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戦わない小説家シリーズ

わ、わかった! 猫耳付けるからアイスを買わせて下さい!!

作者: 一木 川臣

 最近、地元に新しいアイスクリーム屋ができたらしい……


 web小説を執筆していたある日のこと、私にとって聞き捨てならない噂が耳元へ入り込んだ。


 なんでも凄い数の味を取り揃えている今までにない斬新なアイス屋が近くのショッピングモール『ゐをん』内に出来たとのことで、私は大きく心躍ってしまった。


 どうしてかって? 理由は至極単純で私はとにかくアイスに目がないからだ。


 そもそも私は大の甘党であり、アイスクリームは特に大好物としている食べ物だ。ひと頃はアイスフリーカーと呼ばれたことすらある程アイス狂に他ならないのだ。


 1日アイスを5つ食べても壊さない頑丈な腹の持ち主である私がこんなホットな情報を聞いてその場で座っているわけにもいかないだろう。


 近くにアイス屋ができた……?


 私が行かなきゃ誰が行く。ここでアイス屋に行かないのでは自称甘党の名が廃ると言うものだ。この状況下においてどうしてアイスを食べないことがあろうか。


 そうだ、アイスを食べに行こう。



 ということで私はチャリに乗り込み漕ぐこと1時間半、ようやく地元にある超大型ショッピングモール『ゐをん』に到着した。相変わらずドでかいな『ゐをん』…… 最近来たのはいつぶりだ?


 いつ来てもここは何らかの改装工事をしている。私が生まれた時からずっと工事中…… いや…… 近所のおばさんから聞いたけど開店時から50年以上ずっと改装しているらしい。『サグラダファミリア』か何かか? まぁ、利用している側の私にとっては日々『ゐをん』がパワーアップしてくれるのは悪い話ではないのでジャンジャンパワーアップしてほしいと考える。ぜひ100階建てになるまで工事を頑張ってほしいと思うところだ。


 しかし久々にモリ漕ぎしてしまったからかなり疲れてしまった。おかげで脚がパンパンだ。


 本来なら車で来る筈だったが先日峠を攻め過ぎて愛車のタイヤがバーストしてしまい、新しいタイヤが来るまで1週間ほどかかるとのことで…… そんなこんなで私はあまり乗り慣れていないチャリンコを乗らざるを得なくなってしまったのだ。ドリフトしすぎは良くないですね。


 チャリに降りて『ゐをん』の中に入る。例の如く『ゐをん』は人でごった返しており、とても賑やかだ。平日の午後の時間だと言うのに皆ヒマなんだなぁと思ってしまったのは内緒。


『ゐをん』の中はとても冷房が効いており汗をかいてしまった私の体をひんやりと冷やしてくれてとても心地が良い。5月の初旬とはいえ、今日は夏並みの暑さだったから冷房は本当に助かるなあ。私は暑がりだから16℃くらいまで下げても全然構わないのだけど……



 中に入って歩くこと数分、ようやく例のアイス屋が見えてきた。店名は『ゐをんのあゐす屋』、ビックリするほど名前にセンスがないと感じてしまった。まあ、名前のダサさとアイスの美味しさに相関があるとは思えないから気にしないことにするけれど…… それにしても……



「……凄い人だな」


 あまりの人の多さに驚きつい声にも出てしまった。


 噂のアイスクリーム屋と言うこともあり、アイス屋の前に長蛇の列ができあがっていた。最近はこういったアイス屋もSNS映えするとのことで若い女子高生、女子大生の姿が多く見られている。


 その中で上下黒色のジャージ姿の私が一人…… かなり目立ってしまう感じになってしまった。


 ……なんだか、この中で私みたいな野郎が一人飛び込むのは些か窮屈な気分でもあるが、別にやましいことをしに来ている訳じゃない。なんならここに集う皆よりアイスを愛していると自負しているぞ。


 アイスを愛す。なんちゃって。


 おと、下らないギャグで悦に浸っている訳にもいかない。最後尾まで行って並ばなければな……


 私はとりあえず列の一番後ろだと思われる場所まで歩いて行くことにするが、なんだか違和感を覚え立ち止まってしまった……


 強烈な違和感…… それは周りにいる女性達から察せられた。


 ──なんだ、なんで皆猫耳つけているんだ……?


 並ぶ客、あたりでアイスを食べている人、みんな謎に猫耳をつけているのだ。むしろ何もつけてないない私が異端であるかのような空気であり急に心細くなってしまった。


 一体何が起きているんだ……?


 ゆっくり列に溶け込みながら目を配らせる。前にいる人みんな猫耳だ…… つけていないのは私だけ……?



「ほら…… あ〜ん」

「ここでかよ…… 恥ずかしいぞお前……」


 ふと声が聞こえ側を見れば猫耳つけたカップルが食べあいっこしている。あ〜〜、熱い熱い、いいねえ若いと言うのは。アイスも溶けちゃうほどのアツアツで羨ましいなあ……


 と、羨望の眼差しを送るのはここまでにして、やはり彼女らも猫耳姿で現れている。


 ──どういうことだ?


 思い切って聞いてみよう。 


「あの…… すみません、今日は何かのイベントでしょうか……?」


 私は振り返りながら恐る恐る、後ろに並んでいた男の人に声をかけてみた。彼もまた頭に猫耳、腰に猫尻尾と周りにいる女の子達と似たような格好だ。こんな男の人も猫の姿になるなんて…… きっと何かあるはずだ。


「は? なんだお前!?」


 唐突に声をかけられた男の人──制服を着ているあたり彼も高校生のようだが──は目を丸くしながら即座に踵を返す。


「すみません突然に…… あの、どうしてみんな猫耳とか猫尻尾とかつけているのでしょうか……?」

「は? 知らねえの? 今話題沸騰の人気映画『にゃんだふる#ぱーてぃ』が上映しているだろ? その映画のコスプレだぞ」


『にゃんだふる#ぱーてぃ』? あ〜 聞いたことある。なんでも猫耳姿の人気俳優がたくさん出る映画みたいで…… 詳しくは知らないけど……


 え? あれって『にゃんぱ』のコスプレだったの?


「そうなんですね〜 凄い人気ですね」

「いやいやいや、お前『にゃんぱ』見ずにこのアイス屋来てるの!?」


 逆に知らない私がおかしいみたいな言い口で彼は私を指差してきた。


「え…… そうですが…… 何かまずかったでょうか?」

「マズくはねえが…… マズくはねえかも知れねえが、アイスは不味くなる可能性があるぞ、マジで知らねえのか……?」


 アイスが不味くなる……? もう全く読めない私は考えるのを諦めて黙って首を縦に振る。男は呆れた様に「はぁ〜」とため息をついた後、口を開いた。


「この店の店長、大の『にゃんぱ』好きで、にゃんぱ姿の客以外ほとんどマトモに相手してくれねえぞ」

「え? どういうことですか……? 『にゃんぱ』の格好しないとアイスが買えないと言うことですか?」

「買えるには買えるが、頼んでもお望みの味が出ねえぞ。なんなら『カエル味』とか『蜘蛛味』、『発酵した味噌汁味』とか嫌がらせみてえなフレーバーが出されるぞ」


 カエル…… クモ…… 嘘でしょ…… アイスにそんな味があるの……??


「ええ!? そんなことってあるんですか!? 猫耳つけないといけないんですか!?」

「いけなくもねえが、選択した味がこねえし、値段も通常の倍以上の価格取られるぞ。それでも良きゃ猫耳無しでもいいんじゃねえか?」


 それって実質強制でしょ!


「そんな……」


 呆気に取られて何も言えなくなる。


「あの店長相当クセ者だからなァ…… 『にゃんぱ』の格好しない顧客とか、毒盛られてもおかしくねえぞ」


 追い討ちをかけるようにそんなことを言ってくる男子高校生。どんだけ『にゃんぱ』好きなんだよあの店長。映画に関心のない私にとっては甚だ迷惑な話である。


「どうすれば…… 私はどうすればいいのでしょうか?」

「そこの『ゐをんシネマ』に『にゃんぱ』グッズが売ってるぞ。最悪猫耳と尻尾だけでも買って揃えて来ねえと相手にされねえだろうなあ……」


 なんという上手い商売をしているんだ『ゐをんシネマ』は…… 仕方ない…… ヘンテコな味を出されてもたまったもんじゃないので私は急いで列を抜け『ゐをんシネマ』で『にゃんぱ』の猫耳と尻尾を購入した。


 合わせて3,300円、まぁまぁの出費であるがアイスの為なら我慢するしかないだろう。




 猫耳を頭につけながら急いでアイス屋に戻る。男一人で『にゃんぱ』コスなんてかなり怪しいだろうな……

 しかもいろんな人に見られて結構恥ずかしいぞ…… 高校生とかはノリでやれるかもしれないけど私みたいなおたんちんがやったところで滑稽この上ないだろう。


 だけど、1時間半もかけて『ゐをん』に来たんだ、何も食べずに帰るわけにはいかない……! 恥を捨てろ私! 『にゃんぱ』のキャラになりきるんだ!


 長い列は意外にも早く進み、十数分もすれば順番が回ってきた。脅威の回転力で舌を巻く。


 猫耳姿の男が一人、アイス屋の前に佇むことに……


「へいらっしゃい! なんだ野郎一人か、つまんねえな」


 スキンヘッドにハチマキを巻いた中年おじさんが荒々しく声を上げた。なんだよこの人、明らかにアイス屋の格好じゃないぞ、たこ焼き屋の風貌だろ…… こんな頑固そうなおじちゃんが高校生で話題沸騰の『にゃんぱ』好きだなんて世の中分からないね。


 そんないかついアイス屋の店長が私に向かって冷たい眼差しを振りかけてくる。やめてくれ、痛いコスプレをしていることぐらい自覚しているんだから……


「んで、何味のアイスが欲しいんでぃ!?」


 だが…… もうここまで来たんだ、やるしかない。全力でやりきるしかない。逃げるな私! 立ち向かえ私! 


 注文したい味はもう心の中で決まっている。ここの店にしかない珍しい味…… これを食べるために私ははるばる『ゐをん』まで来たんだ。


 私は息を大きく吸い込み、腹の底から声を張り上げた。



「鰹節味のアイスが欲しいにゃん♪」








 無事、私の望みである鰹節味のアイスが手に届いた。危なかった…… 知らなければ危うく『蜘蛛味』のようなゲテモノフレーバーになってしまうところだった…… あの男子高校生には感謝しないとなあ……


 アイスを手に持ちながら食べるところを探していると



『ほら、あ〜ん』

『あ〜ん…… ん? なんの味だこれ……』


 例によってあの猫耳カップルがまだ食べ合いっこしているのが見える。いいなあ青春……

 私もそそくさと近くの椅子に座りアイスを食べようとスプーンを取り出…… あ、スプーンがないじゃん! 不便だな、このアイス屋……

 仕方なしにアイスにかぶりつきながら例のカップルが気になるので視線を移してみることに……



『えへへ、おさしみの味〜』



「ンフッ!」


 猫耳ガールのそんな声が聞こえ、私は変な声が出てしまった。


 なんだよ……数ある味の中でよりにもよって刺身味をチョイスしたのか……

  刺身の味のアイスって美味しいのか……? 猫よろしく生魚上等っていうのか……?


『なんだそりゃ〜! どうりで変な味だと思った』


 猫耳ボーイが眉を顰めながら首を傾げた。


 でしょうね。


『何言ってるのお兄ちゃん! 好き嫌いはダメだよ!』


 猫耳ガールが人差し指を上に立てながら母親のように注意する。


 ……なんだよ、君たち兄妹なのか……






 結局私は精神的にも疲弊してしまいどこにも立ち寄らずそのまま『ゐをん』を出ることにした。


「はぁ〜」


 外に出るとどっと肩が重くなりため息が漏れてしまう。


  本当に散々だった…… アイスを買うのにこんなに大変な思いをしたのは初めてだろう。

 まぁ、でもお陰様でなんとか限定フレーバーの鰹節味を堪能できて満足と言えば満足だ。


 色々思うところがあるが、今日はとりあえずアイスを食べることが出来たのでヨシとしよう。そう自分を納得させながら家に帰ろうと駐輪場に向かって──



「あっ!!」


 チャリがねえ! 盗まれた!!


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