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究極のショートケーキ

「あらやだ、もうこんなに散らかしたの? 真彩まや、ちゃんと自分で片づけるんでしょうねえ?」

「う、うん……」

「ご心配なく! あたしたちもちゃんと一緒にお片付けするので!」

「そーそー、リンコがやるから」

「あんたもだよ、バカ!」

「まあ、林子りんこちゃんが言うなら安心していいわね。はい、これ。林子ちゃんと朋樹ともきくんのママが持ってきてくれたケーキよ。ママたち下でおしゃべりしてるから、大人しく遊んでてね」

「はーい」


 そろいもそろって生返事だった。


「よろしい」

 マヤの母はうなずくと、娘にお盆を授けて部屋を出た。


「……あー、緊張したぁ」

「とっさに隠しちゃったけど、いいの?」

「うん。ママ、ネズミとか苦手だから」

「そんなこといいから、早く食べようぜ」

「ちょっと待った。その子、ケーキなら喜ぶんじゃない?」


 リンコがコロンコを見下ろした。


「おい、オレのはやらねーぞ」

「あーあ、ケチな男はモテないよ?」

「うるせーな」

「いいよ、わたしのぶんをあげてみよう」

 マヤはお盆をおき、ケーキののった皿をとった。

「小人さん、どうぞ」


 コロンコの傍らに、巨大なショートケーキが降りてくる。


 だめだめ、そんなものでは騙されない。コロンコは今絶望の淵にいるのだから!


「やっぱり、食べないね」

「そんなに見つめられてたら食い気も失せるって。なあ早く食べようよ……」

「まあ、一理あるかも。マーヤ、あたしのケーキ半分こしよう」

「いいの?」

「いーのいーの。ここのケーキはしょっちゅう食べてるからね。ママが大好きでよく買ってくるから。ほら、食べてみ?」

「いただきまーす……あ、ほんとだ! おいしい!!」

「でしょ? 上品な甘さの生クリームにふわっとしたスポンジと、あいだに挟まれたいちごソースがアクセントになってて、絶品でしょ!!」

「それ、いつも母さんが言ってるやつだな」

「うるさい! いやしんぼーにそんなこと言われたくないし!」

「おいしくてほっぺたがとろけそうだよぉ」


 生クリームといちごのほのかな香りがコロンコの鼻をくすぐった。そういえば、部屋づくりに夢中で昨日からまともに食事をしていなかった。コロンコはすぐそこにそびえたつ白い巨塔に目をやる。


 二等辺の三角柱だが適度に角が取れた、洗練されたフォルム。頂にはやわらかそうなクリームに真っ赤ないちごがちょこんと腰かけている。生クリーム、スポンジ、いちごソース、そしてうすくスライスされたいちごが織りなす、分厚い幸せなハーモニー


 ――究極のショートケーキ!


 コロンコの頭にそんな言葉が浮かんだ。実を言うと、ケーキをこんなにも間近で観察したことはなかった。ましてや、食べたことなど皆無。ケーキというお菓子はその見た目ゆえに多くのヤカクレの心をくすぐるが、反面、口にできる者はほとんどいない。あめやクッキーとちがって、手を出せばすぐに人間に気づかれてしまうからだ。それは捕縛か死を意味する。


 恋焦がれながら、決して触れることのできないもの。ヤカクレにとってケーキとはそういう存在だった。


 どおせお先真っ暗ならば、とコロンコは思う。今のうちに、少しくらい幸福を味わっておいても罰は当たるまい。そうだ、これは天が最期に与えてくれた恵みだ!


 コロンコは皿に鎮座している白い奇跡に軽く触れ、その手をなめた。途端に、舌先から全身へ震えが走った。


 なんだ、このとろけるようなおいしさは! なめらかで、甘く、それでいてしつこさはなく、雪のように舌の上で溶けていった。まるでまどろみの中の淡い夢のように! 確かにいい夢を見たような気がするのだが、過ぎ去ってしまうともうぼんやりとしてしまい、うまく形容できない。


 この感覚は何と表現したらよいのか、いま一度確かめるために、コロンコはもう一口生クリームを食べた。すると再び、あの夢のような浮遊感と素晴らしい味が蘇った。けれども、喉元を過ぎるとまた次が欲しくなる。すぐに溶けてなくなるせいだろうか?


 そこで今度は、スポンジをひと欠片ちぎり、クリームを塗って食べてみた。すると、また別の感覚が口の中に広がった。空気のように軽やかなスポンジに、雪のごときクリームが重なって、雪原をかける白い兎を彷彿とさせる。なんという運命的な組み合わせなのだろう! 生クリームとスポンジは互いにないものを補い合って、より高次の存在へと変貌するのだ!


 その後も、みずみずしいいちごを食べては悶え、いちごソースをなめては甘酸っぱさに目を見張り、コロンコはヤカクレ史上最も驚きと興奮に満ちて、ものすごい勢いでいちごのショートケーキを平らげたのだった。



*   *   *



「ねえ、見て! 小人さんのケーキがなくなってる!」

「ほんとだ! こんなちっちゃいのに全部食べちゃったんだ!?」

「オレなんかよりずっと食い意地はってるじゃん!」


 コロンコのはるか頭上でにぎやかな話し声が飛び交った。しかし、かつて経験したことがないほど重たくなった腹と、これ以上ない満足感に満たされて、起き上がることが出来なかった。たとえこの後子どもたちに振り回されて命尽きることになろうとも構わない。このまま、眠ってしまいたい……


「……動かないね。寝ちゃったのかな?」

「お腹ふくれすぎだろ」

「かわいすぎる! マーヤ、抱っこしてもいい?」

「やめとけよ。絶対いやがるよ」

「そうだね……でもこのままじゃ風邪ひきそうだから、ベッド作ってあげよう」


 コロンコはひらひらと眠りの中へ落ちていった。その途中、体がふわりと浮き上がったり、ふかふかのスポンジの上にいるような心地よさを感じた。それは素敵な夢だった。


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