表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

06.身代わり(デコイ)の出番

世の中には、プロジェクト休暇なる概念があるらしい。一仕事終えた区切りでリフレッシュして新たな仕事に向けて英気を養うという。なんて素晴らしい!


……一応、うちもそんな概念自体は制度としては存在しているのだが、マネジメント業務に片足突っ込んでいるとわかるように、社員には給料を支払わなくてはならない。そして休暇中の社員は当然だが、お金を稼いではくれない訳だ。お金が減ると協力会社の契約人数を減らしたり、安いところに切り替えたり、海外事業部に回すなんて発想が出てくる訳だが、夢幻戦闘領域がいつ何時、出現するかもしれない昨今、優秀で健康的!なシステムエンジニアというのは砂漠における水のように貴重な存在だ。


昨今は、絶望的な人手不足もあって、世間に向かって、しっかり福利厚生や社員教育に力を入れてますとアピールしていく気運は高まっており、うちの会社も、社員全員に活動量計を配ってみたり、AI解析の常設健康診断サービスを社員に提供したりと頑張っている。


そんな訳で、プロジェクトを終えた俺や後輩クンは、休暇は無理だったが、スキルアップの為の教育受講なんぞを捻じ込むことになった。会社の金で教育を受講できて、少なくとも教育時間中は、ゴリゴリと精神を削られるような交渉や調整に頭を悩ませる必要もない。なんて素晴らしい!


業務に役立つ教育となれば、当然だが似た役職や境遇の社員が集まるものだ。企業規模が多いと、自社社員だけの教育を行えるというのはかなりの利点だと思う。何せ、普段は接点のない社員との交流も図れる。あぁそんな奴もいた、そんな仕事もあった、どこが注目だ、なんて話を心の栞にしておくといい。ひょんなことから役だったりもするものだ。





午前中の教育が終わって戻ってくると、後輩クンが何やら、先日、転属してきた新人ちゃんとの話に盛り上がっていた。


「何やら楽しそうだな?」


そう話を振ると、よくぞ聞いてくれました、と後輩クンは、新人ちゃんのスマホを指差した。


他人のスマホを覗き込むなんて碌な話にはならんのだが、新人ちゃんも仕方ないなぁという表情を義理で見せると、ほらほら見ろ、というか見なさいっとスマホの画面を向けてくれた。


スマホに表示されていたのは待ち受け画面なんだが……戦乙女ヴァルキリーのちびキャラが、よく見かける敵ユニット達の絵を指して、「これらを見かけたら私の出番、避難こそが最大の支援!」なんて呼びかけてる宣伝ポスターだった。


「確か、板橋区とのタイアップだったか?」


「よくご存じですね。区によって違うポスターが出ていて、こちらのアプリを入れると日替わりで待ち受け画面を表示してくれるのですが――」


なんて具合に、新人ちゃんは見た目は知的なキャリアウーマンといった雰囲気に、新人特有のまだ着慣れないレディーススーツ姿なのだが、第一印象を覆すフレンドリーさで、すぐに職場に馴染んでいた。


ご当地戦士はあくまでも記憶にしか残らず、リアルな本人とは何の繋がりもない。身バレに繋がる行為は夢幻情報保護法によって厳しく取り締まられているくらいだ。


なのに、先日のように販促されるほど商品が出ているのは何故か。それは、ふるさと納税のような仕組みによって、得られた収益の一部を、ご当地戦士が望む事に使う、という約束が行われているからだ。例えば、戦乙女ヴァルキリーの場合は、夢幻戦闘領域に巻き込まれた際の避難、自己防衛に関する啓蒙活動推進だったりする。


官公庁相手なら、趣旨に沿っていればお好きにどうぞ、といった具合だ。どうせ、報酬が得られるとかじゃない。気に入らない活動があれば、戦闘の時にでも、市民にその旨を伝えれば、噂は一日で千里を走り、鼠算式に膨れ上がった善意が押し寄せて、方向修正も促せる。





「指導員の方は順調かい?」


「それはまぁまぁですね。新人研修で夢幻情報保護法は学んでるんですが、脇が甘い感じで」


砂糖は二つ、ミルクは一つと。後輩クンの好みに合わせたコーヒーを渡して、ちょっとした内緒話だ。


「君と同じで、彼女も副業持ちだ。そっちの先輩として本業との区切り、情報管理の徹底、それと心身の健康管理を教えてやってくれ」


慢性化している人材不足と、度重なる夢幻戦闘領域での争いで人心は荒み、世界的な不況は出口が見えない。

そんな中、本業で気前良く給与を増やせない企業は、本業に支障がでない範囲、という注釈付きではあるが副業を認めていた。


そして新人ちゃんは、本人たっての希望で、出身は北海道なのに都内勤務となった筋金入りの戦乙女ヴァルキリー熱狂的愛好者フリークだ。北海道もいくつかの市区町村で、メカ&少女系のご当地戦士がいた筈だが、何せ人口の少ない地域では、夢幻戦闘領域の発生頻度も稀だ。隠れキャラ扱いされてる始末で、彼女の熱意を満たすには力不足だったそうだ。


「一人暮らしは初めてで、色々と苦戦してるようですけど、良く話を聞いてくれるから、その辺りは早めに済ませます」


「それは心強い。それで彼女は天才、秀才どっちっぽい?」


「秀才ですね。頭の回転がやたら速い系の」


「ならひとまず安心か」


北海道にだって勤務地はあったのに、住宅補助費も出し、週一回の北海道帰りの費用も出し、勤務地と希望業務を叶えてあげたくらいだ。彼女に対する会社の期待は高い。しかも、マネージャーからは、後輩クンを使いこなしている君ならきっと大丈夫だ、などとガッツリ頼まれてもいた。


熱狂的愛好者フリーク同士なら相性がいいなどと誤解されても困るんだが、幸いにして二人の師弟コンビは今のところ順調だ。経歴からして、新人ちゃんのスペックは折り紙付きだ。


天才系、それもコミュニケーションに難ありとかじゃないのは幸いだった。





午後の教育が始まるまでのちょっとした待ち時間。同じ講義を受けている社員達と雑談していると、割込みが入ってきた。


 【出撃要請。戦闘時間60分。出撃する/しない】


俺は、連絡が来た風を装ってスマホを取り出すと、廊下に移動した。



 戦闘領域「東京都練馬区としまえん跡地」

 難度:普通(ノーマル)

 時間制限:60分

 エリアボス:クレイフィッシュ(ザリガニ)


幼い頃に親に連れられて遊んだ夢の国も夢幻戦闘領域と化し、地獄絵図の特別な時間をプレゼントするような事が何度も起これば、客足が鈍るのは避けられなかった。千葉にある鼠の国の方は、熱狂的愛好者フリークが多く活気を失っていないのだから、まぁ、根本的な経営的な問題もあったんだとは思う。


……っと、そんな懐かしい記憶が心に浮かんだが、今は依頼内容に注目だ。

一見すると、定番のエリアボスであり、さほど苦労する印象はないが、こいつはきっと地雷ミッションだ。


戦闘領域を地図表示に変えてみると、案の定、戦闘領域がとしまえん跡地だけに限定されていた。


敷地内を石神井川が流れ、樹々で上手く敷地外への視界を遮る工夫がされてること、遊園地を利用する際は徒歩移動なので広い印象を受けるが、地図で見ればわかるようにたかだか、五百メートル四方の狭い敷地だ。


空を飛ぶ戦乙女ヴァルキリーからすると、このエリアはかなり狭い。


高度制限がないのは数少ない安心要素だが、羽田空港の機能強化に伴う新ルートは確か、この辺りが経路になっている。流れ弾が当たる可能性は低いが、当たれば大惨事間違いなし。注意したほうがいい。


つまり、狭さと要護衛対象の割込みという悪条件を考えれば、実質、難度はワンランク上の「難しい(ハード)」だ。


俺は多機能ロングライフルを選択し、もしもの備えとなる身代わり(デコイ)も積むと、命令書にサインした。



かつては、大勢の客が集い、賑やかに遊具が動き、楽しい音楽が響き渡っていた遊園地も、今は再開発の為に、多くの重機が立ち入り、業者によって遊具の解体作業も行われていた。


そんな跡地上空に出現すると、素早く戦域マップを表示、敵位置を確認する。


そして、マップを眺めている間、時間が止まってくれたりする訳もない。


認識範囲内どころか、射程圏内にばらばらと浮かんでいるファンファン達が四方八方からエネルギー弾で歓迎してくれた。


深く考える必要がないロックオン数1固定、弾種に対空ホーミングショットを選んで、敵にライフルを向けつつ回避に専念、敵配置の確認を急ぐ。


ロックオンを終えた瞬間、対空ホーミングショットが放たれることで、光を描きながら次々にファンファンに光弾が食らいついて爆発させていく。


この程度の密度の薄い攻撃なら、ながら戦闘でも何とかなるモノだ。



そして、初っ端からの手厚い歓迎にげっそりしながら確認した敵配置は、やはり糞ったれだった。


確かにエリアボスは何度となく倒してきたクレイフィッシュだ。


ただ、敵は三群に分かれており、一つは現在交戦中のファンファンのみで構成されている部隊。その役割は、他の部隊が移動を終えて半包囲陣形を形成するまでの足止めだ!


残り二つは、それぞれがエリアボスのクレイフィッシュを中心に地上にはテクニカル達、上空にはファンファン達という混成部隊だ。どこが難度普通(ノーマル)だ、難度詐欺だ、詐欺!


【半包囲完了まであと60秒、包囲部隊撃破予想70秒】


AIが敵部隊の移動と、交差させた射線で敵を殲滅する十字砲火クロスファイアの開始位置まで示してくれた。


しかも、現在の乱戦との時間差まで明示とはありがたい。


――ならどうすればいいか。


簡単だ。こちらの手番が一手遅く、足止めからの半包囲完成、十字砲火クロスファイアで詰みなら、あちらの連携を崩して手を遅らせればいい。


俺は急上昇して、ファンファン達が吊り下げてる砲塔の射界から一瞬だけ抜け出し、短くAIに指示を告げた。


「西部隊に身代わり(デコイ)を射出、足止めして」


それだけで、意図を理解し、身代わり(デコイ)に飛行空域範囲を指示して、AIが身代わり(デコイ)を射出する。


上空で向きを変えた身代わり(デコイ)は、戦乙女ヴァルキリーの幻影を纏うと、西側の部隊に向けて迷うことなく飛び込んでいく。


下で何をすべきか僅かに戸惑うファンファン達の射界へとすぐに舞い戻り、彼らが戦う相手はこちらだと示して、仲良くダンスの再開だ。


身代わり(デコイ)の機動は、戦乙女ヴァルキリーの戦闘記録ベースだから、逃げに徹すればそうそう被弾しない。欠点は大盾シールドは幻影に過ぎないから、受けができないこと。その代わり、ユニットのサイズは懐中電灯サイズだから、当たったように見えて、幻を貫通するだけ、となることも多い。


身代わり(デコイ)は、地面を歩くテクニカル達の認識範囲を掠めながら、避けに徹しつつ、西側部隊をこちらから遠ざけようとする挑発的な軌道を飛び始めた。


盛大にエネルギー弾が飛び交っているが、あの程度なら当面は持つだろう。




そんな事を確認しながらも、ロックオンしては対空ホーミングショットを撃つ作業は続けるが、四方から撃たれながらの攻撃はどうしても時間がかかる。


頑張ってはみたものの、AIの予想通り、足止め役のファンファン達を倒し切る前に、東側の混成部隊が当初の十字砲火クロスファイア開始位置に到着してしまった。





では、足止め部隊は役目を果たし、東側部隊は攻撃を開始できたか? それは否。


身代わり(デコイ)が西側部隊をこちらから遠ざけたことで空いたスペース、俺は回避行動をする際、そこを上手く利用して東側部隊から離れ、そして10秒に満たない僅かな時間を得た。



足止め役の最後の一機を落とす頃には、東側部隊のファンファン達が次々にこちらを射程に収めて、エネルギー弾を撃ち始めたが、地上を歩くテクニカル達に比べて彼らは少し前に出ていた。


地形に邪魔されないファンファン達の方が自由に動けるのだから当然だ。


となれば、僅か数秒とはいえ、単にファンファン達の増援が来ただけ、という事になる!



俺は、地表スレスレまで下降しつつ、ファンファン達をロックオンし、対空ホーミングショットを発射、そのまま撤去作業中の施設の陰に移動してテクニカル達の認識を邪魔した。


盛大にエネルギー弾が撃ち込まれるが、元々壊す予定の施設だから、敵に多少壊されても損害判定は安い。


ただ、怯えた様子で解体中の施設の奥、コンクリート壁の向こうからこちらを覗き見る作業員さん達と一瞬、目が合い、少しだけ心が痛む。


戦乙女ヴァルキリーからすれば狭い戦闘エリアでも、解体業者の皆さんからすれば、地上に降りるだけでも一苦労、まして戦闘エリア外まで脱出するなんてのは、厳し過ぎるだろう。


少しでも安全なところに避難してくれている、彼らに幸運があらんことを祈って、敵の射程範囲へと飛び込む!


「こっちだ!」


優先順位の高い目標である戦乙女ヴァルキリーを見つければ、奴らの攻撃は自然とこちらへと集まる。


上空に浮かぶファンファンだけに注意すれば良い状況を創り出したことで、流れ弾で地面を穴だらけにしながらも、余裕を持って残りもホーミングショットで撃破し、今度は跡地を貫く石神井川沿いに移動を始めた。



クレイフィッシュに比べると、テクニカル達の方が足が速い分、こうしてこちらの位置を大きく変えれば、自然とボスと分離できる。


やはり5秒程度の稼ぎだが、それだけあれば、テクニカル達を捉えて、対地ホーミングショットを放つのは容易い。


一機だけショットが建物に当たって倒し損ねたが、そいつだけなら対処は簡単だ。そのまま距離を詰めて、大盾シールドで攻撃を防ぎつつ、シングルショットの連射で倒した。





ユニット三種による同時攻撃も、少し引っ張れば、バラけて、単一戦力の逐次投入に落ちる。


取り巻きのいないクレイフィッシュなど大した敵じゃない。お約束の散弾撃ちを避けつつ、エネルギーを貯めて、奴の口に最大火力のチャージショットを撃ち込み、爆発四散させたのだった。



残りは、開始時より少し離れた位置まで誘導された西側部隊。



身代わり(デコイ)がいるなら、連携でも試してみようかなどと思ったが、そこまでは望み過ぎだった。


派手に撃たれていたエネルギー弾の一つが身代わり(デコイ)に命中し、その反応が消えた。戦乙女ヴァルキリー撃墜の演出エフェクトが出ているのが少しモニョる。


残念だ。


だが、十分、役割は果たしてくれた。こちらは数発のエネルギー弾こそ盾で受けたがその程度。


そして、敵は三群のうち、ニ群は既になく、敵の部隊編成は東側のそれと変わらない。


なら、同じパターンをこなせばいいだけだった。





何食わぬ顔で教室に戻って、午後の教育に参加したものの、他の戦い方はなかったかとあれこれ、脳裏に雑念が浮かんでしまい、気持ちを切り替えることに苦労した。


戦乙女ヴァルキリーは散っている敵を各個撃破していくことを得意としており、狭い地域でがっちり敵と潰し合うようなシチュエーションは苦手だ。十年かけて身に付いた戦闘スタイルを今更崩すのは厳しい。


今回の身代わり(デコイ)もそうだが、他にも範囲攻撃のできるボム、自機コピーを出撃させる僚機派遣ウィングメイトあたりはこれまでにも何回か使ってきた。どれも嵌れば効果抜群なのだが、癖があり、それに何よりコストが高い。今回のような真似を安易に続ければ赤字転落まっしぐらだ。


練習モードでもあればいいんだが、夢幻戦闘領域にそんな便利な話はない。使わない装備は死重量となって機動を悪化させ、使い方を誤れば効果が出ず無駄となる。高額故にそうそう安易にも使えず、それ故に標準のロングライフルのように手に馴染むほど使いこなすこともできない。


どうするべきか、今後の出撃で何を試すべきか――。


悩みが尽きる事は無かった。

ブックマーク、いいねありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

2022年2月28日(月)、13パートまでは毎朝7:05まで投稿していきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ゲームに侵食された世界で、今日も俺は空を飛ぶ』を読んでいただきありがとうございます。
評価・ブックマーク・レビュー・感想・いいねなどいただけたら、執筆意欲Upにもなり幸いです。

他の人も読んで欲しいと思えたらクリック投票(MAX 1日1回)お願いします。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ