1.ジェルピカ発動!
(こんなに大きくなるものなのか...)
目の前の城を見上げたルイスの口は開いていた。
ミレンは顔を両手で覆ったまま動こうとしない。
いつも透き通るように白いミレンの肌が、耳まで赤くなっていた。
「まぁ、そんな落ち込まないでよ…仕事がちょっと長引くだけだって」
「私を殺して?そしたらアレも消えるでしょ?」
「ご冗談を」
あと少しで取り返せるはずだったマーツ・ノックス社の裏帳簿が今現在巨大な城塞に守られているのは、ミレンの魔力によって心象要塞ジェルピカを発動させてしまったためだった。
ルイスは久しぶりの大口案件に舞い上がってしまった自分を恥じた。
マーツ社の追手を警戒しつつも、ミレンが『風の手』によって宙に舞う帳簿を掴んだとき、喜びのあまり彼女の背中に飛びついた。すると突然帳簿が光りだし、次の瞬間この荒野に桃色の城が現れた。
心象要塞ジェルピカは貴重品の保護を目的とした魔道具である。「所有者の心象風景に基づいてデザインされた金庫を具現化する」というこの製品独自の魔術によって、世界有数の魔装製作所であるマーツ社は、ベスト魔方陣ストを製品のリリース年に受賞している。持ち主の警戒心の強さによって防御力が強化されるこの魔道具は飛ぶように売れた。
どうやら裏帳簿には、最大級のジェルピカが仕込まれていたらしい。
(それにしても...)とルイスはジェルピカに視線を戻した。
「ジェルピカって発動した人の気持ちが出るんだっけ?」
「言わないで」
「いや、いい趣味してるなって。なんか、可愛い感じで...」
「やめて」
ミレンは座り込んだ。
発動したジェルピカは白やピンクを基調とした外観で、レンガのひとつひとつがハート形をしており、その度に
ポヒュッポヒュッと音が聞こえたかと思うと、ハート形の花火が空に広がっていた。城内にいるのか、鳥の鳴き声も聴こえてくる。
「今日は一旦帰ろうか?帳簿は逃げないし」
「マーツ社が取りに来ない?」
「立派な城に守られてるよ」
「これ以上、人に見られたくない」
「ミレンが作動したことはバレないよ?」
「そういう問題じゃない」
ジェルピカが一企業の製品である以上、いくら大きくともジェルピカを製造したマーツ社の人間であれば容易に解錠できる可能性があった。追手がルイスたちと派手な城塞に気づけば、すぐにサービスマンが派遣されて、マーツ社の不正の証拠を取り戻されてしまう危険がある。
そんなミレンの懸念も杞憂に終わった。
「おはよう。まだやってる?」
「おはよ。全然開かないみたい」
ルイスとミレンは、追手とサービスマンがジェルピカ解錠に奮闘する姿を死角から交代で見張っていた。
「あっ、危ない」
「ずいぶん飛んだね」
「怪我で済んで欲しい。もし死んじゃったら私が殺したことになるの?」
「労災かな」
マーツ社の人間はジェルピカに近づくことすらできなかった。ギルドトップクラスの風魔法使いであるミレンが発動させたためか、ジェルピカは近づこうとするものを突風によって弾き返している。
「ご機嫌な見た目の城なのになかなか厳重だねぇ」
「…馬鹿にしてない?」
「いや全く。さすがミレンだ」
「嬉しくないよ」
ジェルピカを作動させて以来ミレンの顔はずっとやや赤らんでおり、ルイスと目を合わせようとしない。時折微風を起こし自分の顔に当てながら、巨大な城に挑んでは吹き飛ばされる健気な兵士たちを不安そうに見張っている。
一方、製造元の従業員をも寄せ付けないジェルピカをみて、ルイスは楽観していた。
おおよそ警戒心を感じられない城のデザインを鑑みるに、ジェルピカを誤作動させた際のミレンは相当上機嫌だったと考えられる。そんな高揚状態であっても他者をまるで寄せ付けないミレンの堅牢な精神は全くもって見事であり、マーツ社が諦めて帰ったあとにミレン本人が解錠すれば易々と裏帳簿が手に入るはずだ。どんなに仰々しいジェルピカも元は金庫代わりの魔道具であるから、作動させた本人にはその城門を開くに違いない。
ルイスが長々と構築した理屈もほどなく打ち砕かれることになる。
名前を思い付いてから手ピカジェルを思い出しました。