02.地域限定のご当地戦士達
昼休みに入るのと同時に、まっすぐ中華料理店に向かったおかげで、混雑する前に席につき、日替わりランチを堪能することができた。価格と味のバランスが良く、社食に舌が満足しない面々や、業務のストレスを食で解消しようという、俺らのような者達が集っていた。
食後のお茶を飲んでいると、後輩クンが、見てくださいよ、とスマホの画面を見せてきた。
「主任、見てください。ついさっき、板橋区でまた戦乙女ちゃんが活躍したようですよ」
彼女が見せてくれたのは、ネット上から、夢幻戦闘領域での出来事を語ってるツイートを集めてくれるアプリの画面だ。彼女は重度のご当地戦士マニアで、世界各地で戦っている戦士達の動向を知り尽くしているのだ。餅は餅屋、彼女もまた私の下でサブリーダーをしているだけあって、システムエンジニアとしての能力は高く、本人曰く、今見せているアプリも彼女の作品らしい。
ざっと見てみると、俺の出現地点や飛行経路、敵の種類や撃破した時刻までが示されていた。
「エリアボスとの戦いは、工事用の仮囲いの中だったようだが、それにしては撃破報告がやけに正確じゃないか?」
「あの工事現場での戦闘も五回目ですからね。監視カメラを設置してる周辺ビルの協力者もいるんですよ」
危ないから逃げるよう協力をお願いし、時には流れ弾が飛んで危ない事もあって、戦闘領域で市民を見かける頻度も減ったと思っていたら、そんな仕掛けで覗かれてたか。
……これだから下手な真似はできないんだ。怖い、怖い。
「それに、こうして情報を集めて発信する熱心な応援者もいる」
そう揶揄うと、彼女はそれがどうした、と平然と受け流した。
「記憶にしか残らないとはいえ、彼らは地域の平和を守る勇者ですから。特に戦乙女ちゃんは――」
話が長くなりそうなので、会計を済ませて店を出て、のんびり散策しながら彼女のご高説を聞くことにした。
曰く、シューティングゲーム系ということもあって戦闘時間が短く、敵が識別しやすく、PG12基準なので襲われた市民も「やられてしまった」という簡素な記憶が残るだけと、色々と負担が少ないこと。また開放系マップなので夢幻戦闘領域からの脱出難度も低い、そして、空を飛ぶ戦乙女の姿はSF風メカ+美少女と、誰が見ても現実でないと理解でき、なおかつ可愛い、と応援要素満載なんですよ~、だそうだ。
ちなみに、過去二十年、多くの戦士達から漏れ聞いた話によると、中の人と戦士や戦場の特徴にはある種の相関関係があるらしい。と言っても、俺が戦乙女になった時だって、あったのは武装の変更程度で、姿もSFチックな敵も選択できた訳じゃない。中の人の嗜好が色濃く影響しているなんて説もあるようだが、俺に女装趣味はない。
確かに、自キャラを眺めて動かせるなら俊敏に動いて、見てて楽しい女性キャラを選んでたが、それのせいだろうか……まぁ答えは出ないし、もし、こんな世界にした奴と話せる機会でもあれば聞いてみよう。
「まぁ、俺もFPS系は勘弁して欲しいね」
「府中市も戦乙女ちゃんの担当地域になればいいのに」
ぶー、と後輩クンが膨れっ面を見せるが、まぁ気持ちもわからないではない。世界的にみても、大半を占めるのは所謂FPSと呼ばれる、一人称視点の現代を舞台とした射撃戦ゲーム系であり、リアルさを追求しているゲームに準拠しているからか、ミッションをこなすご当地戦士も、ぱっと見、特殊部隊隊員かテロリストにしか見えない。湧いてくる敵も同じような姿なもんだから、警官達との銃撃戦になったりする事例は未だに無くならない。
そして、府中市は残念ながらそんなFPS系に含まれていて、競馬場、市役所、駅の三か所では何度も激戦が繰り広げられていた。
「彼女の担当地域は板橋区を中心に、隣接する北区、豊島区、練馬区もカバーしてるんだったか」
「主任、良く覚えてますね。大空を舞う戦乙女ちゃんの担当地域はかなり広くて、出撃頻度も高く戦い方も綺麗、世界ランキングでも常に上位ランク入りしてる程です。しかも可愛い!」
夢幻戦闘領域では、殆どの物体が破壊可能なせいで、敵に好き勝手暴れられると、被害でマイナスポイントが積みあがって、泣ける事態になってしまう。だからこそ、できるだけ速やかに周辺被害を減らすように敵を殲滅していて、それが高評価にも繋がってる訳だ。
ちなみに、熱意に負けて認めた公式ファンクラブの会員数だと、常に五指に入るというのだから、日本の闇は深い。
そんな雑談をしながらの休み時間もそろそろ終わり。また面倒でストレスが多いシステム開発のお時間だ。リモートワークになればいいとは思うが、協力会社のメンバーの管理や、何より仕事上の秘密保持を確保できないという理由で、その道も望み薄だ。嫌な世の中だよ、ほんと。
◇
打ち合わせだ、仕様調整だ、工数管理だ、と面倒でストレスのかかる仕事を片付けて、家に帰る頃には時計の針は二十時を超えてしまう。なんで日本はこんなに通勤時間が長いのか、などと不満を抱きながら、地元の商店街を歩いていると、ソースの香りが、途中で食べた夕食で腹一杯だった筈の胃に、新たなスペースを確保して、さぁ食べろ、と迫ってきた。
いつもの店舗で、華麗な手さばきでたこ焼きを作っているオバチャンは、あんな経験をした割には普段と変わらない元気さ……いや、普段以上の元気さだった。
「オバチャン、たこ焼き1つ。ところでコレは?」
俺が指差したのは、店頭に掲げられている、売り文句の描かれた広告だ。「あの戦乙女ちゃんも美味しいと絶賛! 本日感謝価格!」などと書いてあり、誰が描いたか、ちびキャラ化した姿まで笑顔を振りまいていた。
「気になるかい? 実は今日の昼にまたそこの工事現場で戦闘が始まってね――」
まぁ聞けと促されて、店舗備え付けの椅子に座り、俺はたこ焼きを頬張りながら、オバチャン曰く、人生最大のピンチだった、という出来事を聞かされることになった。そして、弁の立つオバチャンの語りは道行く人の気を惹くことにも成功し、俺のように話を聞く客もどんどん増えていった。
アーケードを走る自転車を注意する警備員の爺さん達も、戦う姿を観たぞ、などと言って加わってきて、通りのあちこちにこうして同じ話題を肴に楽しむ集まりができていた。
いやー、商魂逞しい。
怖い思いもしただろうに、こうして皆で笑い飛ばす雰囲気が、仕事のストレスを忘れさせてくれる。俺にとって、この時間が何よりの癒しだった。
ブックマーク、いいね、感想ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
2022年2月25日までは毎朝7:05まで投稿していきます。
現実世界ってことで、本作の描写の糧とすべく、現地取材と称して、戦乙女の飛ぶ地域の下見をしてるんですけど、ただ街を歩くのと、シナリオのシミュレートを脳内で全力運転しながらの取材では、景色の見え方もまるで違ってくるのが面白い経験でした。
街中で何でもない空を見上げて、別の角度からまた眺めて、とやってる人がいたら、その怪しい人は私だったかも。