000 プロローグ
ジリジリと日差しが肌を焼く季節、ある一人の男が村へとやってきた。
季節など自身には関係ないというような、分厚く深紫のローブをまとうその男は、三つの山を越え、魔物の襲来を軽々と退け、魔王の治める地と人間の世界の境界線である、辺鄙な村へとやってきたのだ。
目的は、蘇生薬の原料となる秘薬の販売。
死をも超越するための薬。それは勇者と呼ばれ、魔王を討伐せんと戦う者たちの最後の希望。
その原料ともあれば、一度の売却で数年は暮らせるだけの価格が付くはずだった……。
「申し訳ありません。最近原料の調達をしてくれる方が新たに現れまして、買取価格が下がってしまったのです……」
蘇生を行う教会のシスターは、暗い顔でそう告げた。
提示されたのは、手間賃などを引けば一年程度暮らせる額でしかない。
普通の人物であれば、それでも十分だろう。けれど、彼はそういうわけにもいかなかった。
「そんな……」
「すみません。いつも卸していただいているので、これでも精一杯高く買い取ろうとしているんですよ」
「これじゃあ、研究費が捻出できないじゃないか」
そうボヤくも、シスターからはそれ以上の言葉はなかった。
ため息と共に肩を落とし、教会を出て街を歩く。
こうしていても仕方ないとふと顔を上げれば、村への違和感もまた湧き上がった。
妙に人が多い。そしてみな、たいそうな防具を付けた者たちばかりだ。
元々辺境であり魔王領と接する地であるため、戦いを生業とするものは多かった。
だが、魔王軍の攻勢が減った今では、その数を減らし、村は寂れるばかりだったはずだ。
つまりそれは、戦闘はできずとも魔法や支援、回復を得意とする彼にとって、チャンスだと思いいたったのだ。
勇者一行に入れば、少なくない額の報酬をもらえるはずなのだから。
そうと決まれば即行動と、彼は魔王討伐部隊、つまり勇者たちの集まる酒場へとやってきたのだ。
そこでは暑さもあってビールをあおり、バカ笑いを上げる男たちの姿がある……、はずだった。
しかし目に入ってきたのは、テーブルを整然と並べ、壁へと注目する者たちの姿だ。
静かで異様な光景に、扉を開けた姿のまま固まる男に、後からやってきた勇者一行であろう者たちが声をかける。
「あのさ、通れないんだけど」
「あ……。申し訳ない」
「なに? キミ、研修会に参加すんの?」
「研修会? 酒場で?」
「そ。魔王討伐研修会。もしかして新入り?」
「新入りというか……。魔王討伐隊に入りたくて」
「そう。それじゃ、一緒に研修受ける?」
「え? あ、はい。そうします」
促されるまま、空いている席へと座り、キョロキョロと周囲をうかがう。
みな酔っている様子などなく、真剣に手元にノートとペンを持ち、小声でなにか話し合っているようだった。
「あの、研修会ってなにするんですか?」
「ん? もうすぐ始まるから、見てればいいよ」
「はあ……」
言われるがまま座っていれば、カウンターからウエイトレス姿の女性が現れる。
手には水晶球を持っており、それを壁の前に置かれた、小さな台座へとセットした。
「では、時間ですので始めます。お静かにお願いします」
ただそう告げ、水晶玉に魔力を流して、女は再びカウンターへと戻る。
彼女が講師をするのではないのかと、流れる黒髪姿を眺めていると、水晶玉から光が放たれ、壁一面を覆った。
そして次の瞬間、白く眩しく照らされた壁に、一人の人物が映し出された。
『はーい! 魔王城攻略RTA! はっじまっるよ〜!』
男は第一声に驚くもまだ知らない。
この先映し出される映像が、彼の人生を変えることを。
この物語は、彼が魔王を討伐するまでの物語……。
ではない。
これは、わがままな魔王に付き従う、哀れなアンデットの物語。
時は三年前、勇者と呼ばれる者たちが諦観の境地に立っていた頃へと遡る。