005 副業スライム
「なあ、俺が言うのもなんだけどさ……」
魔王様の無茶振りからかれこれ10日くらい。
いつものように動画を漁っていると、クロスケが申し訳なさげに口を開く。
スライムのどこに口があるかは、このさい気にしてはいけない。
「なにさ?」
「お前、魔王様のアレさ……。ほっといていいの?」
「ふふっ……。それは問題ない。
なぜなら、魔王様は期限を指定しなかったからな!」
「はあ」
「つまり、その気になれば100年後、200年後でもよいということ……」
「魔王様に斬首されてしまえ」
「ひどいっ!」
斬られてもノーダメージの不定形生物は他人事だ。
だいたい、なぜ私が魔王様のわがままに付き合わされ、胃を痛めなければならないのだ。胃はないけど。
放置放置。自分でなんとかしろって話ですよ。
「まあ、俺はかまわないけどさ。でも、お前も急いだほうがいいだろ?」
「あー、現実逃避は楽しいなぁ……」
「おい、話を聞け」
「耳を塞いでるので無理でーす」
「耳ないし。骨伝導のくせに」
「骨伝導というか、骨なんで五感全部感知魔法っすけどね」
「知ってる」
「知ってたのかー」
にゅるにゅると這い回り、クロスケは自分用の飲み物を用意して、動画視聴の定位置に座り直した。
しかし動画を投影する壁ではなく、隣に座る私に視線を送る。
「いやマジで、お前もやばいだろ?」
「…………」
「最近魔力減ってきて、骨の接着も弱くなってるだろ?」
「それも気づいてたのかー」
「そりゃ、長い付き合いだからな」
「あー、現実逃避は……」
「それはもういいから」
クロスケの言う通り、私も私自身を維持する魔力が減ってきているのは確かだ。
魔王様に見せた、人体バラバラ切断マジックなんていうのも、骨同士を引き寄せる魔力の欠乏でしかない。
完全に魔力を失えば、ただの骨へとなり、土へ還る。もしくは犬のおやつになる運命だ。
「お前の魔力は、魔王城の予算から給料として貰ってた分しかないだろ?
その魔王城の財政が火の車なら、お前の取り分が減ってるってのは、ちょいと考えれば分かる」
「脳ないはずのスライムなのに頭いい!」
「うっせえわ!」
「まあ実際、給料未払いっすからねぇ。私だけがもらうわけにもいかないでしょう?」
「ま、俺もしばらく貰ってないからな」
「ははは、共に朽ち果てる運命っすな!」
「あー……。俺は別に平気だけどな」
「なにっ!? まさか副業を!?」
「そんな感じだ」
カップに刺さった赤いストローから、ちゅうちゅうとスライムは飲み物を飲んでから、だらりと椅子の上でとろけた。
「俺はこう見えて、人間どもを襲ってるからな」
「嘘つけ! ずっと引きこもってるじゃねえか!」
「いやホント。今も農村襲ってるトコだし」
「妄想の中で?」
「ちげえ! 俺、スライムじゃん?」
「どこからどう見ても、ご立派なスライムですね」
「うん。だから、分裂して別行動できるんだよね」
「なにそれずるい」
「んで、人間襲って魔力供給してんの。だから俺は、魔王城が滅びようとまあ平気」
「裏切り者! 同じNEETだと思っていたのに!!」
「誰がNEETだ。だいたいお前も、一応魔王城務めだろうが」
「私は社内ニートですので」
「さいですか」
ぶにぶにともみしだく私の手からすり抜け、ニュルニュルとクロスケは水晶玉へと歩み寄った。そして映像を切り替える。
するとそこには、色とりどりのスライムが戦闘を繰り広げられる映像が映し出された。
クワやカマで応戦する農民と、スライムの戦い。
ぶにっと叩かれながらも、農具という武器を持つ人間に絡みつき、じわじわとその肉を溶かす姿が映っている。
「今の第573部隊はこんな感じ」
「お、ライブ映像?」
「そそ。17匹のスライム、全部俺の分身体だから」
「結構エグい戦い方してるねぇ」
「そうだな。俺の戦い方としては、攻撃力低いんで相手の体の中に入り込んで、操ることが多いな。
ほら、見てみな。この鎌持ったやつ。こいつを乗っ取ってな……」
見ていれば、スライムの一匹が鎌を持った男の口の中へと入り込む。
すると男は苦しみだしたかと思えば、口から泡を吹きながら、スライムに背を向け、逆に農民たちを襲い出した。
「こうやって、人間同士で争わせるわけよ。
相手は乗っ取られてるってわかってても攻撃できなくて、勝手に死んでくってワケ」
「効率的〜」
「んで、全滅させたあとがお楽しみタイム」
「お楽しみタイム?」
「そそ。乗っ取ったヤツの身体の中で膨張すんの」
その言葉と同時に、鎌を持った男の顔が膨れ上がる。
音声は届かないが、なにやら口をパクパクとしている。命乞いでもしているのだろうか。
そして……。
「パーン! ってなりましたね。頭が」
「汚ねえ花火だ」
「草」
「俺が言えたことじゃねえけど、発言が動画のコメントに毒されてるな」
「ホンマや!」
「ま、それはいいとして。こうやって俺は稼いでるわけよ」
「なるほどなるほど。裏切り者ってことがわかりました」
「魔王軍は裏切ってねえよ!? ただの副業! セーフだろ!?」
「他に収入があるので、給与下げておきます」
「財政破綻してるせいで、給料もらってないんすけど」
「せやったな!」
「せやったなじゃねぇよ!?」
「hahahaha‼︎」
笑って誤魔化すも、黒いスライムの視線は痛いままだった。