08.ご当地戦士にも世代交代の波
池袋でのフライングオクトパスとの激闘は、近年でも稀、危うい結末だっただけに、ネットでも大量の情報が乱れ飛んだらしい。俺は追うのが面倒臭く、随分前からもう見るのを止めているので、平穏な心を保てているが、同じプロジェクトで普段、その手の話題に興味がない面々まで触れていたから、よほどの事だろう。
そんな騒ぎも、心の中に残る記憶を吐き出してしまえば、流れ続ける膨大な日常の前には、掻き消されていく幻に過ぎない。
挿げ替えたマネージャーの座りが良くなるまで、のんびり待つ訳にもいかず、リーダーや担当達に割り当てられていたマネジメント業務を引き継ぐ事で、彼らの負担を軽減して、本業の方に専念して貰うに至った。
客先にも、部長を先頭とした突撃を敢行して、一部の方々への多大な心象悪化はあったものの、行き先が定まらず、試行する行為に資金が費やされており、納期に一定の成果を出すには、針路を定めるしかない状況となった事は理解して貰えた。
……ここから、政治的な落としどころを決めるのは、お偉方に頑張って貰うしかない。
どれだけ立派な管理と優秀な開発者、潤沢な資金と開発環境を用意したって、会社の業務の無駄を省いて強みを伸ばしていく、なんてお題目は願望であって、システム開発の方針じゃない。
俺がこの業界に入った2000年代からは、単純な業務へのシステム導入はあらかた終えて、ユーザー自身すら、次の発展に何が必要かよくわからず、ボヤっとした要求仕様しかないまま、とにかく、今はない「何か」をしたい、などという怪しい仕事の割合が増えていた。
悩ましい話だった。
◇
母屋の一部を焦げ付かせ、ユーザーの家屋もそこそこ被害が出たものの、やっと炎上プロジェクトも、ずぶ濡れの鎮火状態を経て、将来への希望を見出せる再建の時期を迎えることとなった。
余裕が生まれてくれば、メンバー間の親睦と、未来への種蒔きとなるような活動もやろうか、なんて話も出てくる。
今回は、後輩クンが、副業の話ではあるが、ご当地戦士達に関する呟きを集めて、戦闘記録ごとに纏めて提供するアプリの概要について、皆にプレゼンテーションしていた。戦乙女vsフライングオクトパスの激闘は記憶にも新しい。
その戦闘記憶を例に、Amaz〇n社のクラウドシステムをベースに、SNS上の呟きをかき集めて、他の情報と比較することで最大公約数的な情報を抽出、呟いてるメンバーへの過去の評価や、本人の体験かどうかも含めて判定して、戦闘の時系列化、位置情報との結び付け、なんて事を行っていると説明してくれた。
戦闘を観たユーザーが記憶を元に描いた公開画像も結び付けていて、出現した敵や戦乙女の戦う姿などもイメージしやすい。
軽く聞いた限りでも個人レベルの話ではないが、彼女曰く、公開されている自然言語解析ライブラリを含めた、公開されているパーツを組み合わせているだけで、それらを集めて、意味のある情報とするための評価の仕組み、そこにこそ独自性がある、とのことだった。
システム開発屋としては、なかなか興味のそそられる話だが、群衆資金調達でシステム運用費用を捻出し、運用・開発を行う仲間を集め、自動処理が追い付かない部分の評価を担う一般協力者まで参加させていると言うのだから、営業とマネジメント、それにリーダーの資質も兼ね備えているのは間違いない。
まぁ、そんな逸材だからこそ、異例の若さでサブリーダーを担い、このペースなら最速記録更新でリーダーにもなるだろうと噂されている訳だ。
そして、彼女のプレゼンの中で気になったのが、戦乙女の特殊性だった。
そもそも、一般的なご当地戦士の場合、ある程度の難度となれば、他の戦士との共闘を行うのが常であり、常時、チームを組んで戦っている地域も少なくないと言う。
それと、これは仮説ではあるが、夢幻戦闘領域は何か、社会不安などを糧に生じるとも言われている。
戦乙女の戦いは、低難度の戦いの発生頻度がダントツで高かった。他では普通難度1回のところを、戦乙女なら、容易い難度8回といった具合だ。
小火のうちに消すのが吉、と戦乙女が語っている通り、彼女の担当地域は戦闘回数こそ突出して多いものの、それらの多くは短時間で片付いており、戦ってる時間より飛んでる時間の方が長いと言われる所以でもある。被害も少ないので彼女の担当地域は、統計学的に有意な差が出るほど治安が安定し、人々の交流活動も盛んだ。
ならいいじゃないか、と思うかもしれない。市民達の被害も少なく、戦乙女も大空を飛べて、WinWinの関係だろうと考えたが、それが戦乙女の欠点でもあると言う。
後輩クンの語った、戦乙女の欠点。
それは、後任が育たないこと。
何でも自分でやってしまい、部下に仕事を回さず抱えてしまう残念リーダー的な姿だと。
他の地域では、組んで戦うことが多いので、自然と実力差のある戦士が共闘することになり、それが後任の育成へと繋がっているそうだ。
ご当地戦士も、いつまでも戦える訳ではなく、初期の十年に戦っていた熟達者達も殆どが引退するか、担当地域を持たない伝説枠となり、姿を見せなくなっていた。
「なので、もし幸運にも、戦乙女と話せる機会があれば、ぜひ、後任育成を勧めてみてください!」
などと後輩クンも熱く語っており、色々と考えさせられることとなった。
◇
空を飛ぶことが無上の喜びとなっている俺は、誰かに戦闘を丸投げする代行依頼は勿論、高難度の戦いに対する支援募集も殆どしたことが無い。
初期には支援募集もやってみたのだが、大空を自在に飛び回る戦乙女の戦いと、狭い地域を制圧していくFPS勢の戦いはどうにも嚙み合わず、支援募集を出しても誰も参加してくれないことが続いて諦めたのだった。
ただ、戦乙女の戦いも十年も続いた結果、まだまだ少数派ではあるがメカ&少女系のご当地戦士も出てきており、風向きは変わってきていると言えるのかもしれない。
そこで、今回は参加ニーズを探る為に、支援募集を付けてみることにした。
戦闘領域「東京都板橋区荒川河川敷」
難度:容易い
時間制限:30分
エリアボス:クレイフィッシュ(ザリガニ)
支援募集条件:人数制限なし
報酬は等分とする
戦闘開始:十五分後
以前、高速移動ミッションを行った河川敷の一部が対象の簡単なミッションだ。遮蔽物もなく、堤防のおかげで周辺被害も抑えやすく、敵との戦いだけに集中しやすい。
ただ、敵も少なく、戦闘時間も短いので、顔見世興行、戦士同士のご挨拶といった位置付けだ。
互いの実力もわからない自由募集で、報酬も頭割りとなれば、報酬目当ての戦士は嫌うかもしれない。
さて、誰か参加してくれるだろうか。
俺は、低難度時の定番となるロングライフルを選択して、依頼書にサインした。
◇
【運命が支援募集を受諾しました】
眼下には馴染の荒川河川敷。そして、AIの報告に自然と心を躍らせて、戦域マップを開くと、こちらに飛んでくる友軍マーカーが一つ。他のご当地戦士の情報も殆ど集めてないせいで、どこの誰か全然わからないが、飛んでくる姿を目にして、俺は思わず笑みを浮かべていた。
メカ&少女系、当たりだ!
下方から上昇してくる蛍光ピンクの髪の少女は、色違いの戦乙女と言っていい、バックパックとそこから延びる補助アーム、そして左手に大盾、右手にライフルという装備だった。
戦乙女よりも一、二歳幼い感じだろうか。可愛らしさが前に出る容姿だ。
彼女は衝突しそうな勢いでこちらまで一気に近づいてくると、頬を紅潮させながら両手を差し出してきて、俺の右手を包みこんできた。
「戦乙女さん、貴女にこうして出会えて光栄です! 後でサインを下さい!」
ぐいぐいくる珍しいタイプだ。
FPS勢はなんか、斜に構えている連中が多く、あれはあれで面倒臭い感じだったが、こっちはこっちで困る。
それより、先ずは戦闘だ。
「運命、支援募集を受けてくれてありがとう。親睦を深めたい気持ちはあるけど、先ずは敵を倒そう。情報リンクを許可してくれる? 後は移動しながら相談しよう」
「あ、はいっ!」
こちらの戦域マップや解析データが、互いのAIを通じて共有された。
最初は最寄りのファンファン×2からとマーカーで指定して飛び始めると、彼女もそれに続いてきた。
……んだけど、移動速度が遅い。
外見から見た感じ、初期装備のままで何も変更してないようだ。
まてまて。
どういう理屈かは知らないが、AIは俺の疑念に応えるように、運命が初期装備だと仮定して、全ての敵と戦うとどうなるか、戦乙女との場合と比較した戦闘経過予測図を表示してくれた。
あー、不味い。優先度の高い戦士達を索敵範囲に捉えてない敵は、彼女が到達する前に周辺地域に向かって侵攻を開始、或いは荒川に架かる河川橋に対する攻撃を始めて、結構な被害が出そうだ。
「運命、掴まって。ちょっと急ごう」
「え、は、はい。って、速いっ!!!」
彼女には腰にしがみ付いて貰い、互いに最大推力で移動を開始、推力バランスが普段と違うので少し手古摺るが、それでもまっすぐ飛ぶだけなら大した話じゃない。それでも普段よりずっとゆっくりなのだが。
「移動時間はこれで短縮して、敵は一機ずつ手分けしようか」
「わかりました!」
ファンファン達の認識距離の少し手前で彼女と離れると、互いの分担を示すマーカーを表示してから交戦距離へ。
俺はロングライフルの射程距離を活かして、彼女よりも早くシングルショット叩き込んでファンファンを撃破。
さーて、どんな戦い方をするんだろう
そう思って、少し離れた位置から邪魔にならないように観察すると、運命もやっと交戦距離へ。
彼女は、大盾を構えたまま真っ直ぐ距離を詰めていき、互いに撃ちあって撃破。撃たれたエネルギー弾は大盾で防いでいた。
堅実……だろうか。
彼女と合流して、次の敵に向けて移動しつつ聞いてみた。
「戦闘回数はこれで何回目?」
「3回、いえ、今回を入れると4回目ですっ!」
なるほど。
通りで、戦い方が敵と直線で結んだ一次元的なレベルに終始してる訳だ。
◇
それからも、運命さんは、撃ち合っては大盾で反撃を防ぐ戦いを続けて危なげなく敵を撃破。
……撃破したのはいいんだが、前方にクレイフィッシュが見えた時、彼女が待ったをかけてきた。
「すみません、まだ大盾のエネルギーが回復してないので待ってください」
そりゃ、毎回受け止めれば、いくら自然回復するとは言っても、減少ペースに追いつく訳がない。
となれば、せっかく、二人いて連携できるのだから賢く戦おう。
俺が連携した戦術を提案すると、彼女は緊張した面持ちで引き受けてくれた。
さぁ、エリアボス、クレイフィッシュとの戦いだ。
先ず、戦乙女が前方から一気に接近して、奴の気を惹きつける。奴はこちらに向けてエネルギー弾を散弾のようにばら撒いてくるが、これは距離さえ保てば、避けるのは簡単だ。
そして、そうして奴の意識を釘付けにしている間に、運命が最大射程ぎりぎりの距離を保ったまま奴の後方へ。
そのまま、ロックオンして上空から対地ホーミングショットを撃つ、という攻撃を始めた。
片や後方の最大射程ぎりぎり、片や中距離、それも真正面となれば、クレイフィッシュのシンプルな思考ルーチンは、戦乙女を主敵と捉えて、そちらに向けて弾幕を張り続けるしかない。
こうなってしまえば、後はもう単純な消化試合だ。
上から襲ってくる対地ホーミングショットをアームで防げば、前方から撃ち込まれるシングルショットへの護りが疎かになり、前方を護れば、今度は上空が手薄に。
戦乙女が一人でやれば十五発撃ち込まないと倒せず、パターンを決めても結構な時間がかかったけれど、今回はそれよりも半分以下の時間で簡単に倒すことができた。勿論、被弾ゼロだ。
◇
これまでになく容易にエリアボスを倒せたと、運命さんが興奮気味に語る中、短時間撃破ボーナスは取らず、戦闘時間ギリギリまで、飛行の練習をしつつ、今後も共闘する気があるようなら、こうして飛行訓練をしつつ装備を充実させていこう、と提案してみた。
「是非、是非お願いします! そ、それとここにサインを! 運命さんへと、それと今日の日付も!」
彼女がスカートアーマーの空きスペースから、ネタ装備の万能ペンを取り出してきた。
何にでも描ける、何なら空中にだって描けるという、装備しているメカなどと同じ、現実にはあり得ない品で、実は俺も持っていたりする。
というのも、キャラクター商品を出すのに、自筆サインが欲しいなどと業者の人に突撃された事があり、なんだかんだとあって熱意に負けて、サインをした事があったからだ。それに稀ではあるが、市民からサインを求められることもあるのだ。どうせ、記憶にしか残らないのに、と言ったら、魂に刻みます!と鬼気迫る顔で言われたものだった。
……という訳で、クレイフィッシュの残骸でちょうどいい台になりそうなのがあったので、そこに彼女の大盾を置いて貰い、希望されるままに、裏側に大きくサインをしたのだった。
評価、ブックマーク、いいねありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
2022年3月1日(火)、14パートまでは毎朝7:05まで投稿していきます。