036 決着
硬直して何分たっただろうか。いい加減動きのなさに飽きてきた私だったが、それは周囲も同じようだ。
実際にはそんなに長くはないと思う。けれど、勝負事は長く感じるものだ。
腕相撲のような、本来短期決戦になるようなものならなおさら。
「おいおい、いつまで遊んでんだ! 本気出しゃ、すぐ終わんだろ!?」
ついに我慢の限界を迎えたのか、見物人からヤジが飛ぶ。
そりゃまあ、誰が見たって手加減の結果であろうことは確実なのだから、そう言われたって仕方がない。
しかしよくよく見ていると、様子が変だ。ロアンさんは頭に血が上っているのか、徐々に顔を赤くしていっているし、腕だってプルプルと震えている。
「っさいわね! 外野はすっこんでなさいよっ!!」
「も~、やだ~。唾飛ばさないでくださいよぉ~」
対する相手リリーさんは、まるで石像のように動かないばかりか、微笑みまで浮かべたままだ。
もしこれが石像だったら、その彫刻家は天才だろう。そしてとんでもない変態だろう。
きっとあれだな、あの豊満な胸は胸筋なんだな。きっとそうに違いない。
(変なこと考えてるだろ?)
(はっ……。念話に出てましたか?)
(なんとなく察しただけだ。しかしアイツ、いつまで遊んでるのやら)
(ほんとだねぇ)
味見という名のアルコール漬けスライムも、いい加減つまみに見ていた試合の硬直に嫌気がさしたようだ。
そういえば人間は、試合を見ながら酒を飲むのが至福の時なのだとかなんとか。私は生前もやったことありませんでしたけど。というか、酒自体ほとんど飲んだ記憶が無い。
なのでこういう状態がよくあることなのか否か、それすらも分かっていなかった。
初めてのことなので楽しんではいるのですが、周囲はそうでもないようだ。
だが、本人たちは気楽におしゃべりをしている。
「アンタ、どんなセコい手を使ってるのかしら!?」
「やだ~、そんな卑怯なことしませんよぉ~」
「嘘おっしゃい! テーブルに棒でも刺して固定しているんじゃないのっ!?」
「も~。敵わないからって、いいがかりはやめてくださ~い」
「アンタにっ! アタシがっ! 負けるわけっ! ないのよぉぉぉぉぉ!!」
「うわ~、おもしろい顔ですね~」
必死に、必死に腕を動かそうとするも、ロアンさんは変顔を晒すだけだった。
いやあ、あの細腕のどこにそんな力があるのやら……。
「なんでっ! なんでなのよっ!!」
「あはは~、降参しちゃえば~?」
「それが目的なんでしょっ! 降参させれば、インチキがバレずに勝てるんだからっ!」
「インチキなんてしてないのに、ひど~い!」
「絶対にっ! アンタにっ! 負けられないのっ!!」
「ん~、めんどくさい人だな~。そろそろ飽きてきちゃった。
見てるみんなも、飽きちゃってるもんね~。男を飽きさせる女は、モテないよ~?」
「うっさいわねっ!」
「それじゃ、終わらせよっか」
ふっと満面の笑顔になった瞬間、ドゴンッ! という音とともに勝負は決した。
それはまるで投げ技を使われたようで、ロアンさんは身体ごと一回転し、吹っ飛ばされたのだ。
(うわぁ……。えっぐいことしやがるなぁ……)
(腕相撲で体ごと吹っ飛ぶって、そうはならんやろ)
(なっとるやろがい!!)
(見事な定型文。しかし、あれはどう見ても不自然ですけどね)
(それな!)
異常な光景をのほほんと見ている私とは違い、一緒に見ていた男はすぐさま駆け寄った。
「なっ!? 何があったんだ!? いや、それよりもっ! ブラッド! 大丈夫かっ!?」
話しぶりから昔からの知り合いのようだったが、なんだかんだ言いながらロアンさんのことを心配しているようだ。
とうのロアンさんはというと、ぐったりとしている様子だったが、抱き上げられた瞬間に抱き着き、あざとい口調で一言。
「こわかったぁ~!」
「あ、大丈夫そうだな」
ふっと真顔に戻った彼は、ポイっとロアンさんを放り投げた。ホント、ブレない人だなぁ。
まあそのおかげで、ロアンさんが負けを演じるために自分で吹っ飛んだのだと思われたようで、周囲の男たちはみな笑っていた。
ロアンさんの面子も保たれ、あのリリーという女性もまた、規格外の強さであることを隠し通せたわけだ。
「それで~、その女神さまって言われてるのは誰なの~?」
「…………」
「やだ~、教えないつもり~? ルールはルール、でしょ?」
「あー、それでしたら私ですが」
ロアンさんは守ろうとしてくれたようだけれど、ここで出ないわけにはいかないだろう。
それになにより、どれだけ相手が強かろうとも、魔族であり、魔王様の側近である私が負けるはずもありませんから。
ついでに、魔王様のペットも同伴してますしね!
(なんかすげームカつく言われようした気がする)
(読心術ですか!?)
(なんとなくそんな気がしただけだ)