008 花の迷宮
前回までのあらすじ!
・魔王様に無茶ぶりされたってさ。
・動画投稿始めるんだってさ。
「はい、というわけでやってきましたよ。
魔王城イチの観光名所、花の迷宮に!」
「観光名所と言いながら、人間はもちろん魔物の気配もないですけどね」
魔界の赤い空の下、艶めく深緑の草木。そして血を思わせる赤黒い花々。
棘に滴る雫は毒々しい紫の色彩で、この庭園が潤いと活気で満ちていることを示す。
観光名所兼魔王城の防衛施設である、城を取り囲む草木の迷路。それがここ、花の迷宮だ。
そんな爽やかな庭に立つワイトとスライム。
非常に清々しい場所には、私たちは場違いな気がしないでもない。
しかしこれも動画制作のため。取材は足で稼いでナンボというやつだ。
「で、なんで庭に来たんだ?」
「ここの管理人さんに、ガーデニングのテクニックを教えてもらおうと思って」
「ほう。それを動画にすると?」
「そういうこと!」
「確かに広い庭だし、色々な植物も育ててるみたいだしな。
そのコツというか、テクニックを聞けるならアリかもしれないな。
どの程度需要があるかは分からねえけど」
「ダメならダメで、別の企画に差し替えればイインダヨ!」
「それもそうだな。で、管理人ってのはどこにいるんだ?」
「今の時間なら、庭の手入れしてるだろうから、探すしかないね」
「この広すぎる庭を!?」
「うん」
クロスケがそう言うのも無理はない。なにせこの庭は、魔王城の総床面積の3倍ほどある広大さなのだ。
そのうえ魔王様からの指示により、植栽によって迷路となっており、侵入者を迷わせ、奇襲攻撃をするための防壁の役割も持つ。
構造を理解していなければ、管理人に会うどころか、そのまま植物たちの栄養源となる未来しかないのだ。
まあ私はすでに骨なので、骨粉としていい肥料になりそうだけども。
「とりあえず、道案内頼めるか?」
「お安い御用ですよ。この迷路の構造は、頭に叩き込んでありますから!
まあ、あるのは頭というより、頭蓋骨なんですがね!」
「お前って、なんだかんだワイトジョーク好きだよな」
「クロスケも好きでしょう?」
「別に……」
そっけない返事で、のっそりとナメクジのように進み始めるクロスケ。
けれど、その先は道ではなかった。
「あ、そこは入っちゃダメ」
「え……?」
植栽の迷宮は手入れされているものの、道の芝生と花壇の区別は、初めて足を踏み入れた者には分からなかった。
まあ、スライムに足はないんですけどね!
と言おうとする前に、ゴゴゴごという地響きと共に、耳をつんざく声が響く。
あ、私たちには耳もないんですけどね!
「こらぁぁぁあ!! オラの花壇を踏み荒らすのは誰だぁぁぁぁ!!」
「あー、気づかれちゃった」
「えっ、なに!? マジなに!?」
バサッと植栽の隙間から姿を表したのは、頭が牛の魔族、ミノタウロスだ。
手に持った巨大な斧を掲げこちらへと走り寄り、そしてその勢いのままクロスケへと斧を振り下ろした。
「花壇を荒らす者には制裁だべー!!」
「ぐえっ!!」
「うーん、見事にまっぷたつ」
クロスケは逃げることも叶わず、寸分狂わぬ二等分スライムへと変わる。
美しいほどに滑らかな断面は、よく手入れされた斧であることを物語っていた。
「何すんだ!」
「それはオラのセリフだぁ! 花壇に入るなんて、何考えてんだぁ!!」
「まあ、その花壇も見事に斧でまっぷたつなんですけどね」
「あっ……。あぁ!! オラはなんてことを……」
「いや、花壇より俺の心配してくれねぇ?」
まっぷたつになりながらも呆れつつ文句を言うクロスケ。
見事に切り裂かれた花壇に、膝をつき涙を流すミノタウロス。
なんだろう、このカオスな状況は……。まあ、深く考えては負けな気がするのでスルーしよう。
「で、このミノタウロスが庭の管理者なんよ」
「お前もお前で、俺の心配はしねえのな」
「そりゃ、不定形生物が斬られたところで、ノーダメージでしょ?」
「そりゃそうですけど。なんなら、分裂して数増やす種族ですし」
「あと、ミーさんもいい加減メソメソ泣くのやめてもらっていいっすか?」
「うぐっ……。ごめんよぉ、花子よぉ……」
「うわ、コイツ花に名前付けてんのか」
「しかも、ベッタベタな名前だよね」
顔と下半身が牛、胴はバッキバキに鍛え上げられた人間型の魔族。それが無様に膝をついて泣いている姿は、見ていられるもんじゃない。
すらりと長く、先っぽがふさふさの黒い毛玉がついたような尻尾も、うなだれていて本当に後悔しているというのがよくわかる。
が、それでも無様すぎて見るに堪えないのだ。
ここはいつも通り適当に、口八丁手八丁で立て直すしかないかな。
「ミーさん、ミーさん。斬っちゃった花をさ、生け花にしてよ」
「んあ? 生け花が欲しいのか?」
「というか、花のいけ方の動画を撮ろうと思ってね。
そのために、ミーさんを探してたんだよね」
「動画?」
「そそ。ミーさんの傑作ガーデンとそこに咲く花。
それを見れば、みんな感動して、ガーデニングをやりたいって思う人が増えると思うんだよね。
そうすれば、世界にもっと花々が咲き誇るわけですよ」
「世界に花が……。ぐへっ……。世界中に綺麗な花が咲くのかぁ……。オラの夢だべ……」
斬った花を拾い上げ、両手でやさしく握りながら、世界中が花畑になった妄想でもしているのか、ニヤケづらのミノタウロス。
これもこれで見るに堪えないが、この先の予定的にもこっちの方が好都合だ。
そんな姿を、不定形生物は心底気持ち悪いと言いたげな表情で見つめていた。
「なあ、コイツって頭の中もお花畑なのか?」
「しっ! クロスケ、そこはツッコミを入れてはいけないところだ!」