07.タコ焼きに必要なのは火力!
火消し役として、目下、炎上中のプロジェクトに呼ばれて一週間。
それなりの体制が敷かれていた筈なのに、どうしてそうなったのかと思ったが、調べていけば、案外、原因を絞り込むのは簡単だったりする。要は慣れ、勘を働かせる、そういうことだ。
……そんな経験則が身に付くほど、あちこちにお呼ばれするのもどうかと思うが。
そして、先ほどまで大部屋にプロジェクトメンバーが一人残らず集まり、リーダーやマネージャ、その上の部長級まで集まって貰って、最初の仕切り直しを行った。
わざわざやりたい、と手を挙げてきたので、後輩クンにやらせてみたのだが、結果は出た。
ただ、もう少し、やり方があったんじゃないか、と思わないでもない。
「マネージャー本人がいる前で、このプロジェクトにはマネジメントを担う方が必要です、は切れ味抜群だったが、か弱い女性である自覚も忘れないでくれよ」
会議の資料をリーダーに作らせ、調整も任せて、管理系の資料作りまで、いずれマネージャーになる時に必要だからなどと言って、あらかた他の者に準備させ、挙句、ふと見れば席にいない、予定表も真っ白でどこ行った、などという有様。
リーダーの時はそれなりの力量があった人だとは聞いているが、今の彼は戦力になってなかった。
「貴方が必要です、と援護してくれるか聞いてみては如何です? と伝えた時の目が泳ぐ様、会議室の中で誰一人、加勢してくれる者がいないと理解した時の態度、それに……アレは心が折れた者の目でした。大丈夫、折れない時に強行なんてしません。私はほら、か弱い女性ですから」
後輩クンの何が強みかというと、攻める時には必ず万全の防御を敷く点にある。今回で言えば、一週間、来たばかりで仕事がわかりませーん、などと殊勝な態度で、メンバー達からあれこれ話を聞き出し、協力するか、中立であることを確認し、そして残っている様々な記録から、逃げようのない状況証拠も揃えてから、マネージャーの上役まで同席させての一撃だ。
もっとも、そんな技術的な立ち回りなど、彼女の持つ本質的なところから比べれば枝葉末節だろう。
まるで無数の死線を潜り抜けてきたと思えるような異様な胆力と、弱点に切り込む決断力。
激昂して声を震わせる大男相手に、まったく声色一つ変えず、理詰めで坦々と追い詰めていく姿は、恐れ知らず、世間知らず、手を出されないと舐めた女性などとはまるで違う鋭さがあった。
ゲームに侵食されてしまったこの時代、彼女のように肝の据わった人は時折いるのだ。
……何せ、運の悪い人は何度も夢幻戦闘領域に巻き込まれ、恐ろしい経験を味わってる。
個人情報の範疇なので聞いてはいないが、きっと彼女もそうした過去があると思われていた。
まぁ、これで、火消し作業も一歩目は順調だ。
「主任だって、皆さんの苦労の一端は知ることができた、大丈夫、まだ挽回可能だと、それっぽい再建計画まで準備して、頼れる味方アピールされてましたよね?」
新人ちゃんが、なかなかに鋭いことを呟いた。
「間を空けると、邪念に惑わされることもある。火消しは小さい内に、だ」
私はいつだって、プロジェクトを完遂しようとする、やる気溢れるメンバー達の味方だとも。上役の首が刎ねられて動揺していれば、支えるのは人として当然だ。
◇
いつもニコニコ、和気藹々とやって、達成感溢れるプロジェクトを完遂できれば言うことなし。だが、世の中、そんな話に関われることは、宝籤で一等賞を取るより難しい。
今のプロジェクトも、マネージャーはこちら側での最大の癌ではあったが、彼の首さえ挿げ替えれば万事解決、なんて言うほど物事は甘くない。実際には、仕様をまともに決められない、決定権を与えられてないユーザー側の担当者やその上司がふらふらしているからこそ、無駄が多く発生し、亀の如き歩みに陥ってるのだ。
だからこそ、今度は相手側の上司にまで手が届き、結果をもぎ取れる鋭い刃が必要だ。
俺の脳裏に、それを可能とするマネージャーの顔がいくつか浮かんだ。
自分自身がやればいいんじゃないかって?
サラリーマンの世界は残念ながら、実力主義とは言っても、肩書がないと門前払いになる厳しさもある。俺ができるのは、立派な火消し役たる上司に、良く切れる刃を用意してあげるところまでだ。
【出撃要請。戦闘時間120分。出撃する/しない】
こうして、会議を終えてメールをチェックしているタイミングで来たのは悪くない。
想定時間が長いのが気になる。きっと高難度だ。
溜まったストレスを解消するためにも、意識を切り替えよう。
◇
戦闘領域「東京都豊島区池袋駅周辺」
難度:難しい
時間制限:120分
エリアボス:フライングオクトパス(蛸)
なんてこった、母艦級かよ。
エリアボスは名前の通り、蛸のような形状なんだが、でかい胴体だけでも観光バス並みの大きさがある、とても厄介な相手だ。触腕はパワーショベルのように太く長く近接戦闘可能であり、それぞれの先端には砲口まで備えている。
それに母艦級と言った通り、奴は子機としてファンファンをうじゃうじゃ放出してきやがる。
移動も速い、火力も高い、図体に相応しい頑丈さもあり、全てを覆い隠す煙幕すらばら撒く、とかなり面倒だ。
戦闘領域を確認すると、今回は豊島区全域となっている。
俺は、多機能ロングライフルにボム投擲器、それに念の為、今回も身代わりを積んで、命令書にサインした。
雲の多いあいにくの天気。雨が降ってないだけマシではあるが、戦域マップを開くと、敵の反応がない。フライングオクトパスの厄介な行動パターンを最初に引いたか。
眼下に広がるのは、山手線の北側で一、二位を争う巨大ターミナルの池袋駅だ。まだ下校時間には早いが、戦闘時間が120分と長い。手古摺れば、夕方のラッシュ時間にもかち合ってしまう。
先ずは東口、巨大交差点に位置する三角屋根の交番前へと一気に降りる。
突然の空からの訪問に、街往く人々が俄かに騒ぎ出し、スマホを構えて撮影し始める。どうせ、記録に残らないのに習慣というのは恐ろしいものだ。
困惑した表情を浮かべている警官に近寄った。
「今回の敵は、空飛ぶ大蛸です。戦場は豊島区全域! 避難指示を。それとここ、逃げた方がいいですよ。何回か前にも潰されましたから」
あの時は酷かった。触腕を何本も搦めて動きを止めたと思ったら、重さに耐えきれず、交番が潰れてしまったんだ。広い歩道に独立しているように建っているから、肩を寄せ合ってるビル群よりも、腰を落ち着けやすいんだとは思うが。
奥の机で事務作業をしていた年配の警官が、げっと顔を顰めた。
「戦乙女、まだ敵発見の報は流れてないが――」
「私が空を飛んでる時点で、夢幻戦闘領域の発生は確定です。奴は熱光学迷彩持ちですから。子機もばら撒いてくるので、追いかけっこが続くでしょう。遠距離狙撃もしつこいから、高層階からは逃げた方が……っと、東池袋に出ました! 避難宜しく!」
俺は返事を待たずに一気に、戦域マップが示す、ボスの位置、東池袋に向けて高度を上げた。
案の定、視認できたかどうかという超遠距離から、物干し棒のように長いエネルギー弾がひっきりなしにこちらに向けて撃たれてきた。高度を上げていたから、流れ弾は空へと消えて行ったが、あのまま、駅周辺のビル群より低い位置にいれば、周りに被弾して大被害を招いた事だろう。
南東へとまっすぐ伸びる、歩道も含めると六車線分くらい広さのあるグリーン大通りを飛んでいけば、東池袋は目と鼻の先だ。ただ、ここにはやたらと高さのある高層マンションがいくつも林立している。
そして、今回のエリアボス、フライングオクトパスは、こちらにでかい胴部分を向けて、車軸のように八方に触腕を広げると、触腕先の砲口から、いつものエネルギー弾をぶっ放し始めた。弾幕モードだ。クレイフィッシュよりも弾数が多く、奴のように散弾型にばら撒くのではなく、八つの砲門がそれぞれ、こちらを狙ってくる、という厄介さである。
駄目元でシングルショットを連射するが、当然、奴のでかいボディに命中しても効果がない。そのまま、一気に高度を上げて、奴の上を通過しつつ、その背後、触腕の付け根にある発進口から一機、また一機と放出されているファンファン達に向けてロックオンを行い、対空ホーミングショットを放って、散らばる前に撃破した。
ボム投擲器まで付けた多機能ロングライフルは更に取り扱いがやりにくくなり、手の動きだけでなく、身体全体の姿勢も合わせないと、銃口が思ったところにすぐ向かないのでもどかしい。
子機を一掃されたのがお気に召さなかったのか、奴は漏斗から暴力的な量の風を噴出し、道行く自動車を玩具のように吹き飛ばしながら急上昇すると、こちらから距離を離して、高層マンションの陰に入り、更に速度を上げて逃げ出し始める。
勿論、触腕先の砲台からも嫌がらせのようにエネルギー弾を撃ってきたが、こちらからの視界が切れた瞬間に、奴お得意の熱光学迷彩を発動して、空に溶け込み始めた。ライフルの銃口をそちらに向けてもロックオンしないので、目見当でシングルショットを連射しつつ追いかけるが、ふらふらと軌道を変える動きと、相手の方が加速がいいせいで、逃げ切られてしまった。
……面倒臭いが仕切り直しだ。
◇
それから、奴は下板橋や、駒込、巣鴨、目白と区内のあちこちに姿を見せては、こちらが接近するまでは長距離狙撃をしつつ、子機をばら撒くというパターンを繰り返し、その都度、距離を詰めて子機を片付け、可能な限り、シングルショットや、対空ホーミングショットを撃ちこむ戦いが続いた。
今回は乱数の引きが悪い。
気を抜くと、流れ弾が豊島区のシンボル、陽光60ビルを襲うことになるので、高度だけでなく、自機の後方にも気を配らなくてはならないのが面倒臭い。それにそれ以外にも東池袋もそうだが、四十階程度の高さがあるマンションやオフィスビルが増えてきているので、年々、戦いにくくなってきていた。
残念ながら、エネルギー弾の横殴りの雨が来る、などと言っても、どうせ戦いが終われば、全ては記憶の中、実際に建物が壊れる訳でもないので、駅周辺に高層建築物を並べる方針は変わらないようだ。
戦乙女の移動速度が速く、戦域全体を常に把握できているから、奴が子機をばら撒いて、ファンファンの群れがあちこちで破壊活動を始める、などという流れは避けられているが、これまでの交戦ではまだ、奴の耐久力はほんの僅かしか削れていない。
そんな我慢比べをしていると、やっと良いパターンを引いた。
奴は池袋駅東口上空に姿を現すと、全ての触腕を揃えてこちらに向けて超遠距離から狙撃をしてきた。こちらは、戦域マップで彼我の位置関係を認識した瞬間から、AIの支援を受けて予測回避を始めているので、撃ち抜かれるような事はない。
奴が何度も長距離狙撃をする間に、ぐんぐん距離を詰めて、対空ホーミングショットも放つがこれは牽制だ。奴は駅前を走る明治通りへと降下を始めた。
チャンス!
大蛸がビルの陰へと隠れて、互いに撃てなくなったが、位置は把握できている。
確率は二分の一! 触腕を広げて砲口をこちらに向けた対空形態、触腕で守りつつ一気に子機をばら撒く産卵形態……どっちだ!?
エネルギーを貯めつつ、覚悟を決めて明治通りに身を晒すと、奴は触腕を真下に下げて防壁と化し、その中に子機をどんどんと射出して、一気にばら撒こうとしているところだった。
「貰ったぁ!」
待ちに待った好機を逃さず、俺は大型バスよりでかい奴の胴体に沿うように急降下しつつ、触腕の付け根にチャージショットを叩き込み、そのまま触腕の隙間が見える位置まで下降すると、ボムを投げ込んだ。
全てがスローモーションのように見える中、いくつかの触腕がこちらを捉えようと動くのが見え、次の瞬間、ボムの爆炎が視界を覆い尽くした。
急上昇しながら、ヤバいと感じて排斥バリアを展開すると、振り回された触腕にぶつかったようで、ピンボールのように跳ね飛ばされてしまった。
それでも、人ではない戦乙女が目を回すことなどない。
ビルの起伏に沿うように、フライングオクトパスから距離を離し、更にビルの裏に隠れつつ、何ブロックも逃げた。
こちらの現在位置に向けてひっきりなしに撃ち込まれるエネルギー弾で、ビルが削られて瓦礫を撒き散らしていくが、その破壊音すら、奴の悔しがる叫びのようで心地いい。
無駄と分かったのか、乱射を止めて、奴はゆっくりと浮上を始め、そして触腕の一つがずるりと地面に向けて落ちて行った。
戦域マップを見る限り、ボムに巻き込んで放出間近だったファンファン達も一掃できている。
「それに、焼かれた姿の方が美味しそうだ」
などと笑顔を向けてみたが、至近距離でボムに巻き込まれて焼け焦げたフライングオクトパスは、残った七本の触腕をこちらに向けると、怒涛のエネルギー弾でそれに応えてきた。
◇
触腕が一つ減った程度では、難度はさほど変わらないが、それから続けた戦闘で、チャージショットで更に触腕を二本減らし、至近距離で食らわせてやった二発目のボムによって、砲塔も四つを黙らせると、砲塔は残り一つ。あれほど五月蠅かった弾幕も見る影もなし。
戦闘時間が60分を超えたものの、もう奴に逆転の目は無い。敵の数が増える前に子機を潰して常にボスと一対一の状況を維持しているから、身代わりの出番も不要。
あと何回かパターンを繰り返せば勝利だ!
そう思った俺はどこか慢心していたんだろう。
その後、すぐに冷や水を浴びさせられることになった。
駅ビルの壁に挟まれている池袋駅、そこに奴が降りていった時に、違和感を感じるべきだった。
駅前の明治通りの時と違い、多くの路線が集まる池袋駅には多くのホームがあり、その幅は百メートルほどあって、そこそこ広い。
奴が足を下に降ろして、子機をばら撒こうとしている、好機だ、そう判断して距離を詰めた時、俺は思い違いを悟った。
失われた三本の触腕、その隙間から見えた奥に、パンケーキのように重ねられたファンファンの姿がない!
謀られた!
そう思った時には、奴との距離は近過ぎて、そして、奴はもう一つの大技、全てを阻害する濃密な煙幕を噴出して一気に視界をゼロにしてきた。
一寸先すら見えない濃霧、それはレーダーも、熱反応も全てを塞ぎ、周囲の構造物すらわからない状況を作り出す。
長い戦闘時間もあって回復していた排斥バリアを展開しつつ、上空へと逃亡を図ったがこれが悪手。
最初のボム投擲時と同じ行動パターンを選んだのは不味かった。
俺は、回転しながら振り回された触腕にクリーンヒットを許してしまい、駅のホームに叩きつけられることになった。
そのまま、全ての触腕を指のように揃えて一気に叩く。
巨人の平手に襲われたホームは、その形のまま広く圧し潰された。
もうもうと舞い上がる土煙。
……だが、幸運を掴んだのは俺だった。
弾き飛ばされた先は、地下へと通じる昇降口。
おかげで、俺はぺちゃんこのサンドに成り果てずに済んだ。
そして、濃密な煙幕が晴れて、互いの姿を視認できた瞬間、俺は奴の最大の弱点、触腕が三本無くなってるおかげで、良く見える子機発進口に、最大充填を終えたチャージショットをぶち込んだのだった。
◇
崩落しかねない状況と大量の瓦礫もあって、戦闘終了時間まで、瓦礫に埋もれたまま、天を見上げている戦乙女に近づいてくる人達はいなかった。
これまでにも何度も戦ってきた相手ではあったが、今回は飛び切りヤバかった。
もし、昇降口でなくホームに落ちていたら、戦闘終了までの残り60分間、蹂躙され、破壊の限りを尽くされ、変わり果てた豊島区を見せられることになっていたことだろう。
夢幻戦闘領域はゲーム風なだけあって、バッドエンドの演出まで遺していくのだ。
今回は勝てて良かった。ただ、次も幸運があるとは考えてはいけない。
……それでも、勝てた事を今は、今だけは素直に喜ぼう。
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2022年2月28日(月)、13パートまでは毎朝7:05まで投稿していきます。