004 ストレス解消スライム
前回までのあらすじ!
・魔王様に無茶ぶりされたってさ。
王の間の無駄に巨大で重い扉を開け、つかつかと歩いてゆく先は、いつも決まっていた。
魔王城の最東端。ただでさえ湿っぽくカビ臭い魔王城の中で、さらに湿度マシマシの棟の一角。
魔王城の石材が若干緑がかるその部屋には、腐り落ちぬよう鉄製の扉が備え付けられている。
その冷たく露で濡れる扉を勢いよく開け、その中の黒い物体へとダイブした。
「クロスケーーー! もうやだーーー!!」
「うわでた」
明らかにめんどくさいという心境を隠さぬ返答をしたのは、黒く濁った色をしたスライムだ。名前をクロスケ。
不定形のそれは、ぶにぶにと肋骨の隙間に入り込み、ひんやりと骨を冷やす。この心地よさ、肉持ちには理解できないだろう。
「まーた魔王様に無茶振りされたのか?」
「そうなんだよー。また改装するって!」
「何度改装したら気が済むのやら……。で、今回も無計画にやるつもりなのか?」
「んー……。一応設計図書いてたみたいだけど……。
でも結局、予算ないし無理って言ったんだよ」
「へえ、お前にしてはちゃんと拒否したのな」
「そりゃもう、財政状況は破綻待ったなしだし……」
「まあ、そりゃそうだよな」
「なのにさー! 侵入者増やせって無茶振りしてきてさー!」
「まあ、侵入者増えれば魔力奪えるし、理にはかなってるな」
「それ私に言う!? って思わん!? 私、非戦闘員なんですけど!?」
「普通に考えて、作戦立案部とかそいうトコがやりそうなもんだけど……。
でもさ、四天王すらも封じちゃった魔王様だし?
というか残ってる魔族で、そういう無茶ぶりに応えられるの、お前しかいないじゃん」
「だからって! だからって!!」
「言ってても仕方ないだろ?」
「そうだけど! そうだけど!!」
ぶにぶにと不定形生物を揉みほぐしても、手の骨の隙間をするりと逃げるだけだ。
クロスケに愚痴ったって、のれんに腕押し、スライムに釘だ。
「ま、とりあえず離してくれよ。今イイトコだったんだから」
「ん? なにしてたん?」
「ほらこれ」
クロスケの視線の先には、水晶玉がひとつ置いてあった。
確かこれは、映像を壁に投影するための魔道具だったはず。そんなに珍しいものでもない。
「なにか映像見てたん?」
「ああ。それもとっておきのをな」
「エロいのですね!? 服だけとかすスライムの、えっちなシーンですね!?」
「たしかに溶解系スライムちゃんはエロい。だが、今回はそれじゃない」
「ああ……。アレ系の企画モノ見てるとき、クロスケはスライムの方見てるんだ……」
「ん? それ以外何を見るんだ?」
「いや、別に……」
スライムなんて、どれも色が違うだけで同じに見えるけれど、どうやらスライム同士では違いがわかるらしい。
他人の性癖に口を出すのはやめよう。将来に禍根を残すことになるからな。お兄さんとの約束だ。
「で、イイモノって?」
「今映すよ」
ぷにぷにとした身体でチョンと水晶玉に触れれば、玉は淡く光りだし、カビのない白く磨かれた壁へと光をぶつけた。
『みなさん、ぼんじょるのー!
みなさん、はじめまして。今回から、魔王城を開発するゲームの実況を始めていきたいと思います。
バーションとMODは…』
突然始まったそれは、えらく平坦な声の語りと、なにやら立体感があるのかないのか分からない、四角いどこかの平原を映した映像だった。
「なにこれ?」
「ゲーム実況」
「なにそれ?」
「えーっと、こことは違う世界にある娯楽?
それをやりながら、実況……。つまり説明的な、雑談的なことをしてる映像」
「へー……。って、しれっと別世界と繋げてんの!?」
「うん。なんか、別世界の俺がそういうの得意らしくて、手伝ってもらった」
「しれっとなに言ってんの!?」
「俺は元々時空いじる能力あるし? ま、多少はね?」
「多少で済むレベルじゃねぇ!!」
いつもながら、自由奔放でとんでもないことをやりだすスライムだ……。
戦闘力では測れない、とんでもないことをしれっとやってのけるのが、このクロスケというスライムなのだ。
基本的に出不精でマイペース。交戦的でない性格から、魔王様にお目溢しをもらっているものの、その変則的で反則的な能力は、魔王様に楯突いて封じられた四天王よりも、ある意味で強力かもしれない。
それも今では平和を享受し、部屋に引きこもりながら謎装置で異世界と交信中……。
状況を整理するほどに意味が分からないぞこのスライム。
なんて考えている間に、映し出された映像では、陣地を開発していた。
なにやらトラップを仕掛けて、侵攻してくる勇者を叩き潰すのが目的らしい。
うん。やってること、完全にウチの魔王様と同じだね。
違いはちゃんと勇者が攻めてきてくれる所くらいかな。
「で、これ面白い?」
「この動画投稿してる人、俺のお気に入りなんだよね」
「へー。どんな人なん?」
「しらね。動画が面白いだけ」
「へー」
まあ、いいか。色々考えるのもめんどくさいし、とりあえずこのまま映像を見ていようかな……。