*05 憧れの愛しい人2
二年生の授業が始まる初日。
教室の外は、新学期の高揚感というよりも、ある特定の話題で盛り上がっていた。
「キャ~!楽しみぃ!今日に限ってメイクしてよかった!」
「さすがね!私もしてきたの!どう!?」
「すっごく似合うよ!」
「よかった!!!これで見てくれるかなあ!」
「うん!絶対可能性あるよ!私も負けないんだから~!」
黄色い歓声が、教室の外からも響く。
その中心にいるのは、水無月翼裟だった。
彼は入学当初から注目を浴び、教師にも好かれるほどの優等生。
成績優秀でスポーツも万能。
淡い髪色に整った顔立ち、知的な雰囲気を際立たせる眼鏡。
理知的で品のある振る舞いが、男女問わず多くの生徒を魅了し、憧れの的となっていた。
「不良組のリーダー」という肩書を持ちながらも、品格と落ち着きを兼ね備えている。
そのギャップが彼の人気をさらに加速させ、昼休みには、彼をひと目見ようと廊下に女子生徒が列を作るのも、もはや日常だった。
毬奈も彼に憧れていた。
だが、近づく勇気はない。
彼の周囲にはいつも誰かがいる。
話しかけるどころか、視界に入ることさえ躊躇われるほどに、彼は遠い存在だった。
だからこそ―― 彼の話題についていくこともできなかった。
彼のことを知る唯一の手段は、クラスメイトたちの会話を聞くことだった。
どんな話をしているのか?
何が好きなのか?
間接的に知るだけでも、それで十分だった。
そんな時、女生徒のひとりが興奮気味に口を開いた。
「ねえ、今日さ、見た? 櫂琉くん!」
「そうそう、似てない? 兄弟なのかな…? 一年生らしいんだけど!」
初めて聞く名前だった。
クラスの女子たちも「えっ、誰それ?」と興味を示し、一斉にその話題に耳を傾ける。
毬奈も、思わず身を乗り出した。
「――と言う理由があったらしいよ!」
「っていうかさー、やっぱり翼裟くんのほうがいいよね?」
「うんうん、眼鏡には敵わないと思う!」
「やっぱり翼裟くんかっこいい~!」
話題は、一瞬で「櫂琉」から「翼裟」へと戻る。
あれほど盛り上がったはずなのに、結局それ以上の情報はなく、
名前が出たのはほんの数分間だけだった。
毬奈は、櫂琉についての情報がほとんどないことに気づいた。
兄弟なのか? それとも従兄弟なのか?
ただの噂なのか、それとも本当に「翼裟に似た人物」が一年生にいるのか。
証拠がない限り、その存在はただの憶測でしかない。
そんなことを考えながら、ふと二日前のことを思い出し、翼裟の席へと目をやる。
――そこには、誰もいなかった。
机の上には何も置かれておらず、閑散としている。
彼の姿がないことに、毬奈は違和感を覚えた。
(今日は休みなのだろうか?)
だが、周囲を見渡しても、誰も気にしていない。
あれだけ彼の名前を叫んでいたのに、
いざ彼がいないとなると、誰ひとりとして気にかけない。
――まるで、最初から存在していなかったかのように。
その時、チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。
「みんな席につけ。朝礼を始めるぞ」
静かに席につきながらも、毬奈は翼裟の不在が気になっていた。
先生が教壇に立ち、出席簿を開く。
「さて、新学期が始まったわけだが……」
先生の話が続いていく。
「二年生になったからといって、気を抜かずに……」
「この学年での成績が今後の進路に影響することは言うまでもない……」
教室内は、担任の話に集中するように静かだった。
だが、毬奈はその話を聞きながらも、
翼裟がいないことがどうしても気になっていた。
すると、その沈黙を破るように、
一人の男子生徒が恐る恐る口を開いた。
「……せ、先生……」
担任が話を止め、その生徒の方を向く。
「なんだ?」
男子生徒は躊躇いながら、それでも意を決したように続けた。
「水無月くん……来てません。」
その言葉が、教室に 静寂 を落とす。




