003 わがま魔王
「侵入者がいない? どういうことだ」
私の言葉に、腑抜けた声が聞こえてくる。
まさか魔王様は、トラップを作っているくせに、侵入者がどのように動いているかを見ていなかったのだろうか……。
というよりも、世界情勢から分かっていないようだ。
「魔王様、前回人間界に侵攻したのは、いつだったか覚えていますでしょうか?」
「んー……。20年くらい前?」
「300年前です!!」
「えー、そんな経ってるんだ? 時が経つのは早いのう……」
「早いのう、じゃねーですよ!
おかげで、魔族が攻めてこないと人間はたかをくくってるんです!
だから魔王様を討伐しようなんて思わず、人間は人間界でお気楽生活してんですよ!」
「ほえー……」
「ほえーじゃないです! 人間にナメられてんですよ!?」
「んー。まあ、侵攻とか面倒だしよくない?」
「ワイトもそう思います」
「だっしょ?」
「で、済んだらそれで良かったんですけどねー」
大きくため息をつくと、うっかり歯を落としそうになる。
私もそろそろ限界が近いなと思いつつ、けれど戦いに赴くのも嫌だなぁなんて、腑抜けた考えが頭を支配していた。
「侵攻しないとダメってことか?」
「まー、それが一番手っ取り早いですけどね。
でもその場合も、魔族に召集をかけて、魔物の製造もしてと……。
細かい数字を計算しないといけませんが、それなりに予算が必要になりますね」
「それは、魔力が尽きるほどか?」
「少なくとも、魔王城の改造費用より高くつくかと」
「やだー! そんなのに魔力使うなら、魔王城改造するー!」
「いきなり子どもみたいに、駄々こねないでください!」
「てか、ぶっちゃけ魔族の招集がダルい」
「ワイトも……」
「…………」
「今回は止めないんですね」
「決めゼリフにしたいっぽいし、いいかなって」
「決めゼリフにするには微妙すぎる……」
「魔王もそう思います」
なんだかんだ、魔王様もノリがいいというか、私に対しては軽い調子で冗談も言ったりするのだ。
けれど、他の魔族の前となるとそうはいかない。
魔王の座を狙うような、血の気の多い者もいる手前、恐怖で従わせる必要があるのだ。
もちろん、それを成しうるだけの力を備えてはいるのだが……。
「やっぱさー、面倒だし侵攻はしたくないわけよー」
「ここ数百年で、がっつり引きこもり気質が染みつきましたね」
「まあ、そのために血の気の多いヤツらを封印したんだし?
てかあいつら招集ってなると、封印解かないとじゃん。
うわ、相手したくねえなぁ……」
「気持ちはお察しします」
「そこは『ワイトも』って言わないと」
「本当に決めセリフにされそうなのでやめとこうかと」
「あっそ。で、とりあえず侵入者の件な。
来ないのは、ナメられてるせいなんだっけ」
「まあ、ナメられてるというか、人間は魔王軍との共存を選んだというか……」
「共存?」
「互いに害がないのなら、居ないものとして扱うってことですね。
それなら、お互い被害を出さずに済みますから」
「かっー! 人間も腑抜けたもんだな!
昔はあんなに、血気盛んに勇者を送ってきたってのに!!」
「魔王様も侵攻してないんだから、人のこと言えませんよ?」
「いーんだよ! 自分のことは棚ごとぶち上げとけば!」
「そうですか」
棚をぶち上げすぎて、青の月まで届いてしまいそうだと思いつつも、こういう方だと諦めつつある自分に嫌気がさす。
ま、おかげで毎日平穏に暮らせてるんだけどね。平穏の末に破滅しそうだと認識しながらも。
「ま、とりあえずアレだ」
「どれですか」
「人間界侵攻は、最終手段ってことで。いざとなりゃ、我一人で侵攻すればいいし」
「はあ……。では、改装は諦めると?」
「いや、諦めるつもりはない」
「諦めてくださいよ……」
「やだやだやだー!
改装して『ぼくのかんがえたさいきょうのまおうじょう』にするのー!」
「ホント、ただの子どもじゃないですか……」
「てことで、予算組みよろしくー」
「はあっ!? 話聞いてました!?
必要魔力、どこから集める気ですか!?」
「そんなの、財務官の仕事じゃん?
我の仕事は、魔族のトップとして君臨することだしー?」
「それなら魔王城の設計は、魔王様の業務範囲外ですよね?」
「うるさいなー! そんな屁理屈こねこねこしてるヒマあったら、侵入者呼び寄せる方法考えろよー!」
「マジでガキみたいな言い振りやめろ」
「うっさいううっさい! さっさと仕事しろー!」
「ああもう! わかりましたよ!
適当になんか考えますんで、今日はこれで失礼します!」
「うむ、それでいいのだ!」
◆ちょこっと人物紹介◆
【魔王】
リフォームが趣味の引きこもり。
DIYが好きなわけではないので、いつも設計だけして改築を眺めてる。
一番好きなシーンは、天井を落とした時、埃がバーッて舞う瞬間。
歯向かう魔族を全員封印(粛清)したヤベー奴。