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第三話



 今回、フィーガスと名乗った白馬とは、本当に顔合わせ程度の謁見だった。

 それでも彼女の心を打ちのめすには十分な破壊力で、加えてまた二週間かけて自国に帰るのかと思うと、あまりに気が滅入ってしまいそうだった。

 どう考えても予想の範疇を越えすぎている。神の国の住人が人外と言えども、まさか造形すらヒトの形をしていなかったのだ。

 白馬という点を除けば、フィーガスは良き相手かもしれない。今後しばらくは大国を通さずに直接やりとりをしようと言うことで、少しだけ会話をしたが、少なくともリュグザよりは紳士的で好印象だった。

 しかし、どう目を背けようにも相手は白馬。多感な年齢の彼女に、この事実をありのまま受け入れて納得しろとなど、どだい無理な話であった。


 ◇ ◇ ◇


 泣き腫らして祖国に帰ってきた娘と同様に、家族も困り果てていた。

 大国からの圧力によって仕方なく結んだ婚姻。とは言え、相手が白馬など夢にも思っていなかったのは、当然である。王妃など聞いた瞬間にひっくり返り、病に臥せるほどであった。

 しかし、こんな非条理な婚約など白紙に、とは言えない。わざと白馬と不仲になって相手から婚約破棄を狙うなどという、自国の生存を脅かしかねない状態も却下だ。今のところライネリカを嫁がせるより道はなく、八方塞がりで皆、同じような溜め息を溢す。


「……わたくし、確かに白馬に乗った王子様が、助けてくださる、なんて言いましたわ」


 自室で腫れぼったい双眸を冷やす事もしないまま、ライネリカが口を開いた。傍で紅茶の用意をしていたバラが、静かに視線を向ける。

 

「……白馬の王様が婚約者だったなんて、……有り得ませんわ……」


 バラが用意してくれた紅茶を一口飲み、茶葉の香りが鼻腔を抜けていっても、彼女の心が晴れることはない。

 ライネリカの婚約者騒動の一端は、リュグザの一言から始まったと聞いている。

 彼女より7歳年上のあの男は、幼少期より神の国に強い関心を持っていたという。なんとか友好国や同盟国としての地位を樹立したいと考え、現国王に婚姻を進言したのだ。

 しかし現国王は正妃側妃問わず、生まれた子供達を非常に溺愛していて、誰一人得体の知れない相手に婚姻を結ばせたくなかった。そこで白羽の矢がたったのが、ちょうど属国に取り込んだばかりの小国より生まれた、ライネリカの存在である。

 まったく、エイロス国側から見ればいい迷惑だ。大国が神の国と友好的になろうが、エイロスには何の徳も利もない。神の国から入り婿が来れば別かも知れないが、嫁いだライネリカはベルジャミン王室から籍を抜くわけで、血のつながりのある他人になってしまうのだ。多少何か恩恵があるのかも知れないが、それも大国によって搾取されてしまうだろう。

 ライネリカが堂々巡りとなる行き場のない感情を、再三の溜め息と共に外へ逃した瞬間、不意に窓ガラスが音を立てた。

 風だろうかと顔を上げた彼女の前に、バラが躍り出て彼女を背に隠す。隙間から見えたバルコニーには、翼を大きくはためかせた白馬が一頭、白い羽毛を振りまいて降り立った。そして突風が巻き起こり部屋の掃き出し窓を揺らした刹那、長身の男が姿を見せる。

 月のような銀髪に透き通る白い肌。白眼のない黒目がちの瞳。ワイシャツに黒のスラックスとサスペンダーという、ラフな出で立ちで現れた男は、辺りを見渡した後、無遠慮に掃き出し窓を引き開けた。


「──……綺麗な城だな、レディ・ライネリカ?」


 瞬間、その距離をバラが一歩で踏み締め、中空より出現した槍を片手で掴むと、勢いもそのまま振り抜いた。空気を裂く音と違わず、衝撃波を男が体勢を低めて回避し、それはそのままライネリカの自室の壁を吹き飛ばす。

 バラは両腕で槍を構え直し、今度は頭上から振りかぶった。男が横に逸れるが、彼女の剛腕が矛先が床に着く前に軌道を変え、脇腹に柄を叩き込む。男は一瞬呻いたものの、その場に踏み留まって逆に槍を掴み返した。

 こう着状態に持ち込まれ、バラが微かに眉を顰める。白い男は好戦的な笑みを浮かべて、黒目をついと細めて見せた。


「……なるほど、君が“牙”か」


 男の発言に、ライネリカが息を呑む。この神の国の住人は、()()()()()()()()()()。このまま侍女長を応戦させては、万が一という事もあり得る。

 

「バラ! わたくしは問題ありません、下がりなさい!」


 鋭い主人の一言に、バラの両手の中から煙のように槍が立ち消えた。彼女は警戒を解かないまま、足音を立てずライネリカの側へ戻ってくる。鋭い睨みは相変わらず男に向いたままで、男は肩をすくめて背筋を伸ばした。

 激しい交戦音を聞きつけた、城内が騒がしい。扉が叩かれたと思えば近衛騎士のリンドウが、巨体を揺らしながら返事を待たずに扉を蹴り開ける。


「姫様!!」


 リンドウの空色の瞳が、侵入者を捕らえた。彼は声を詰まらせた後、バラと同じくライネリカを背に庇う。

 ライネリカは目の前の婚約者を見つめたまま、震える両足を叱咤し、怒りに戦慄くリンドウに声をかけた。


「リンドウ、わたくしは問題ありません、皆を下がらせてくださいませ」

「で、でも」

「大丈夫ですわ。それから、お父上様にご報告だけを。わたくしは問題ありませんと」


 難色を示しかけたリンドウに念を押せば、彼は戸惑った様子で侵入者とライネリカを交互に見つめ、渋々命令に従った。彼が部屋を出て行き数分経てば、徐々に城内へ広まっていた喧騒が落ち着いてくる。

 胸を撫で下ろしたライネリカは、改めて婚約者と向き直った。男は双眸を細めて見つめ返した後、おもむろに片手を上げて指を鳴らす。

 空間が歪んだかと思えば、吹き飛ばされた部屋の壁は、元通りに復元されていた。まるで壁際だけ時間が巻き戻ったかのようだ。

 呆気に取られたライネリカは、すぐに気を取り直し、両手を腰に当てて胸を張った。


「……淑女の部屋に突然の来訪など、紳士の風上にもおけませんわっ」


 



 



 


 




 

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