第四十五話
「お父上さまは、ラジーお姉さまの儀式を、失敗しましたの」
ライネリカは幼い頃から、儀式を代行したリンドウとバラにより、その詳細を知らされていた。
ラジレイシアが何の力も授からない、ただの人間に似た構造で生まれたのは、王妃が他国の人間であったからなのだと。
本来、国母の餌となる子供を生み出す儀式には、エイロス国土着の人間の血が必要だった。シガリアの分身である男女がそれぞれ血を提供し、その血に含まれる遺伝子を休眠状態のシガリアが吸収、分解することで、体内で交配させ餌を排出するのだという。
口伝されてきた儀式は、必ずエイロス国土着の人間の血を使うことを、絶対の条件としていた。
それを現国王は、他国の人間である王妃と行ったのだ。
「お母上さまは、代々のベルジャミン王家の中でも珍しい、遠方の国から嫁いできた方なのですわ。それまではエイロス国内の貴族から人を選び、婚姻する事が多かったのですが、お父上さまの一目惚れだそうですの」
「……他国の妃なら、この国に抵抗があったんじゃないか?」
「どう……なのでしょう……、わたくしには今のお母上さましか知りませんから……、ですが、国を守る儀式には、理解があったようですわね。それが逆に、儀式の失敗を招いたのです」
王妃を溺愛している王だからこそ、国母の為とはいえ、別の女と血を混ぜ合わせたくなかった。そして他国の人間である王妃に、儀式の生々しさを感じさせたくなかった国王は、城で採血し、小瓶に入れてシガリアの中枢へ持ち込んだのだ。
ラジレイシアは、確かに歴代の国母の餌と同様に、判で押したような美しい容姿で生まれてきたが、それだけだった。
姉姫は国王と王妃の血で形成されているが、それ以上の存在には生まれなかったのだ。
言葉を選びながら説明するライネリカに、フィーガスは思考を巡らせる。
シガリアはそもそも、体内に栄養素を作り出して永遠の命を誇っていた種である。餌を体外に排出できるようになったとはいえ、自分以外の栄養素では拒否反応が起こったのだろう。むしろ、ラジレイシアが五体満足で生まれてきた事を、喜ぶべきかもしれない。
焦った王は次の儀式の為に、代役を工面した。それがリンドウとバラなのだと彼女は目を伏せる。
「お母上さまが、バラを寵愛していたのは事実ですわ。その状況をお父上さまは逆手にとり、二人に儀式遂行の役割を任命したのです」
「それは王家として、まかり通ることなのか?」
「口伝え通りなら、構わないのですわ。だって、この地の人間であれば、誰でも良いんですもの」
むしろ、婚姻に身分のしがらみが付きまとう王族貴族より、民草の方がシガリアの血筋として濃いとも言える。
何の事情も知らなかった従者二人は、──ライネリカの両親は、身分を盾に命令され、儀式の代役で鉱山の神域に踏み入れた。
「国母への儀式は成功し、わたくしは生まれました。そして……次の国母に相応しい力を身につけている事を確認し、バラからわたくしを取り上げた」
「……」
かなり歪な手順を踏んだ代理出産、とでも言えばいいのだろうか。フィーガスは心底嫌悪した顔で、エイロスの城がある方角を睨む。
血液を分解し、一つの成長する生命を排出するのであれば、ラジレイシアが生まれた時点で、国王と王妃の血は使い切ったのだろう。
エイロス土着の人間で、シガリアの意識が染み付いた血液を新たに投入し、そうやって生まれたライネリカは、王族の血が一滴も流れていないと言っても間違いではない。
キリノスの言葉が、不意に脳裏を掠める。
シガリアの中枢に立ち入れるのは、国王とライネリカの“家族”だけなのだと。
血の繋がりがあるという意味で、その言葉も間違いではないのだろう。
数歩離れた距離で、地面を見つめて唇を噛み締めているリンドウに、視線を向けた。ライネリカの話は、彼にも届いているだろう。フィーガスはライネリカを一瞥してから、彼に声をかけた。
「……リンドウ殿。君は何を思って、レディに出自を教えた?」
柔らかな色合いの瞳が、ぎこちない動作でこちらに向く。
ライネリカが儀式を理解していたのは有り難いが、儀式の代役を押し付けられた一国民が、ベラベラと話していい内容でもないだろう。
キリノスがライネリカと血の繋がりがない事を知っているなら、他の兄弟たちも分かっている事は、容易に想像もつく。だがエイロス国に限らず、小国の王族は血統を重んじる種族だ。王家の血が流れていない彼女が第二王女として過ごすなら、儀式の失敗や詳細は極力伏せ、外部に漏れないように隠蔽するのが普通である。
おそらくリンドウとバラも、キツく口止めされたはずだ。
リンドウは体ごと向き直り、巨体を戦慄かせて両膝を地面につけた。そして腹の前で両手の指を組み、上体を屈めて首を垂れる。
「……身の上話を、お許しください」
「もちろんだ」
顔を上げたリンドウの顔は、やはり泣きそうだった。顔面の造形は似ても似つかないのに、ハの字に下がる眉はライネリカを思わせて、本当に親子なのだなと気付かされる。
「…………僕の妻は、以前、事故にあいました」
震える声が伝えるのはバラの、──最愛の妻の事だった。