05.マルチロックオンは戦の華
システム開発には同じものはなく、プロジェクトとして始まり、どんな形であっても必ず終わりがくる。
今日も、後輩クンと共に推進してきたプロジェクトが無事、正式リリースとなった。
この後は、運用チームにバトンを渡し、毎日の業務、週末だけ動く業務、月末だけ動く業務、季単位で動く業務、年末にだけ動く業務と、それぞれがちゃんと動くよう天に祈り、残念ながら問題が発生してしまった際には、その時期に担当している仕事に支障を出さないように、しかし、できるだけ速やかに障害を解消する悪夢の時間と戦うことになる。
だが、今は午前中の運用を無事に乗り切って、昼休みに辿り着けた事を喜ぼう。
「主任、お昼はどうされます?」
俺は、鞄の中からコンビニ弁当を取り出して見せた。
「何もないとは思うが、今日だけはここでのんびりするさ」
ユーザーが用意してくれた待機室は、運用ルームの喧騒からは離れているが、連絡があればすぐたどり着ける位置にある。リリース初日だけは、ユーザーの要望もあって開発メンバーの一部はこうして待機。
それが仕事だ。
とはいえ、とにかく初動できる誰かがいさえすればいい。開発を担当してない俺でも、皆が外食から戻ってくるまでに、状況を把握して、問題の悪化を防ぐための一時処置を指示するくらいはできる。
「それじゃ、行ってきまーす」
後輩クンは、開発メンバー達を連れて出て行った。
さて、それじゃ、冷えたお弁当でも食べ――
【出撃要請。戦闘時間60分。出撃する/しない】
おやおや、まぁ、気分転換には丁度いいか。今日は澄み切った青空、飛行日和だ。
◇
戦闘領域「東京都北区~板橋区荒川河川敷」
難度:普通
時間制限:60分
エリアボス:フライングマンタ(エイ)
面倒臭い奴がきた。高速飛行の重爆撃機、そんな相手だ。
……となると、またあの下水処理施設がターゲットか。
俺は、倒すのに手間取った教訓を踏まえ、チャージショットとマルチロックオンを可能とする多機能ロングライフルに装備を変更すると、目の前に浮かんでいる命令書にサインした。
青く澄んだ大空、そして眼下に広がるのは埼玉県と東京都の境でもある荒川の河川敷だ。
戦域マップを表示すると、いつ見ても不思議だが、荒川の河川域が警告域、北側の土手を超えた埼玉県戸田市は戦闘エリア外になっていて、エリア外に出ると逃亡扱いでミッション失敗だ。
どこまでも飛んでいける自由な空、そんなのは夢幻戦闘領域にすら存在しない。
悲しいねぇ。
そんないつもの感想を心の押入れに捻じ込んで、広域レーダーが捉えた敵反応の分布を見た。
戦闘区域の全体像を把握し、発見した敵の種類や電車の運行状況、市民の動静まで把握して補助してくれる高性能AIまで搭載、情報収集・解析を重視、それが俺の戦闘スタイルだ。
高い機動力も両立し、その代わり火力、防御力は控えめ、と。
俺は右手に持つ多機能ロングライフルのいつもよりごつくてでかい姿に顔を顰めた。
エネルギーを貯めることでシングルショットの最大十六倍の威力を誇るチャージショット、そして最大八目標まで捉えてホーミングショットを一斉発射できるマルチロックオン機能、ノーマルのロングライフルと違い、対空/対地の切替もできる、という火力だけならお気に入りの装備だ。
ただ、重くて、でかくて取り回しが悪い。
今回のように、最大射程を活かして長距離射撃戦を行えるからこそ使える武装だ。
敵の配置は、河川敷の運動場などの開けた場所に点々とテクニカル達がいるという、石神井川沿いに一見似た状況だが、上空にはファンファン達もいて、射界を遮るオブジェクトも少ない。
それは俺には回避の自由を与えてくれる代わりに、奴らは射程に入る街並みを撃ち放題、被害青天井という状況をも意味している。
幸いというか、残念というべきか、エリアボスのフライングマンタは、戦闘エリア外、戸田市上空を優雅に南進中、予想進路はやはり、新河岸水再生センターだ!
板橋、練馬、杉並だけでなく、豊島、新宿、北、中野と多くの区の下水道を浄化してくれるありがたい施設なのだが、このエリアボスは何か恨みでもあるのか、毎回、執拗にここを爆撃してきやがるのだ。
ここがぶち壊されると、広域の公共サービス機能停止と看做されて、戦闘成績へのペナルティが洒落にならない事になる。
つまり!
フライングマンタが戦闘エリア内に侵入したのと同時に迎撃開始、それを可能とする為にも他の敵ユニットは全滅させつつ迎撃ポイントまで移動を済ませる、という高速移動ミッションということだ。
◇
相手の索敵距離に注意しつつ、進入方位も、流れ弾が遥か彼方の高層マンション群を傷つけないように配慮して、全速力で荒川河川敷沿いにぐんぐん、飛んでいく。
街中の時と違い、点にしか見えない距離で既にロックオン開始、空に浮かぶファンファン達を全て捉えて、対空ホーミングショットを発射!
更に空と地上から撃たれてくるエネルギー弾を回避しながら、今度は地上を歩くテクニカル達にロックオンを終えて、対地ホーミングショットを発射!
弾を発射し終えるまでは、次の射撃もロックオンもできないが、ライフルから弾が出てしまえば、放たれたショットは敵目掛けて弾道を曲げて飛んでいってくれる「撃ちっぱなし」が可能だ。
光の筋を描きながら、多くのホーミングショットが敵に食らいついて、空と地上に爆発の演出を次々と散らす様は美しい。
一機だけファンファンがエネルギー弾で相殺したのか生き残っていたので、すれ違いながらシングルショットで撃ち落とし、速度を落とさず先を急ぐ。
平日の昼間なせいか、のろのろと堤防の上へと逃げる市民ゴルファー達の姿も見える。
幸い、敵の索敵範囲に優先度の高い目標である戦乙女が割り込んだおかげで、彼らが狙われるのは後回しだ。
散々な有給休暇だが、無傷で生き残れば武勇伝にもなるだろう。
……流石にこんなところでまで応援しているような連中はいなかった。
次の敵は、ちと場所が新幹線や埼京線の河川橋に近い。ここは高度を上げることで、流れ弾が架線や河川橋、それに通過してくる車両に当たらないように注意する。
もっとも、遮るモノもなく、慣性すら気にせずどの方向にも飛び回れる戦乙女にとって、ぱらぱらと撃たれてくるエネルギー弾を回避するのは容易いことだ。先ほどと同じように、ファンファン達を墜とし、テクニカルも吹き飛ばした。
休日ともなれば、子供達が野球を楽しむ河川敷も、今は無粋なテクニカル達が闊歩し、目につく設備や、河川橋に向けてエネルギー弾をばら撒いて、耳障りな破壊音を響かせている。
何度目かわからない襲撃となれば、市民達もどこが危険か学んでくれている。幸い、荒川の堤防はかなりの高さがあり、河川敷から見える建物はさほど多くはない。おかげでそんなところにいる市民達はとにかく堤防の陰へと退避していた。
遠方に、戸田市の管轄である広大な遊水地、彩湖が見えてくれば、迎撃ポイント到着だ。眼下にあるのは、毎度、毎度、爆弾を落とされて涙目な新河岸水再生センターだ。職員の皆さんもちゃんと退避してくれているようだ。
高空をゆっくりと近づいてくるように見えるフライングマンタ。まだ点にしか見えないが、実際にはこちらの何倍もの速度で飛行する重装甲重武装の爆撃機だ。ファンファンの飛行する高度よりも高みへと飛翔して、挨拶代わりに、マルチロックオンした対空ホーミングショット八発を放つ!
さぁ、爆撃機狩りの開始だ!
◇
奴の下部にある二基の回転砲塔からエネルギー弾がばら撒かれ始め、こちらが放ったホーミングショットが次々と着弾していく……が、やはり全然効いてる気がしない。実際は少しずつ耐久力を削ってはいるのだが、それだけで削っていくのは悪手だ。以前やった時は倒すまでに時間がかかり過ぎて、結局、水再生センターの破壊を防げなかった。
戦闘時間が60分とはなっているが、時間一杯、街を破壊されたら報酬は大赤字だ。
それに、奴の移動速度は早い。再度、八発のロックオンを終える頃にはもう、すれ違う間合いだ。
ロックオン完了と同時に、順次、対空ホーミングショットを放ち、雨のように降り注ぐエネルギー弾を回避していると、奴の後底部にある爆弾倉が開いて、ドラム缶のようにでかい爆弾が投下されるのが見えた。
無動力で落ちていくだけなので、加速が付く前に連射することでシングルショットの何発かが爆弾に命中し、その瞬間、直径五十メートルほどに達する爆炎が空を赤く染めた!
ちっ。
距離を離したつもりだったが、掲げた大盾のエネルギーが少し減った。やはり、馬鹿げた威力だ。
見上げれば、フライングマンタは、ロックオン射程外、戸田市方面へと飛び去って行くところで、追撃は無理。
残念だが、弧を描いて再度、爆撃コースで侵入してくるのを待って第二ラウンドスタートだ。
◇
それから迎撃を繰り返すこと三度。
ばら撒かれるエネルギー弾の雨は、こちらの現在位置や、未来位置に向けて撃ってくるが、これまでの経験から、予想される死角があるのか確認するのに手間取った。
その間にも、空中で爆弾を撃ち抜いて、爆炎に焼かれはしたが、周回する奴を待つ間に大盾の減ったエネルギーは回復できる程度なので、実はこのパターンを繰り返してもいずれは勝てる。
……が、雨のように降り注ぐエネルギー弾は、下の街並みに降り注ぐことになっており、その被害も少なくはない。このミッションは、邪魔のない空を飛び回れる良さはあるが、上手く戦えても収支はトントン、という渋い面もあった。
ただ、今回は新たな策があった。
相変わらずロジック通りに、悠然と爆撃コースを飛んでくるフライングマンタ。
俺は、それまでと違い、チャージ時間から逆算したタイミングまではシングルショットの予測射撃をして牽制し、タイミングを見計らってチャージ開始!
こちらのショットが相殺しない分、弾数の増えたエネルギー弾を避けつつ、奴の進路と交差するように立ち向かう。
正対しながら至近距離を交差しようというのだから、避ける範囲はかなり狭い。前方に掲げた大盾にもどんどん着弾し、青くなるペースでエネルギーが削られていく。
そして、奴と交差するタイミングで背面飛行に切り替え、こちらを追尾する奴の旋回砲塔の動きすら見える中、そのタイミングは来た!
爆弾倉が開き、爆弾が落ちる!
俺は爆弾の陰に滑り込み、案の定、旋回砲塔は爆弾に向けた射撃を控えた。
そんな僅かな時間、俺は奴の腹に開かれた爆弾倉に向けて、フル充填を終えたチャージショットを放ち、装甲のない内面を一気にぶち抜いた!
小憎らしいことに、その場で爆発することなく僅かな煙を引きながら落ちていくフライングマンタは、爆弾を狙撃しようと距離を離す俺に向かって、未練がましく回転砲塔からエネルギー弾を撃ってくるが、無駄な足掻きだ。
俺はそれらを回避しながら、何度目か数えるのも嫌になった爆弾を空中で撃ち抜いて、爆発させたのだった。
◇
フライングマンタは、地上に激突する前に空中で爆発の演出をばら撒いて散ってくれた。
眼下の水再生センターも低高度の空中爆発で多少傷んだものの、浄化施設本体の機能低下は認められず。
ミッション達成画面でも、ペナルティは殆どなく、今回は気分良く終えることができた。
高空で戦っていたこともあって、地上から声を掛けてくる者もなし。
俺は、この世界が終わるまでの僅かな時間ではあるが、敵の去った穏やかな空を思う存分飛び回ることができた。
やはり空は最高だ。
◇
全ては記憶だけとなり、目の前には朝買って常温のコンビニ弁当があった。
だが、そもそも弁当は冷えていても美味しく食べられることをコンセプトに作られた料理の形態だ。それに外れる、電子レンジでチンしてから、と書いてあるモノも多いが、今回選んだ幕の内弁当なら問題ない。
俺は部下達が帰ってくるまでの間、静かな待機室で弁当を味わい、僅かな仮眠をして頭を休めることもできた。
さて、午後はまた待機の時間だ。
何事もありませんように……。
システム開発なんざやってると、信心深くなるのだ、ほんと。
評価、ブックマーク、いいねありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
2022年2月28日(月)、13パートまでは毎朝7:05まで投稿してます。