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第五話




 大国で顔を合わせた時は、紳士的な白馬であったはずだ。弱き少女を痛めつけて笑うなど、変態のすることである。

 ライネリカの内心がそのまま表情に出ていたのか、フィーガスは笑みを引っ込めて肩をすくめ、椅子に座り直した。そしてティーポットを片手で無造作に掴み、彼女のカップへ紅茶を注ぎ入れる。


「……ま、色々ひっくるめて悪かった。君と話せればと思って」

「で、で、ですから、いきなり淑女の部屋にくるなどせず、手順を踏んでくだされば、わたくしだって」

「正規の方法を取れなかったことも、ちゃんと詫びよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まだ判断がつかなかったからな」


 彼の言い分に、ライネリカは眉を顰めた。

 彼女の役割は、神の国との橋渡し役と聞いている。白馬閣下と大国は、というより白馬閣下と第十二皇子は、親しい間柄ではなかったのだろうか。

 フィーガスは白い容器に入った角砂糖を一つ取ると、彼女のカップへ落とす。柔らかな茶色に白はすぐ溶けて、カップの底へ降り積もった。彼はその様子を眺めた後、テーブルに頬杖をつき緩く視線を逸らす。

 表情にはどこか、疲労の色が浮かんでいるようだった。


「実をいうと、僕は君を、大国からの刺客だと思っている」

「……え……」

「君にはあの国と我が国が、友好的に見えたか? であれば、本当にあの国は小賢しい。……あの国は僕の領地を足掛かりに、神の国へ支配の手を広めたいんだ」

「そ、……そんな」


 惑星の半分を手中に収めているとすら言われるのに、まだ領地が欲しいのだろうか。軍事侵攻の手を緩めていないとする噂は、もちろん聞いたことがある。しかし人智を超えた神の国にまで、支配の手を伸ばそうとしているとは、あまりに無鉄砲が過ぎるというものだ。

 もしフィーガスの推測が本当なら、確かにライネリカを利用して、領地拡大の突破口を開こうとするやり口は理解できる。しかし所詮彼女は小国の姫だ。供物のように捧げられたからといって、何の役に立つかもわからない。

 沈黙するライネリカに、彼は紅茶を飲みながら一瞥を寄越す。


「とはいっても、君がどう大国に利用されて、僕の領地を脅かすのか、正直な話、僕にもさっぱり分からない」

「わ、わたくしは、閣下に歯向かう気など、露ほども」

「分かっている。おそらく君には何の自覚もなく、刺客に仕立て上げられているんじゃないか?」


 恐ろしい推論に顔を青ざめさせれば、彼は少しばかり沈黙し、再度口を開いた。


「心配するな、レディ・ライネリカ。僕は君に危害を加えるつもりはないし、君の意志で僕の害になるとは思っていない」

「……閣下がこんな、不作法にわたくしを訪ねて来たのは、わたくしの状況が分からなかったからなのですわね」

「そうだ。君は僕の婚約者殿であるけれど、君の置かれている状態を把握してはいなかったからな」

「……把握しようとは、なさらなかったのですか?」


 フィーガスの言葉は全て信用できるかは分からないが、大国を信用していないとすれば、ライネリカの素性くらいは調べているように思う。刺客であると考えているなら尚更、得体の知れない小娘の身辺くらい、洗い出す努力はあって然るべきだ。

 ライネリカの言葉に、彼は指先で自身の唇を撫でて双眸を細める。


「出来なかった、というのが一番だな。神の国とこちらは、住んでいる空気の濃度が違う。こちらの環境に適用できるようになるまでと、人間の抵抗が比較的少ないこの姿を手に入れるまで、時間がかかった」

「えっ?」

「それまでは大国の連中が、神の国に来ていたんだ。まったく、君の国の鉱物を使った加工品には、毎度舌を巻く」


 やや苦笑混じりの言葉に、彼女は片手を頬に当てて首を傾けた。

 エイロス国が大国の影響をそこまで受け難い理由は、特殊な鉱物の唯一の原産国であり、世界一の輸出国であるからだ。

 色とりどりの鉱物は、道具としての利用だけでなく宝石としても有名で、連なる鉱山の名前を取ってシガリア鉱石と呼ばれている。不思議な光彩を放つそれは、組み合わせ方や加工方法によって、様々な効能を発揮する特別な石であった。 

 シガリア鉱物を元手に改良し、神の国の探索を可能にする道具へ転用した事で、大国はフィーガスの領地にまで足を運んでいたという。

 人間には扱いきれないほど大変万能な鉱物だと、フィーガスが多少の皮肉も込めて称賛した。


「でも、だからこそ、か。僕はあの国を警戒していた。考えてみてくれ。政略結婚だろうが友好を結ぶのに、属国の姫と婚姻を勧めるなんて、流石に馬鹿にしすぎだと思わないか?」

「であれば、婚約など無かったことにしてくだされば、わたくしは全然まったく非常に問題ございませんの」


 己の安寧の為に些か強く主張すれば、彼は微かに眉尻を下げて笑みを浮かべる。


「いや、大国の思惑はどうであれ、僕には君が必要だ。この婚約は、あの国に感謝している。……君を得る足掛かりを提供してくれたことはな」


 ライネリカは目を見開いて首を傾けた。赤子の時から婚約者であることは事実だが、彼がライネリカを必要とする理由が分からない。近い将来、()()()()()()()()()()()()()()など、何をどうする為に必要なのだろうか。

 

 



 





 

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