01.ランチの時間はエネルギー弾を撃ちこんで
アイデアは揮発性。楽しかった夢を忘れないうちに急いでメモった結果、本作となりました。
諸君らは、ゲームで自キャラを男女選べる時、男の尻など眺めてられるかと、女を選ぶ派だろうか?
この答えの出ない難問は様々な主張が入り乱れて何が正解かはわからない。だが、2000年問題で世界中のコンピュータがタコ踊りを始めた結果、この世界は、ゲームに汚染されてしまった。その現象が支配する時空間を、我々は夢幻戦闘領域と呼んだ。
襲い来る敵に立ち向かう戦士達にとって、その問いには決定的な意味があった。
◇
「主任、そろそろお昼ですけど、ランチは何にします?」
後輩クンが乏しい選択肢を聞いてきた。昨日は蕎麦屋で、一昨日は離れのトンカツ屋だった。
「今日は中華でいいんじゃないか? それとも社食にするか?」
「社食はパスで。それじゃいつものローテーションですね」
彼女の言う通り、最寄りの駅まで歩いて十五分などという辺鄙な場所に会社がある為、昼時の選択肢は乏しかった。コンビニ弁当を買っておくか、社食にするか、あるいは蕎麦屋、トンカツ屋、中華の定食屋にするか、これが選択肢の全てだった。手弁当? そういうのをコンピュータ業界の人間に強いるのは一種の拷問だから止めてくれ。平日にそんなことに時間を割くくらいなら、その分寝たいんだ。
【出撃要請。戦闘時間30分。出撃する/しない】
糞っ! またか……いや、タイミングは悪くない。
「それじゃ、PCをロックして外出しよう」
作業途中の画面をロックして、上着をひっかければ準備完了。
さて、意識を切り替えよう。
◇
切り替えた意識の先には、まるでゲームのようなブリーフィング画面だけがあった。それを見ている自分自身という存在すらなく、画面とそれを見ている自身の心だけ、そんな虚ろな仮初の窓口だ。
戦闘領域「東京都板橋区〇山商店街」
難度:容易い
時間制限:30分
エリアボス:クレイフィッシュ(ザリガニ)
おや、いつもの奴か。というかあの工事現場、呪われてるんじゃないか?
まぁ、いい。俺は、通常装備を選んで、目の前に浮かんでいる命令書にサインした。
眼下に広がるは、俺の地元の商店街、その駅前付近だ。高度三百、昼時なせいで通りを歩く人も多い。風を感じながら鳥のように、というか、鳥よりも更に自由に空を舞う感覚は何度体験しても、もう一度と思える楽しさがある。……とはいえ、のんびり遊覧飛行している暇はない。戦域マップを開くと、やはり、再開発地区工事現場にボスマーカーが出てる。それに、途中の商店街にもいくつも敵ユニットの反応がある。
SFチックな背部ユニット、そこから延びる補助アームのおかげで左手に持つ大盾や、右手に持つロングライフルもそれぞれ片手で自在に操れる。そしてユニットから噴出される熱くない謎の光によって空を飛ぶ戦士、それが今の俺だ。
位置が悪い。商店街のアーケード通り沿いにいる敵は、空中からは道を覆う屋根のせいで撃てない。屋根越しに撃てなくはないが、施設破壊の減点を自ら受けるのはよほどの時だけだ。
「……あぁ、やだやだ、せっかく空を飛んでるのに、狭い回廊へ突入か」
愚痴っていても仕方ない。っと、空から破壊活動を行う敵ユニット達もやってきた。四枚の回転羽根を五月蠅く回して飛んでくるドローン風ユニット『ファンファン』だ。ただし、撮影用ドローンなどと違い、下部の銃口から、エネルギー弾を撃ち始めてきた。
ほぃ、ほぃ、と。
一定距離まで近づくと、その時点の位置にまっすぐ撃ってくる弾なんざ、動き回ってれば当たらない。
俺は、右手に構えたロングライフルを向けてシングルショットを放った。ふわふわ飛んでるファンファン相手なら、無誘導で直進するだけ、威力が弱いこいつでも十分だ。
ショットが当たった瞬間、ファンファンは爆発し、残骸をまき散らす演出と共に、何も残さず消えた。
慌てず、残りにもショットを叩き込んで、ここいらのファンファンは掃除完了っと。
『〇山商店街をご利用の皆様、夢幻戦闘領域が発生しました。係員の誘導に従って退避してください』
いつものアナウンスが聞こえてきた。街往く人達も手慣れたモノで一部の例外を除いて、誘導に従って外へ、外へと逃げてくれている。
高度を下げていくと、アーケード通りから、四つの車輪をコミカルに変形させて犬のように歩いてきた軽トラモドキ、後部荷台に据え付けられた対空銃を持つ地上ユニット『テクニカル』がエネルギー弾を撃ち上げてきた。
弾数が多いので回避に専念しつつ、ターゲットマーカーを合わせてロックオン!
放たれたホーミングショットは山形弾道を描き、上方からテクニカルに突き刺さって吹き飛ばした。頑丈なテクニカルもこいつなら一撃だ。
そのまま、アーケードの中へと降りていくと、持っていたスーツケースから応援グッズの光るスティックを取り出し、御揃いの半被をきたリーマン達が、やけに洗練された動きでダンスを踊りながら奇声を上げた。
「「「L・O・V・E、戦乙女!」」」
ちゃんと、以前注意したことを守って、通行人の邪魔にならないよう、銀行前、人の出入りのない位置で彼らは笑顔をばら撒いていた。
……仕方ないので、軽く手を振って、先を急ぐ。
彼らの背後、店舗統廃合の煽りを受けて閉鎖されている銀行の大きな窓ガラスに映っていたのは、背負ったバックパックから謎の光を放ちながら空中停止飛行をして、手を振るメカを纏いし美少女。セミロングの蛍光を放つ水色の髪に、額飾り付きヘッドホンといった姿は顔は良く見えるが安全面でどうなのかと思える。それに胸や腰回り、それに手足を覆うメカを外せば、その姿は水着姿に近い。米国映画界のパワードスーツ、全身隈なく覆っている鉄男系とはかけ離れた存在だった。
アーケードの天井にぶつからないように、それでいて地上を逃げる人達にぶつからない高さで飛ぶのは結構難しい。二の腕や太腿、それに顔や首筋は一見すると肌が露出して見えるが、高速機動しようと、爆炎に巻き込まれようとも、風や熱を肌が感じる事はない。性能面は最高だ。
「俺に手を振ってくれたぞ!」「いや、俺の方だ」「確実に俺だった」
なんてくだらないリーマン達の雄叫びに心の耳栓をしつつ、スマホ販売店に入り込んで店内を壊しているテクニカルを、丁寧にシングルショットを二発ずつ撃ち込んで撃破していく。狭い店内では山形弾道を描くホーミングショットは使えない。ただ、シングルショットは威力が弱いので、撃破まで手間がかかるのが難点だ。
初めの頃は荒らされる店舗内に逃げ遅れた定員や客が残っている事もあったけれど、今回もいつも通り、誰も残っておらず人的被害なし。
そうして、他の店舗を壊しているテクニカルも潰しつつ先を急ぐと、工事現場から大勢の作業員達が逃げ出していくのが見えた。
「「「戦乙女、頼んだぞ!」」」
彼らが信頼の眼差しを向けてくるものだから、任せろ、とハンドサインを示し、周囲を覆う仮囲いを飛び越えると、油圧ショベルのアームを鋏のように二本広げ、無限軌道の代わりにわしゃわしゃと動く沢山の機械足を生やしたエリアボス『クレイフィッシュ』が出迎えてくれた。
地盤工事の為に深く掘られた穴の底で、クレイフィッシュは降りてこいとばかりにショベルアームを振り回し、そして口からばらばらとエネルギー弾を吹きだしてくる。
お供のテクニカルは一、二、三機。っと、仮囲い付近に嵌ってジタバタしてるのも含まれば四機。アレは後回しでいいだろう。
エネルギー弾を避けつつ、周囲にいるテクニカルにロックオンしては、ホーミングショットを放つ作業を三度繰り返して撃破。
後は動きの鈍いクレイフィッシュだけだ。
当たれば儲けものと、ロックオンをしてホーミングショットを撃ってみるが、ショベルアームに阻まれて、やはり奴の唯一の弱点、頭部発射口には命中しない。
なので、エネルギー弾を避けつつ高度を下げて、相手の発射タイミングを避けるように、一発ずつシングルショットを叩き込んだ。
地盤工事現場の大穴、その底に出現しているせいで動きが限定される上に、エネルギー弾の数は多いものの、撃ってくる間隔は長いので、余裕を持ってパターンに持ち込むことができた。十五発目を口に叩き込むと、地響きを伴う閃光となって、クレイフィッシュは残骸となる。
ふぅ。
「なんだい、うちの店に手を出すんじゃないよ!!!」
さて残りのテクニカルを倒せば作戦終了と思ったところに、聞き覚えのあるオバチャンの大声が響いた。デッキブラシを振り回して、近付いてくるテクニカルを追い払おうとしているけど、その歩みが止まることはない。
ちぃ
シングルショットを撃つが、一発では撃破には足りない。
俺は、オバチャンとテクニカルの間に滑り降りると、左腕の大盾を向けた。その瞬間、エネルギー弾ではなく、テクニカルの車体がぶち当たり、一気に大盾のエネルギーが半減、押し込まれるが何とか、オバチャンが潰されるのは防いだ。
「逃げて、早く!」
俺の可愛い声が響くと、座り込んでいたオバチャンがわたわたと逃げだしてくれた。
そうしている間にも、こちらにテクニカルが銃口を向けてくる。ただ、近接戦闘用ではないだけにその動きには付け入る隙がある。俺はライフルから右手を放し、大盾裏からエネルギーソードを取り外すと、銃口の下方に滑り込みつつ、テクニカルのセンサーアイにそいつを突き刺した。
同時に、銃口からエネルギー弾が放たれたが、それは背後の地面を抉るのみ。
止めて欲しいところだが、そんな気を利かせてくれる筈もなく、テクニカルは俺の目の前で盛大に爆発の演出を撒き散らしてくれた。
◇
「けほっ、けほっ」
演出に巻き込まれた俺が咳き込んでいると、目の前に、全敵撃破の戦闘結果が透過表示された。
店舗被害は最小限、市民の被害なしだ。
敵を倒しきって、三分もすればこの仮初の世界も終了だ。爆発の演出も終わったので、落ち着いて工事現場の方を見れば、ボス破壊の影響で仮囲いが崩れて、嵌っていたテクニカルが自由になり、近場の店舗を襲いだした道筋が確認できた。
まだ戦い方に工夫の余地があるなぁ、と思いに浸りつつ、残時間ボーナスや撃破ボーナスなどを含めた入手ポイントの値を確認していたら、オバチャンが、破壊を免れたパック詰めのたこ焼きを持って近付いてきた。
「お嬢ちゃん、ありがとう。助かったよ。まだ時間はあるんだろう? 一口お食べ」
普段の俺なら上から見下ろす感じだが、この姿の時は目線の高さが揃って、オバチャンの印象が変わって見える。
渡されたパックは温かくて、ソースの香りが食欲をそそる。
表示されている残時間を見ると、まだ三十秒ほど残っていた。
「次からは逃げてね、命を大事に、だよ」
どうせ、戦闘が終われば残るのは記憶だけ、だけど、テクニカルにぺちゃんこにされないで済むならその方がいい。
殊勝な顔で頷きながらも、ほら早くと急かすオバチャンに促され、口に含んだたこ焼きは、やっぱりいつもの通り、とても美味しかった。
◇
――そして、意識が戻り、後輩クンは俺の表情の僅かな変化に何か気付いたようで、怪訝な顔をした。
「主任、どうかしました?」
「いや。それより早く行こう。出遅れると混むからな」
時計の針は動き出し、戦闘を認識した人々の心にだけ、戦いの記憶が残り、全ては何事も無かったかのように日常を取り戻した。
実際、何一つ壊れてはおらず、誰一人怪我する者とていないのだ。空飛ぶファンファンも、地を歩くテクニカルも、アームを広げていたクレイフィッシュも、そんな彼らが壊していた店舗も、戦いの爪痕も全てが幻。初期の頃には集団幻覚、作り話などと言われていた謎の現象、それが夢幻戦闘領域での争いである。
そして、これがゲームに汚染されて変わり果てた世界の姿だった。
15話程度で纏めた1冊読み切り相当作品(予定)になります。
2月16日朝時点で、10話までストックがあるので、これから2月25日までは毎朝07:05に投稿します。
何とか最終話まで書き終えてラストまで毎朝投稿したいですね。
TSタグは念の為付けてますが、要素としては薄めです。
<AIイラストを作成してみました:2023年11月02日作成>
都市上空を飛ぶ戦乙女をイメージしたイラストをImage Createrで生成してみました。作中描写と合わない部分は多々ありますが、大空を軽やかに舞う武装したメカ少女、クールビューティーさと可愛さが共存してる感じ、華奢な印象と方向性が合うことも多し、でお気に入りです。
この後、何百枚と生成してみたんですけど、今だにこれを超える挿絵は生成できてません。
<AIイラストを作成してみました:2024年08月25日作成>
本作同様、物理攻撃に弱そうな大盾を左手に構えてるメカ少女で良さげなのがやっと2枚生成できました。エネルギー弾特化で視界を妨げない、という本作の盾の特長を絵で表すとしたら、こうした半透明シールドになるんだろうなぁ、と。かなり満足です。
なお、「半透明な盾」と指示文にカッコ付きで書いたのが良かったようです。「左手に盾を持ち」「持っている盾は半透明である」と文が分かれていると普通のずっしり重たそうな全金属製盾みたいなのが描かれることが多かったんですよね。なお、盾持ち絵が描かれる確率自体が数%ってとこで、そこから好みの絵が生成されるのをお祈りだったので随分時間が掛かりました。