011 交渉という名の囲い込み
「オ、オイが講師役を!?」
色々雑に要約した今回会いに来た目的を話せば、ミノタウロスはその巨体に似合わず目をぱちくりとさせ驚きを示す。
まあ、いきなり講師をしろと言われても大抵の人は困るだろう。人じゃないけど。
それになにより、彼はこう見えてシャイなのだ。畑に入った者を、魔族人間かまわず巨大な斧で惨殺するけど、これでも奥手なのだ。
なので講師役なんていう大役が回ってくるなんて、夢にも思わなかったと言いたいのだろう。
「ええ。と言っても動画での話です。実際に生徒を集めるわけではありませんよ。
撮影機材の前で、花束や生け花の作り方を説明していただくだけです」
「いんやぁ、でもオイがそんな先生なんて……」
「いやいや、謙遜なさらずに。魔王軍で最も植物に精通しているのが、ミーさんですよ。
手の行き届いた庭、考え抜かれた草木の配色と配置。そのどれもが見事ですからね」
「そ、そうかぁ? 褒められんの慣れてねえで、こっぱずかしいべ」
ミノタウロスは、牛頭の目尻を人間でも分かるほど下げ、少し赤らめながらはにかむ。
多分かわいい女の子がそういう表情するのであれば、男どもは落ちるだろう。あ、もちろんメスの牛頭だとして落ちるのは、同じミノタウロスか本物の牛くらいだろうけど。
まあ、そんなでれでれな表情なので、褒められて悪い気になっているわけではないのは確実だ。
それに彼は元々植物の迷宮に引きこもる、他者との関りが少ない魔族であるがゆえに、誰かに褒められるということに弱いのだ。
全ての仕事を放り投げるための部署、総務部の長である私は、魔王軍の魔族・魔物全ての特性・性格を把握している。彼が褒め攻撃に弱いこともまた、よく存じているのだよ。
…………。そのはずだったんだけどなぁ……。
「オイの作る花束は、魔王様も綺麗だって褒めてくれるんだべ」
「っ……!? 魔王様に花束を!?」
「んだんだ。さすがに王の間には飾れなんで、私室に飾らせてもらってるだ」
「そんな……」
まさか奥手なミノタウロスが、そんな積極的に魔王様を落としに行っているなんて、予想外もいい所だ。なにより魔王様が花束を喜ぶような方だなんて……。
「嘘ですよね!? ねぇクロスケ!?」
「お前もしかして、魔王様の私室に入ったことねえの?
なんてーか、結構オシャレというか、ファンシーな部屋だぞ?」
「そんな、女性の部屋に乗り込むなんて、はしたないマネできるわけないでしょう!?
まさかクロスケもそんな紳士の風上にも置けない真似を!?」
「いや、俺は魔王様の抱き枕だし。最近はそんなに呼ばれねえけど」
「なっ……!?」
「うらやましいべ。オイも腕枕ならしてやれんだけんど」
「なにそれ硬そう」
驚愕に言葉を失う私を放置して、二人はまくら談義に花を咲かせる。
いや、それにツッコミを入れている場合ではない。まさか、最も信頼されていると自負していた私よりも、より近い位置に二人が居たなんて……。
しかも抱き枕だと!? このスライム、今すぐにでも滅さなければ……。
スライムの弱点といえば、そのやわらかな体内にあるコア。これを一突きするだけで……。
「まっまあ、あれだよな! 魔王様ってめちゃくちゃ強いし!?
俺たちのことなんて、人間が犬猫かわいがるようなもんだもんな!?
ある意味、距離置かれてる方が警戒されてる分、身近に思われてる的な!?」
「んだなぁ……。オイも全然、男としては見られていねんだわ」
「いやあ、これは信頼というより見くびられてるって感じだよな!
それに比べて、ワイトは仕事を任されたりと、ちゃんと信頼されてるんだなぁ!」
「えっ? あ、はぁ……。まあ、コキ使われてますが……」
「魔王様に頼られるなんて、さすが部長さんだべ。オイも、魔王様の役にたたねえとなぁ」
「頼られてるんでしょうかねぇ……」
なんとも魔王様は、私には何を言ってもいいといった様子だが……。
何を言っても仕方ないと呆れられているわけではないと考えれば、そう言えなくもない……。のか?
ともかく、魔王様にとって二人が「なんでもない存在」であるのなら、油断した様子を見せるのも道理。ならば、二人が魔王様にどう扱われていても、私が手出しする必要もないか。
「ふぅ……、助かった。ねじ曲がった独占欲怖え……」
「クロスケ、何か言いましたか?」
「いや、なんでもねえよ。それよりミノタウロスさん、魔王様のためにも講師役受けてくれますね?」
「魔王様のために? 先生をやるのは、魔王様の指示なんけ?」
「あー、めぐりめぐってそうなるって感じ?」
「そうですね。今回の動画撮影は、投げ銭集めが目的ですから。
その投げ銭を使い、人間を魔王城へおびき寄せる飴を買い、侵入してきた人間の魔力を奪う。
その魔力でもって、魔王様の希望されている魔王城の改装を行う……」
「えれえまどろっこしい話だべなぁ」
「ワイトもそう思います」
「けど、戦意も戦闘力も低い俺たちにできる手としては、悪くないだろ?」
「んだな。オイの得意なことが魔王様のためになるなら、恥ずかしけんど頑張るべ」
「その言葉が聞きたかった!」
ぷにぷにとした口の回るゼリーは、こうして奥手ミノタウロスを懐柔したのだった。
まったくこのスライム、ただの低級魔族の変種とは思えない小賢しさだ。