28.首都総力戦:潜む狙撃手、進む探査(後編)
長距離からの狙撃に注意しつつ、池袋から市ヶ谷まで移動してみたが、道中、いくつかのはぐれファンファンやテクニカルを倒したものの、移動中に見かける敵の姿は殆どなく、交戦を示す光や音も無くなって、奇妙な静けさが都内を支配していた。
パトリオットPAC-3システムが配備されている運動場を上空から眺めてみたが、発射機の一つが残骸と化しており、その周囲や延長線上に高出力ビームの爪痕が残っていた。運動場に面しているビルにもいくつもドロドロに融解した弾痕が残っていて生々しい。
ただ、確かに連絡にあった通り、分散配置されているシステムの車両群は無事で、残り1つの発射機も上空を睨んだ姿勢で、迎撃可能というのは確かそうだ。
即応部隊がいた広場も今はあらかた撤去されており、いくつかの仮設テントが残るのみ。
僚機も含めて全員で降りて、通信を入れた。
「夜の風、市ヶ谷の広場に降りた。そちらは?」
『こちらは地下指令室に移動した。シナリオにあった通り、悪いパターンの中には、市ヶ谷駐屯地にエネルギー弾の雨が降り、大蛸達が降り立って怪獣映画のように暴れまくるってのがあっただろう? 地下ならまだマシだ』
本当の戦争を想定した施設だからな、と彼は笑った。
確かに爆弾の一つや二つ落とされた程度で指揮中枢がお亡くなりになってしまうようでは話にならない。それに日本は地震大国でもあるから、建築物の頑丈さも地震の少ない欧米の比ではない。
欧米映画だと、壁にドア枠のようにC4爆薬を張り付けて爆破、壁に通路を強引に開けて突入なんてシーンがあるが、アレは日本の場合、壁の中にも鉄筋がぎっちり入ってるせいで、爆破しても鉄筋が残って突入できない、なんて話もあるくらいだ。
「ビルの屋上に設置されてる仮設陣地にも、携帯対戦車ロケットをぞろぞろ並べてて物々しい雰囲気だったね」
『もし大蛸が降りてきたら、12.7mm対物ライフルじゃ話にならん。自衛隊員は武器は上手く扱えるが、そもそも敵の装甲を抜ける武器が無ければ戦えないからな』
「大蛸はビルに絡みついてくるパターンもあるから引き際は間違えないで」
『安心していい。今、作戦行動をしている隊員達に自殺願望者はいない』
今、ね。この正直者。
「それで、空の調査の方は?」
『あと1時間程度で探査も完了する予定だ。いくつか探査を終えたがやはり区の中央付近、推測した位置、高度だった。風の影響で流されるような話もなさそうだ。あと、手筈だが、風の流れを考慮した上で直近位置に赤外線欺瞞を撒いて、煙の流れを光学観測する一手間も加えることにした。熱光学迷彩じゃ、周囲の煙の流れまでは欺瞞できない。燻された時点で動きがあるかもしれないが、撃つ前にできるだけ相手の事を調べておきたい』
「流れ弾対策なら、作戦だと射撃時の角度と方位を工夫して外れても、東京湾に落とすってあったけど」
『的があるかどうかもわからないで撃たないで済むならその方がいいって事だ。それと形状やサイズが絞り込めれば、衝突回避もやりやすくなる。わざわざ相手が息を殺して静かにしていてくれるんだ。できるだけ調べるさ』
せっかく、無人偵察機が眺めていても、それを許してくれている。それに、都内のはぐれファンファンやテクニカルもかなり減ってきた。ここで一気に情報戦の遅れを挽回しようという心意気は頼もしい。
かくして、各地で要塞攻略に明け暮れる中、俺は狙撃に備えながらも、空を飛ぶこともなく、駐屯地の広場で探査が終わるのを待つことになった。
そんな中、手持ち無沙汰に見えたのか、気分転換にとコーヒーを貰ったり、自衛官の人に求められて一緒に写真を撮ったり、なんてこともしてた。
集中すべき時は集中する、リラックスすべき時はしっかりリラックスして英気を養う。
長期戦では、そんな緩急をつけることも大切だ、なんて話もして、少しだけ前のめりになっていた意識を落ち着かせることができた。
◇
そして、時間が過ぎていき、無人偵察機を用いた22区の探査も予定通り終わった。
結果は、推定通りで、23区それぞれの中央付近、高度6000の上空にエリアボス級の何かが熱光学迷彩を展開して居座っていることは、ほぼ確定した。
他の準備も万端。
各種、観測機器も銃撃を行う千代田区、中央区の空域をばっちり睨んでいる。
『あと3分ほどで、空自のF15Jが千代田区側を、F35Aが中央区側で赤外線欺瞞を撒く。待機していてくれ。フライングオクトパスなら、作戦通り、これまで通りの高度、同区内ならどれを狙うかは任せる。それ以外なら指示に従ってくれ』
「了解」
さて、どうなるか。
赤外線欺瞞に反応するのか、しないのか。
反応するとして、隠れている謎の敵が反応するのか、それともフライングオクトパス達が反応するのか……。
遠方から、2機の戦闘機が飛んできた。あれだけの高度と距離だと旅客機ではなく戦闘機だ、とはわかるけど、機体形状で区別はできない。
そんな戦闘機達が空中で、昼間でも輝く赤外線欺瞞を一気にばら撒いた。
こうして遠方から見ていると、短時間激しく輝いた赤外線欺瞞は、膨大な煙を生んですぐ輝きを失ってしまい、生まれた煙も風に流され、薄くなり、消えていくようにしか見えなかった。
さて。
……どうか。
『隠れてる敵は燻される程度では反応なし。それと光学観測で確認できた。敵は球状か直立したラグビーボールのような形だ。気球のような形だが的にするには十分なサイズだ。アレなら戦闘機の機関砲でもあらかた当たるだろう』
敵がいない説はこれで消えた。
近い距離を飛行機が飛んでも手を出してこないとすると、戦闘能力のない情報欺瞞専用機説も有力になってきた。
そして、2機の戦闘機は予定通り、熱光学迷彩で隠れている謎の敵に対して、F15Jは20mm砲を、F35Aは25mm砲を撃ち込んだ。
◇
何もない空に向けて離れてた砲弾。
けれど、それが空中で火花を散らすと、着弾地点の空が変色して、半透明の機体形状が露わになり、数十発があちこちに被弾したことで、熱光学迷彩が解けていき、その全体の姿が露わになった。
【第三のエリアボス、ジェリーフィッシュを確認しました】
AIの告げたように、その形状は半透明な球状の傘とそこからのびる糸状の細い脚、というクラゲといった姿だった。
これまでのエリアボスと同様、メカメカしい部分も一部あるが、気球といった印象で武装らしい武装もない。
更に数多く被弾したことで高度も落ち始めた。
【情報欺瞞強度が3割減少】
ほぉ。
『隠れていた敵は、情報欺瞞専用機だったか。3番目のエリアボスであることも確定した。情報欺瞞の減衰率から言ってカバー範囲がかなり重複しているんだろう。空自の機体で落とせることも確認できた。これなら残りも――』
夜の風の楽し気な声もAIの警告で中断された。
【フライングオクトパス×3を確認、長距離狙撃形態、回避を】
戦域マップを見ると、市ヶ谷駐屯地を囲むように、ただそこそこ離れた位置、真北、南東、南西に1機ずつ!
作戦では、この距離で狙撃形態なら回避しつつ接近して攻撃だ。
三択!
「南東を叩く、続け!」
【了解】
俺は一気に高度を引き上げて、中央区側、情報欺瞞の薄さが期待できるフライングオクトパス目掛けて全速力で飛び始めた。
この距離では細長い形状で狙撃形態とはわかっても、どこを狙っているかまではわからない。
奴らの狙いはどこだ!?
そうして、距離を詰めていく間にも、三匹の大蛸は揃えたように一斉のタイミングで、高出力ビームを撃ち放つ。
ただ、その狙いは、市ヶ谷駐屯地でも、距離を詰める戦乙女達でも無かった。
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2022年3月18日(金)、31パートまでは毎朝7:05まで投稿していきます。
※全37~39パートの見込み。




