いてもよろしいでしょうか?」

「えっ……どこか汚れていますか?」

「そういうわけではないのですが……その、ディモン様と会う前に相応しい服装に着替えていただきたいのです。それと、体の汚れも洗い流していただかなくてはなりません」


 なんだかよく分からないが、ドレス姿のままでは会うことすら叶わないようだ。

 体を綺麗にするにしても、日が落ちていれば初夜の前に洗い流すというのは分かるのだが、まだ昼間だ。


 悪魔には詳しくないが、初めて会う前には体を清めるだとか、そういうしきたりでもあるのだろうか。なんだか、それは悪魔のイメージから離れている気がするが……


 なにはともあれ、私は子爵家から売られたようなものだ。下手に逆らえる立場ではない。


 気にはなったが、結局集まってきたメイドたちによって浴室に案内された。

 湯浴み着に着替えると、子爵家では想像もつかないような豪華なお風呂に入る。思わずホッと息を吐くが、ここはかつての妻が死んでいった屋敷なのだ。


「ようし!」


 顔にパシャッと湯をかけて気合を入れた。




 ####




 お風呂から出ると、先ほどまでのメイドたちがいない。濡れた体のまま脱衣所で首を傾げていると、不意に扉が開いた。


「あなたは……!」


 赤い髪に紫紺の瞳をした身なりの良い男性が、暗い顔で佇んでいた。

 見た目だけなら人間だが、明らかに人間とは違う魔力を身に纏っていた。


 一目でこの屋敷の当主ディモン・バーテックスだと分かった。

 同時に、迂闊だったと舌打ちする。今の私は湯浴み着しか身に着けておらず、杖は荷物の中だ。

 もし何らかの魔法をかけられる場合、防ぐ手段がない。


 せめて浴室に逃げようとして、ディモンは杖を手にして拘束の魔法を私に掛けた。

 光の輪が私の周りを取り囲み、立ったまま動けなくなる。

 そんな私へ、ディモンは一歩一歩と近づいてきた。


「このっ……! 卑怯です! 半裸の女性に魔法を掛けるだなんて……!」


 必死の言葉にも、ディモンは暗い顔を浮かべたまま反論しようとせず、私に近寄ると手を伸ばしてきた。そのまま湯浴み着の上からベタベタと触ってくる。

 このまま脱がされて、抗いようもなく弄ばれるのだろうか。


「そう簡単には……!」


 杖がなくては強力な魔法は使えないが、闇魔力を用いて視界を暗くすることくらいはできる。


 その間に、なんとか拘束の魔法を解くことが出来れば……!


 私はディモンの目元に闇魔力を集中させると、その視界を奪った。

 魔力に優れる悪魔相手にどれだけの効力があるか未知数だが、目が見えなければ拘束の魔法も集中が途切れるかもしれない。


 そう、色々と画策しながらのことだったのだが、視界を奪われたディモンは目に見えて驚くと、口を開いた。


「お、お前は闇魔力を触媒無しで操れるのか……?」


 呪われた悪魔公爵の名に相応しくない、焦燥感を感じさせる声だった。

 私は拘束の魔法を解いて離れると、警戒しながら返す。


「当然操れます……その条件を提示したのはあなたですよね?」

「いや、私はなにもそこまで……まさか完璧に操れるのか? 記憶が正しければ、ブルートゥ子爵は魔術師として優秀らしいが、娘のお前も……」

「もう父親だなんて思っていませんけど、しっかり魔術師としての才能は継がせてもらいましたよ。なので、杖があれば闇魔力でやれることならなんでも出来ます」


 もっとも、出来たところで視界を奪うか小さな闇の玉を作るくらいだが。

 だがそれでも、ディモンは激しく体を震わせて叫んだ。


「なんということだ! ダメもとで探したら大当たりではないか!!」 


 ディモンは声を上げて片膝をつくと、目元にかけた暗闇を解いて私に頭を垂れた。


「乱暴な真似をしてすまない、心から詫びる!」

「えっ、いえあの……」

「よもや闇魔力を操れる人間がいようとは! やはり人間とは奥深い生き物だ!」

「えっと……」

「これならば、あの子も……!」


 なにやら興奮気味に話しているが、状況がまるでつかめない。

 しかし、どうやら敵意はないようだ。


 私はコホンと咳払いをしてから、ディモンへ問いかけた。


「まずは、服を着せてくれませんか?」


 色々と気にはなるが、今の私は湯浴み着姿だ。なんなら濡れたままだし、髪も乾かしたい。

 そういった事を告げると、ディモンは深く深く頭を下げ、「私の書斎に案内させる」と言い残して出ていった。


「……魔力は人間とは別物ですが、やはり見た目に違いはありませんね」


 近くで見てよく分かったが、鬼族には角があり、獣人なら犬耳やら尻尾があるが、悪魔の姿は人間のそれと何も変わりなかった。


 強いて言うのなら、とても美形だったということだろうか。人間を魅了する悪魔もいるというので、ディモンもその手のことが出来るのだろうか? 

 なんにせよ髪色といい瞳の色といい、公爵の名に相応しい。


「警戒はしますけどね……ックシュ」


 先ほどまでの強い警戒心はなくなったが、それでも相手が人間でないことには変わりない。

 とはいえまずは、しっかり体を拭いて服を着なければ風邪をひいてしまうことに警戒すべきだろう。




 ####




 着替え、念のため杖を手にメイドに連れられて書斎へとやってきた。

 警戒する私と違い、ディモンはソワソワとしている。


 何から話したものかと迷っているようなので、私の方から聞いてみた。


「なにやら、私が闇魔力を扱えることに興味があるようですが……」


 その通りだとディモンは頷く。続けて、それについて簡単な説明をした。


 曰く、闇魔力は人間では相当腕の立つ魔術師でないと扱うことはできず、そもそも身に宿す者が少ないから実質誰もコントロールできないと思っていたという。

 そして個人差があるが人間の体で保有する闇魔力が一定値を超えると、体に黒い斑点が現れ、いつしか体中が真っ黒になり死ぬそうだ。それはまるで呪いのようだという。


 湯浴み着姿のところを襲ったのは、私の体に斑点が現れていないか確認するためだったとも付け加えられた。


「本当にすまなかった。だが、万が一兆候として現れていたら、手遅れになる前に早急に私がコントロールしなくてはならなかったのだ」

「はぁ……襲った理由は分かりましたが、なぜ私が闇魔力をコントロールできると知るが否や態度を変えたのです?」

「それは……とても難しい問題が絡んでいてな……」


 言葉に詰まる様子のディモンからは、呪われた悪魔公爵などという仰々しい雰囲気は感じられない。

 ただの人間とよく似た姿をした美形の男性が悩んでいるだけだ。


 しかし、口にした問題は人間では抱かないだろう、異種族同士の結婚から来るものだった。


「私の亡き妻が命をとして残してくれた息子のディアが、闇魔力に体を蝕まれつつあるのだ……」

「亡き妻って、噂になっている無理やり孕まされて、苦痛の内に悪魔の子を産んで死んだっていう……」


 そう聞くと、ディモンは自嘲気味に笑った。


「悪魔の私が妻を死なせては、誰もがそのような噂を信じてしまう……せっかく、妻とは悪魔と人間との和解を約束していたというのにな」

「その口ぶりですと、真実は違うのですか?」


 頷くディモンは、まず第一に妻は体が弱かったと口にした。


「私の公爵位は、元は妻の物でな。人ならざる者である私が妻と結婚できたのも、この国の王が異種族である悪魔の私と友好的な関係を築くために差し出してきたのがキッカケだ」


 まるで私の両親のようだと、つい感じてしまった。


「妻は体が弱く魔力もたいして持っていなくてな。その上兄弟はいなかったので、公爵家の名を残すには相応の相手との結婚が不可欠だった」


 しかし、語る内容は傲慢なお父様と病弱故に家の名を明け渡してしまったお母様のものとは違った。


 暖かく、思いやりと幸せに満ちたものだった。


「私は最初こそ人間と戯れのつもりで結婚したが……」


 ディモンは懐かしむように、そして愛おしそうに続けた。結ばれた二人は、語りつくせぬほどの幸せに満ちた日々を過ごし、やがて心から愛し合うようになったと。


 そして、子供ができたそうだ。出産にあたり、噂にあるような苦痛の後に死ぬなんて危険性はなかった。

 異種族が交わるので、ディモンが徹底的に調べたという。


 しかし、お腹の子が大きくなったとき、妻が流行り病にかかってしまったという。

 不運にも「呪い」に見えるような体の表面に病状の現れる病気で、お腹の子を抱えながら苦痛の日々が続いたとのことだ。


 だが、妻は命懸けで人間と悪魔の子を産んだ。そうして亡くなったという。


「……これが、事の顛末だ。死なせてしまった言い訳だと思うなら、そう思ってもらっても構わない」


 思わず言葉を失ってしまう。呪われた悪魔公爵の真実は、種族間を超えた深い愛情と妻の覚悟から来る悲劇だったのだから。


 しばしの間、沈黙が流れる。だがやがて、私の方から切り出した。


「闇魔力を持つ女性を集めていたというのでしたら、私なら力になれると思います。いったい何をすればいいのですか?」

「力を貸してくれるのか……? 悪魔であり、君を利用しようとし、これから結婚するというのにかつての妻のことを女々しくも想い続けている私に……」


 元々そのために探していたのだろうに。肝心なところで弱気な悪魔だ。

 しかし、私もまた想いを口にする。


「私にも母がいました。もうこの世に居ませんが、恐らくこの世でたった一人愛してくれた人です。同様に父もいます。しかし、愛情など欠片も与えてくださらなかった。私は、例え悪魔でもそのような父親がいてはならないと思うのです」


 そして私が新たな妻となるのなら、闇の魔力に苦しんでいるという子供を救うべきだと思った。


 ディモンは重たい沈黙の後、亡き妻の残したディアという子のもとに案内すると席を立つ。

 書斎を出て地下室まで階段を下ると、そこにはベッドが置かれ、体中に黒い斑点がある三歳ほどの男の子が荒い呼吸をしていた。


 ディモンは愛おしそうに見つめると、今は自分の力でこれ以上闇の魔力を体の中で増やさないように止めていると話した。


「だが、私にできるのはそれだけだ。本当なら、この子に宿る闇の魔力を全て吸収しなければならない。しかし、悪魔である私は既にこれ以上の闇の魔力を吸収できないのだ。まだ器として闇の魔力をその身に宿せ、うまくコントロールできる技量を持った人間が必要なのだ」

「……なるほど、私が必要な意味が分かりました」


 つまり、私にこの子が宿す闇の魔力を吸収しろというのだ。


「この子には、悪魔のハーフとして膨大な闇の魔力が宿っている。吸収できればとてつもない魔力を手にすることになるが、あまりの力に並の人間では死んでもおかしくない」

「とてつもない魔力……」

「君に頼もうかとも思っていた。だが、またしても人間を死なせてしまっては、更に悪評が立ち……」

「やります」

「……なに?」

「とてつもない魔力が宿るのでしたら、強い魔法も使えるようになるのですよね。だったら私がやります。むしろやらせてください」


 ポカンとした様子のディモンは、すぐに慌てふためいてよく考えるようにと言った。

 しかし、私の考えは変わらない。


「私は生まれてからずっと、大したことのできない闇魔力のせいで虐げられてきました。ですが、この子を救うことが私に強い魔力を与えることにつながるというのでしたら!」


 またしてもポカンとする様子のディモンだが、私は背中を押すように口を開く。


「誰かがやらなくては子供が死んでしまうのですよ? そして、その誰かとは「穀潰し」と家族に虐げられ、あまつさえ死んで来いとお金目当てに売られた私のような女が適任です!」

「れ、冷静に考えたか? 下手をしたら本当に死ぬんだぞ?」

「どうせ家族から死ねと言われたようなものですから覚悟はできています! それに私、ご存じの通り認めたくないですけど結構すごい魔術師の家系に生まれましたので!」


 だから任せてください。胸を張って口にすると、ディモンは唸ってから、弱弱しく頭を下げた。


「頼む」

「お任せを! では、どうすればいいのか指示をお願いします!」


 ディモンも決意が固まってか、私に一つ一つ指示を出す。


 ディアに宿る闇の魔力を体の外からコントロールし、吸い上げるのだ。そしてそのまま私という器の中へ流し込めばいい。

 精密な魔力コントロールと多量の魔力を体に宿しても平気なほど耐性がなくてはならないが、私は言われた通りにディアの体の中から闇の魔力を吸い上げた。


 空中に浮遊する黒い魔力の塊は、放っておくとディアの体に戻ってしまう。

 その前に体から黒い斑点が消えているか、ディモンが全身をチェックする。

 どうやら全て吸い上げたようなので、私を見据えて頷いた。


「では、いただきます……!」


 私の周りを漂い始めた闇の魔力が肌に絡みつくと、沁み込むように中へと入っていく。吸収すればするだけ、私も呼吸が荒くなった。


 だが、相当な量があるのは目に見えてわかっていたので、これは賭けだ。

 今までよくわからないからと虐げられ、一度も持って生まれたことに感謝しなかった闇の魔力との勝負だ。


 私が耐えきれるか、ディモンが危惧していたように死ぬか。


 だがやってみせる。もう、無能な穀潰しのリーシャとはお別れするのだ。


「あと、少し……!」


 体の中で、なみなみと魔力がこぼれそうな錯覚に陥る。きっと、零れたら死ぬのだろう。

 しかし、それでも私は続けた。それだけ、こんなチャンスを待ちわびていたのかもしれない。


「んっ……くっ!」


 やがて全ての闇の魔力を吸収した。呼吸の荒かったディアはすぅすぅと安らかな寝息を立て、ディモンはその姿に歓喜している。


 しかしすぐに私へ向き直ると、大丈夫なのかと口にしかけて、


「ソレッ!」


 杖の一振りで闇の玉を空中にいくつも生み出した。

 物理的な衝撃力を兼ね備えた闇の玉は、前々から小さいが創れていたものだ。


 それが何倍にも大きくなっていくらでも展開できる。


「やった! 成功です! これで私も穀潰しじゃ……」


 と、喜んでいたらディモンが私を抱きしめてきた。震える体で、よかったと呟いている。


「え、えっと?」

「本当によかった……! 私から頼んでおいて勝手と蔑んでくれていい……妻のように人間の女性が死ぬ姿を見なくてよかったと、心の底から安堵し、喜んでいるのだ……!」

「は、はぁ……」


 しばらく抱きしめられたままの状態が続くと、ディモンは力を緩めて口にした。


「我が愛しの息子を救ってくれたこの恩、悪魔としての果てしなく長い一生を使っても返せるとは思えない。だからせめて、これからは公爵家で好きなように暮らしてくれ!」

「い、いいんですか!?」

「いいに決まっている! 金も物も人も、必要ならすぐに言え! 私もまた、君に尽くすと誓おう……リーシャ・バーテックス公爵夫人として」


 公爵夫人。その響きに慣れない感覚を抱きながら、私は今まで出会ってきた誰よりも人間らしい悪魔であるディモンのことが、どこかこそばゆく感じていた。

【作者からのお願い】

最後までお読みいただきありがとうございました!


「面白かった!」、「これからは二人で幸せにね!」

と少しでも思っていただけましたら、

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執筆活動の大きな励みになりますので、よろしくお願いいたします!

後半部分は今日~明日に投稿します。

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