020 人間界に行こう!
期待に胸を膨らませるスライムを纏い、魔界を出る。スライムの胸がどこなのかは知らんけど。
魔王城を出てから3日ほどで、人間界の最果ての街が見えてきたのだった。
「ここが人間の対魔族最終防衛ライン、リーニエの町ですよ」
「おお! ここがかの有名な、サキュバスが潜む街なんだな!?」
「いや、知りませんけど」
「ちげえのかよ!!」
「知らないだけで、違うとは言ってませんよ」
「どっちだよ!!」
「たしか前に連絡した時に、この街だって言ってたんですよね。
だけど今もここに居るかは分からないですね」
「クソっ! 期待させやがって!」
「まあでも、招集が掛かれば魔王城に来ないといけない立場ですし、何より魔界から離れすぎると魔力が薄くなって活動に支障がでるので、そう遠くには行ってないはずですけどね」
「まあ、なんでもいいや。とりあえず入ろうぜ」
「っとその前に、今後は人間の目がありますので、会話は念話でしましょうか」
「そうだな……。久々だしできるかな」
(一度覚えたことは、意外と忘れてないもんですよ)
(…………)
(まさか、やり方忘れたとか!?)
(ぷっ……。焦ってやんの!)
(しばくぞワレ)
(おおこわ)
実際に一発喝を入れたとして、今クロスケは私に絡み付いてるワケで、ダメージが私自身にも入っちゃうんですけどね。
ま、とにかく念話が使えるとわかったのでヨシ!
そんなこんなで、街の入り口までやってきたのです。
(あ、これ結界張られてんじゃね?)
(そりゃ魔界との境目ですし、厳重に防御してるでしょうよ)
(えー……。入れないじゃん)
(ご安心を。私の魔術研究を甘くみないでいただきたい)
(お、ついに活躍の機会が見れるのか!)
(普段から大活躍でしょう!?)
(そうだっけ?)
(まったく、さっきから失礼なスライムですね。
ともかく、結界の破壊は人間に感知される可能性もあるので、体に薄く対結界結界を纏うことにしましょう)
(対結界結界……。けったいな名前だな)
(他にどう説明しろと?)
(ま、入れるならいいや)
投げやりで他人事な反応に、うまくクロスケだけ結界に引っ掛かるようにしてやろうかと悪戯心も芽生えたが……。それで人間に捕まるのも馬鹿らしいので見逃してやろう。
そんな心のうちなどつゆ知らず、クロスケは街に入れば浮かれきっていた。
(おー! これが人間の街か!)
(いやあなた、村々を襲ってましたよね!?)
(規模の小さい村はな。さすがに大きな街は、結界があるから入ったことない)
(そうなんですか。まあでも、意外と普通というか……)
(建物は普通だな。石造りで、魔王城とそんなに変わらないか)
(かなり小さいですけどね。道も石畳で歩きやすくていいですね)
(たしかに。もっと悲惨なの想像してたな。ただ……、空が青いのはすげー違和感。
花壇の花も、なんてーか血色が悪い感じするし)
(花の血色とは……)
(全体的に魔力が薄くて、息苦しさを感じるな)
(元々息してませんけどね!)
(まあな)
魔王様の存在によって、魔力が濃い魔界と違い、ここでは周囲の魔力の薄さに、いつも以上に魔力不足となりそうだ。
あまり長居するのは、ただでさえ給料である魔力が遅延している私にとっては、致命傷となりかねない。
(魔力が薄いですし、長くて50年くらいですかね)
(そうだな。長居できないのはちょいと問題だが、それだけあれば情報収集くらいできるだろ)
(急がないとですねぇ……)
(しかし、こんなトコに居て大丈夫なのか?)
(まあ、今のところは)
(お前じゃなくて、サキュバス様だよ!)
(えー。私の心配もしてくださいよぉ……)
(勝手に朽ち果てて。どうぞ)
(冷たいなぁ)
まあ口ではこう言いつつも、なんだかんだ助けてくれるのがクロスケというスライムだ。
実際朽ち果てられると、人間界に一匹で本人も困るだろうしね。本人? 本スラ?
(んで、サキュバスってのは大丈夫なもんなの?)
(そりゃ大丈夫でしょ? 元々、人間の男の精と魔力を吸ってる魔族なんですし、人間界に順応してないと絶滅してるでしょうよ)
(ああ、そりゃそうか。しっかし、会うのが楽しみだなぁ!)
(まあ、私も吸い取られかけたんですけどね……)
(ん? 何か言ったか?)
(いえ、何も? 念話ですし、なーんにも言ってませんよ?)
(そうなのかー)
昔、魔王城でサキュバスに精を吸われかけたことがある。なんて話はしないでおこう。
魔族しかいない魔王城で腹をすかせ、向けられた明らかにヤバい視線は、今でもある意味トラウマだ。
というか、骨だけの私の何を吸おうとしたのだろうか。豚骨スープ的なアレか?
そんな話をしたら、クロスケは羨ましがるか、もしくは実際に吸われてしまえなんて言いかねない。
まあ、今の状態で吸われるなら、スライムの一気飲み、もしくは踊り食いになるんだけどね。
それに今は人間界にいるわけだし、さすがに腹を空かせていることはないだろう。心配することはない。はず。
などと思い出しながら街を歩けば、通りがかった店の扉が勢いよく開かれ、痩身の男が一人転がり出てきた。
「アンタとは終わったの! さっさと出て行ってちょうだいっ!!」
それに続いて扉から姿を表したもう一人の……、多分男は、青筋を立てながらそう叫ぶ。
突然のことに固まる私たちだったが、どうやらそれは周囲の人間も同じようだった。




