001 静かな魔王城
魔王城の冷たい廊下、そこで私はうっかり勇者一行に出会ってしまう。
研究者として勤務している手前、あまり戦闘には自信がないのですが……。
「こんなところにスケルトン? 低級魔物じゃない」
「待て、気を抜くな。ここに居るってことは、普通のスケルトンじゃねえってことだ」
「ええ。油断しないに越したことはありません。弱ければ儲けもの、そう考えて全力でゆきましょう」
「…………」
4人の人間は、私を見ての反応も様々だ。しかし、回復役であろう白いオーラを纏う女が一番油断しているのは、いかがなものか……。
もしくは他の3人と違い、直接剣を交えたことがないからこその甘さなのかもしれない。
だが、実際のところ彼女が一番私の強さを測れているとも言える。
魔法の研究しかしてこなかった骨のアンデッドである私が、魔王城に巣食う他の魔族たちの中で一番弱いことは確かなのだから。
「運悪く見つかってしまうとは……。いいでしょう、これでも私も魔王軍の一員。お相手いたしましょう」
「魔物が……喋った!?」
「やはりただ者ではない。みな、かかれ!」
合図と共に前衛の3人が動く。まったく、ただの研究員に三人がかりとは……。
少々骨が折れますが、魔法で対抗するしかありませんね。骨しかない身ですがね!
「氷の棘」
「そんな低級魔法、防御魔法で……。がはっ!?」
どうやら、彼らには属性魔法を無効化するまじないがかけられていたようだ。
しかし、それを見抜けぬ私ではない。当然、対策をしている。彼らは気付かなかったようだけれど。
地面より伸び出た氷の槍が、無効化魔法を貫通し、三人の身体を貫いた。
「回復を……」
「ああ、防御魔法をかけていた後ろの彼女なら、もう息はありませんよ。
他の方もすでに冷たくなっていますよ。なにせ氷魔法ですからね!」
「クソっ……」
魔王城に仕掛けられた、回転ノコギリが防御魔法をかけていた女を三枚おろしにしていたのだ。
もちろん、ここまでやってこられるほどの彼らが仕掛けを発動させてしまったわけではない。
氷の棘の発生地点、そこがトラップのスイッチとなっていたのだ。
「しかし、あの一瞬で避けるとは……。やはり私は戦闘には向いていないようですね。
できれば貴方も、苦しまずに逝かせてあげたかったのですが……」
「てめえの顔……、覚えたからな……」
「覚えていただかずとも結構。私は非戦闘員のただの骨ですから。
蘇生され戻ってきても、探さないでいただけると助かります。面倒なので……。
って、すでに息はありませんか……。粘着されると厄介ですねぇ……」
腹に穴をあけられ、勇者一行の身体はぐったりと力なく垂れていた。
まだまだ成長途上だったのでしょう。この程度なら、魔王様には敵うはずもありませんから。
「清掃班、処理を頼みますよ」
言葉を聞き、清掃用のスライムが氷の槍に貫かれた者たちを取り囲む。
それらは滴る赤黒い水たまりを吸い取り、半透明の体内で処理し始めた。
職場の4S(整理、整頓、清掃、清潔)は、彼らの働きあってこそだ。
「あ、そうだ。最後の彼は、状態も良いので解剖実験に使います。
後ほど研究室へ運んでおいてください」
指示を聞き、ぷるんと体を震わせ清掃班は返事する。
ふむ、魔王様がスライムを愛らしいと感じるのも納得だ。
まあ、飼おうとは思わないけれど。
◆ ◇ ◆
魔王城の一角、与えられた部屋で通信用水晶の音で目を覚ます。
骨が机に突っ伏した寝姿は、人間から見れば突発的な事故で死んだのち、白骨化した死体にしか見えないだろう。
そんな骨だけの存在の私は、伸びをしてぽきぽきと鳴らしながら水晶玉を覗く。
そこにある透明な球体は、魔王様からの呼び出しを知らせていた。
魔王様からの呼び出し。それは大抵、ろくなことにならない合図である。
面倒だ、投げ出したいと思いながらも、扉横のフックに掛けられたボロボロになったローブを羽織った。
カビ臭くじめじめとした廊下を歩き、王の間へと向かう。
あまりに静かで、何の気配もない城。
さっきまで昔の活気あった城の夢をみていたせいか、ひどく寂しく感じてしまう。
まあ、こうやって侵入者に警戒せずに歩けるのは、戦闘を苦手とする私にとってはありがたいのだけども。
足取りは太りすぎたかのように重く、ストレスで頭が禿げ上がりそうだと胃を痛める。
けれど、残念ながら私は、いわゆるワイトであり、見た目が骨だけの存在なので、太る肉もなければ、禿げる毛髪どころか頭皮もなく、穴を開ける胃も持ち合わせてはいないのだけれども。
それでも、定型句を重ねて使いたくなるほどに、気が重いのは確かなのだ。
「おっと、危ない」
なんて考え事をしながら歩けるほど、魔王城は安全ではない。
べつに廊下が老朽化して段差ができているとか、骨の体にガタが来ているわけでもない。
至る所に罠が仕掛けられており、うっかり作動させると大変な目にあうのだ。
ちなみに、私に目はないが、大変な目にはあう。
今のうっかり踏みかけたスイッチは、頭上から巨大な丸い岩が落ちてくる、古典的な罠だ。
王の間までは、歩いていると気づかない程度だが上り坂になっていて、罠が作動すれば来た道を全力で走り、引き返さなければならなくなる。
勇者一行ならば逃げ切れるだろうが、これは相手を轢き潰すための罠ではない。
幾度となく往復させ、疲れさせる罠というわけだ。
もちろん私も逃げ切れる。だが、罠の再設置が面倒なので、気をつけなければならないのだ。
余計な手間を増やすことは、私の仕事の一部である財務官にとっても頭の痛い問題につながるのだから。
「魔王様、入りますよー」
「…………。入れ」
魔王室と書かれたスタッフ用の扉を、コンコンとノックして声を掛ければ、重々しい低い声が返ってくる。
少々反応が遅いのはいつものことだ。そして、入ってすぐの言葉もまた、いつものだ。
「ワイトよ。いい加減、その軽い口調を正せ」
「いいじゃないっすか。ワイトと魔王様の仲じゃないですかー」
「…………。はあ、まったく……。
貴様が有能でなければ、今すぐその首刎ねていたところだ」
「あっ、魔王様気付いてたんですか?
最近、頭を着脱可能に改造したんすよ」
「…………。はぁ……」
頭蓋骨を外してケタケタと笑ってみせれば、面白くなかったのか返ってきたのはため息だけだ。
せっかく人体バラバラマジックでもしようと思ったのに、ウケないとは残念だな。
まあ、もし笑ったとしても、巨大な黒いもやのような魔王様の顔ははっきりとわからないだろうな。
もしくは薄青色に光る目がほころぶか、楽しげな色に変わったりするのだろうか。
どちらにしろ私には、魔王様の表情は分からないだろう。
「それで、今回はどんな無茶振りを言われるんです?」
「なに、いつも通りだ。少々、魔王城を改装しようかと思ってな」
「少々で済んだこと、ありましたっけ?」
「ま、前はだな……。その、興が乗ってついうっかり……」
「前回だけじゃないんですけどね」
「くっ……。いやしかし、今回はちゃんと設計図を書いたのだ。
この通りに作ってもらうだけ。今回こそ、これ以上は口出しせんから! な?」
「まー、その姿勢は進歩と言えるんですけどねぇ……」
黒いもやの一部が、少しばかり輪郭を強めた手へと変わり、スキップするような動きで設計図であろう巻いた紙を取り出した。
今までは現場に赴き作業を口頭説明するせいもあって、全容が見えなければ規模もわからず、予算の組みようがなかった改装だったが、さすがに進歩したようだ。
なにせ前の改装の時には、やってられるかと辞表を紙飛行機にして、そのもやへと飛ばしてやったのだから。
さすがに側近である私に辞表を投擲されて、魔王様も改心したようだ。
だが、残念ながら今回も、その提案を「はいそうですか」と受け入れるわけにはいかなかった。
「却下です」
「なんだと!? まだ設計図も見ていないではないか!!」
魔王の声が王の間を震わせるが、私の心まで震わせることはできなかった。
骨の体のどこに、心というものがあるかは疑問だけれど。