オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)
UFOの証拠写真を撮った友人が存在ごと消されてしまった件
○登場人物
ぼく:本作の語り手。カメラ片手にオカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす変人。撮影にはこだわりを持っており、心霊写真や恐怖映像にはちょっとうるさい。女の子。
先輩:アニオタにして学園随一の秀才で、”ぼく”の謎解きに協力する。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。
後藤:「ぼく」のクラスメイトで写真部所属”だった”。UFOの写真を「ぼく」に送った翌日、存在ごと消されてしまっていた。
あーちゃん! ヤバいよ! マジでヤバい!
今晩は新月だったからさ、空が暗いぶん夜景がキレイだろうなと思って丘の上に撮影にいったんだよ。
そしたら撮れちゃった! 何がって、UFOだよUFO! 空飛ぶ円盤!
街の上空をブンブン飛んでてさ、もう無我夢中でシャッター切った! そしたらもうバッチリ写ってんの! マニア? とかに高く売れちゃうかも!
あーちゃんはこういう写真に詳しいって聞いたから添付してみたんだけど、どうかな!?!?
明日教室で意見聞かせてネ! じゃね~!
件名:ヤバい写真撮れちゃった!
投稿者:後藤
「……どうしたんだよ、そんな神妙な顔して」
放課後、ぼくの顔をみるなり怪訝そうに先輩が声をかけてきた。
ここは図書準備室、内側から鍵をかけられる構造だ。
先輩に説明する前に、ぼくは部屋に入るなり後ろ手で扉をロックした。
これで外から扉を開けるには鍵が必要になった。鍵は先に来た先輩が持っているはず。ここは三階だし、そうそう窓から侵入されることもないだろう。
ふぅ、一安心。
胸をなでおろす。
「大丈夫か?」
ぴとり、冷たい感触が額に触れた。
「ピヤァ――!?」
情けない声を上げて飛び上がってしまう。
額に触れたのが、いつの間にか近づいてきていた先輩の手のひらだったことに気づいたのは数秒たってからのことだった。
「な、なんだよ。様子がおかしいぞ、お前。頬は紅潮、額に汗、呼吸回数も多い。まずはいったん深呼吸しろ」
「せ、せんぱい……はい」
すー……はー……。
先輩に言われて深呼吸をした。
バクバクと高鳴る心臓が徐々に落ち着いてきた、ような気がする。
その様子を見届けた後、先輩は優しい声色で話しかけてくる。
「それで、何があったんだ?」
「それは……UFOの写真なんです」
「は?」
「UFOですよ! 未確認飛行物体! 空飛ぶ円盤です!」
「意味はわかる。Unidentified Flying Objectだろ」
「撮れちゃったんですよ、これです!」
図書準備室の中央に置かれた机に、今朝拡大印刷してきた例の画像を広げた。
高台からこの街の夜景を撮影したものだ。
新月と街の灯りのコントラストが美しい……のだが、写真の上の方に異物が混じっている。
新月の闇よりも黒く細長い楕円形の”何か”が夜景の上空に写り込んでいるのだ。
先輩は顎に手を当てて言った。
「確かに妙なモノが写り込んでいる。だがいまどき、デジタルデータならいくらでも改ざんできるし、光学的に考えてもカメラに妙なモノが写りこむなんて珍しいことでもないだろう? 今更どうしてそこまで興奮……いや、”動揺”する?」
「さすが先輩、鋭いですね」
そう、ぼくだってアマチュアとはいえカメラマンの端くれ。
以前”心霊写真”を検証したときもそうだったけど、カメラは必ずしも真実を写すわけじゃないのは知っている。
だけど今回は、それどころの話じゃないのだ。
「この写真、ぼくが撮ったモノじゃないんです」
「だろうな、いつもみたいにメールで送られてきたんだろ?」
「はい。ぼくのクラスメイトで、写真部の後藤さんです。同じカメラ好きなのでよく話す女子です……」
「この写真が気になるっていうなら、まずはその後藤さんに話を聞くべきなんじゃないのか?」
先輩は至極まっとうなことを言った。
けど、今回はそういう問題じゃなかった。すでに問題はそんなまっとうなレベルを遥かに飛び越していた。
「無理なんです」
ぼくはポツリとそう漏らした。
「え?」
「昨晩メールをもらいました。ぼくも翌朝、後藤さんに話を詳しく聞こうと思っていました。でも無理なんですよ」
「お前、何を言って……」
本当は言いたくない。
それを口にしてしまえば、これが現実であると認めてしまうことになるかもしれないから。
何かを証明してしまうことになるかもしれないから。
だけど、こういうときに頼れるのは目の前の先輩しかいない。
だからぼくは、ゆっくりと口を開いた。
「後藤さんは――存在ごと消えてしまっていたんです」
☆ ☆ ☆
UFO――Unidentified Flying Object、つまり未確認飛行物体のことである。
「だったら確認したらただのFO(Flying Object)になるのかよ」とか。
「だったら着陸したらただのO(Object)になるのかよ」とか。
先輩が一人で言って一人でウケてたのを思い出す。ぼくは冷ややかな目を向けていただけだったけど……。
何もかもが今となっては懐かしい。笑い話で済めば、どれだけ良かったか。
「状況を整理しましょう」
机を挟んで椅子に座り、向かい合う。
先輩に会えてようやく落ち着いてきたぼくは、ゆっくりとこれまでの経緯を話し始める。
「後藤さんはぼくのクラスメイトで、写真部所属の女子です。趣味が近いことから、以前からぼくと交流がありました。話の始まりは昨晩です。こんなメールが送られてきました」
ぼくは彼女から送られてきたメールを開き、スマホの画面を先輩に見せた。
先輩は「ふム……」と顎に手を当てている。彼のシンキングスタイルだ。
ぼくはさらに続ける。
「夜も遅かったので、明日本人に話を聞こうと思って、写真を家のプリンタで拡大印刷してからその日は寝ました。そして翌朝、同じクラスなので話を聞けるだろうと登校したところ……」
「後藤さんはいなかった。そうだな?」
「はい」
「学校を休んでるんじゃあないのか?」
「そう思ったんですが……クラスの誰も知らないんです。後藤さんの休みの理由じゃなくて……後藤さんという女子生徒自体を知らないみたいで」
「先生は? 担任なら出席管理のために生徒名簿を持っているだろう」
「HRの時、先生に後藤さんのことを確認しました。無理言って名簿も見せてもらいましたけど、やっぱり名簿にも後藤さんの名前はありませんでした……」
「突然の転校とかで修正された可能性は?」
「それも薄いです。名簿の作成日は今年度初めになっていて、修正された形跡はありませんでした。教室の机の数も昨日から一つ減っているのに、ぼく以外誰も違和感を覚えていないみたいなんです。まるで最初からいなかったみたいに……」
「そうか」
先輩の表情からは、この件をどう考えているのか読み取れない。
ぼくは不安になってしまい、聞いてみる。
「先輩は……ぼくの話、信じてくれますか?」
「俺はそもそも何も信じていない」
「……ですよね」
はは、と乾いた笑いが漏れた。
これだから、この男は。女の子が不安に思ってるんだから優しい言葉をかけたり、励ましたり抱きしめたりできないものか?
本当に――先輩はこれだからモテないんだ。
そう憤慨しかけたが、先輩はこう続けた。
「だが――お前を疑う理由もない。お前は、そんな無駄な嘘をつくようなヤツじゃあない。少なくとも、それは知っているつもりだ。感情的なつながりとかではなくて、経験則とか合理的な判断という意味でな」
ああ、やっぱり。先輩は先輩だ。
優しくも厳しくもない、徹底的にフラットに物事を考える。
少し安心できた。話を続けよう。
「図書準備室に来る前に、写真部の部室にも行きましたが結果は同じでした。部員名簿にも、部員たちの記憶にも後藤さんは存在しませんでした」
「自宅はどうだ?」
「後藤さんとは校内で仲良くする程度で、互いの家に行き来するような仲ではなかったのでぼくの記憶には……」
「当然、住所の記録も残ってないってことか。インターネットはどうだ? SNSとか」
「それも……全て消えていました」
「なるほど。つまり、現時点で”後藤さん”自身も、彼女が存在したという証拠も消されているということだな」
「そうです」
「証拠になるのはお前の記憶と、届いたメールだけか。とはいえ、デジタルデータは簡単に改ざんが可能だから証拠としては弱いが」
「はい……」
再びスマホのメールアプリを立ち上げる。
「あれ?」
「どうした」
「後藤さんからのメールが……消えてる」
「何……?」
先輩も一緒になって画面を覗き込む。
ゴミ箱を確認しても見当たらない。さっきまで確かに存在したはずのメールは、最初から無かったみたいに完全消去されていた。
焦るぼくに、先輩は冷静に指摘する。
「スマホの一時保存ファイルにさっき開いた添付画像が残っていないか?」
「そ、そっか――うぅ、ありません……跡形もなく消されてしましました」
「消されたか、そうだな。お前がスマホを操作してメールを消去した様子は見当たらなかった、俺が証人だ。さっきメールは確かに存在した。本文もメールアドレスもハッキリと記憶している。ならば外部からのクラッキングの可能性がある」
「クラッキング?」
「悪意を持ったハッキングのことだ」
「だとしても、いったい誰が?」
「後藤さんを消したヤツ――組織だか個人だか知らないが、そう考えるのが自然だろう」
「……」
「メールが消されたとなると、彼女が存在した証拠になり得るのはお前の記憶だけってことになる。メールの存在も内容も、俺が記憶しているが、曖昧な記憶だけでは決定的な証拠にはなりえないからな」
「そう、ですね……。なんとかして彼女を探せないでしょうか」
先輩はその問いに、少し考えてから答えた。
「そもそも”後藤さん”は存在したのか?」
「え? 先輩、やっぱりぼくを疑って――」
「嘘をついているとは思っていない。だが、人間の記憶は曖昧だ。事実とは異なることを信じ込んでいてもおかしくはない。イマジナリーフレンドって聞いたことはあるだろ?」
「存在しない、空想上の友達……ぼくにとっての”後藤さん”は、イマジナリーフレンドの可能性があるっていうコトですか?」
「端的に言えばそうだ」
「そんなハズ……」
「だが状況証拠から考えるとその説のほうが可能性が高い。論理的に考えればな、お前もそうは思わないか? UFOの写真も、メールも、お前が自分自身でも気づかないうちに捏造したモノだという可能性はないか?」
「確かに……ぼく以外のみんなの記憶も、書類も、インターネットも……誰も後藤さんの実在を保証してくれてはいないです……。だったら後藤さんなんて最初から存在しなくて、全部ぼくの勘違いとか幻覚っていうほうが可能性は高い。先輩が言いたいことはわかりますけど……」
先輩の言うことはきっと正しい。
ぼく以外のみんなが”そんな人はいない”と言っているのだから、普通ならきっとそれが正しいのだろう。
人間の認識とか記憶はとても曖昧で、事実とは違いことを思い込んでしまうことなんて、そう珍しいことでもない。それは先輩とオカルトを追いかけてきた活動を通して嫌というほど身にしみている。
それでも――。
「それでも――後藤さんとは、特別親しいってほどじゃなかったかもしれないですけど。その人と話したり遊んだりして、楽しいとか嬉しいって思った感情はぼくの中にまだあるんです。たとえ記憶が失われても、誰もが忘れたとしても。ぼく自身が忘れてしまったとしても、その感情が偽物だなんて思いたくありません」
「……だよな、お前らしいよ」
先輩はふっと微笑んだ。
そしてすぐに真剣な表情になって続けた。
「後藤さんがお前のイマジナリーフレンドではなく実在した女子生徒だという説をとるならば、彼女が存在ごと消失した理由はやはりそのUFOの写真にあると考えるべきだろう」
「UFOってつまり地球外生命体の乗り物ってことですよね? エイリアンの存在を隠したい組織みたいな人たちが隠蔽工作してる……みたいな話ですか?」
「宇宙人とは限らないぞ。どこかの国のステルス機かもしれない。軍事機密を守るために目撃者ごと周囲の記憶と記録を消して回っているのかもしれない。なんにせよ、人一人が存在した痕跡ごと消しされるとすればかなりの技術力と組織力を持っていると考えられる」
「……黒ずくめの男たちですね」
黒ずくめの男たち、アメリカの都市伝説だ。
宇宙人の存在を隠蔽するため、UFOの目撃者を黒服の男たちが連れ去ってしまう。
この都市伝説を題材にしたハリウッド映画が大ヒットしたので、近年では日本でも広く知られるようになった。
確か映画では、青白い光が出る道具で目撃者の記憶を消していたっけ。
「でもそんな映画みたいな話が現実に――」
ぼくの言葉は「ドン!」という突然の音に遮られた。
ドンドンドン! 図書準備室の扉が強く叩かれていた。
「こら、中で何してる! 勝手に鍵を閉めるんじゃない、準備室が使えなくて困っている生徒がいるだろう! 鍵を開けて出てきなさい!」
男性の声が聞こえた。何やら怒っているのか、焦っているのか。
まずい、先生だろうか。ぼくは立ち上がり、鍵を開けにいこうと扉に近づく――のを、先輩が制止した。
「やめろ、行くな」
「え、だって」
「あの声はここの教員じゃあない。教員の声は全部覚えているが、どれにも該当しない。アニメにでてくる声優を一発で当てられるダメ絶対音感を持つ俺が言ってんだ、信じろ」
バカみたいな話だけど、先輩が大真面目に言っているのは顔を見ればわかった。
ぼくは足を止め、
「どうするんですか?」
「窓から飛び降りる!!」
先輩は突然大声でそう宣言した。
そしてガラガラと窓を開ける。
「ええ!? ここ、三階ですよ!?」
「下は生け垣だ、死にはしない!! ここで捕まれば消されるかもしれないんだぞ、いいのか!? 後藤さんの存在を覚えているのはお前だけだ、そのお前まで消えたら本当に後藤さんは最初からいなかったことになるんだぞ!?」
「っ――!」
「いいな、俺を信じろ!!」
ぼくはもう躊躇しなかった。
差し伸べられた先輩の手を――とった。
☆ ☆ ☆
カチリ、カチリと金属音がする。
ピッキングだろうか、しばらくすると図書準備室の扉が開かれた。
開いた扉の向こうから、男が部屋に入り込んでくる。
それは、教師とは似ても似つかない風貌の男だった。
喪服のような黒いスーツに黒いサングラス。
日本人離れした長身に彫りの深い顔、青白い肌。
ポマードで塗り固めたオールバックの黒髪。手元は白手袋で覆われている。
黒ずくめの男だ――!
思わず声が漏れそうになるのを必死で我慢した。
「……窓から逃げたか」
男が呟いた。
その手には、ぼくのスマホが握られている。
準備室の机の上に残しておいたのだ。
先輩いわく、クラッキングされたということはスマホの位置情報をたどって追っ手が来る可能性が高い――と。先輩の読み通り、男はぼくのスマホをたどってここまでたどり着いたようだ。
「追跡に気づくとは……我らの敵対者たる”ファウンダリ”の構成員か……? それとも異常に勘の良い一般人か……?」
男はブツブツと呟くと、ぼくのスマホをポケットにしまった。
ああっ、スマホが――! 思わず出て行きそうになるけど、先輩はぼくをギュッと抱きしめて押し留めた。
そう、ぼくと先輩は掃除用具入れに身を隠していた。隙間から外の様子を伺っているのだ。
窓を開放したのも、大げさに窓から逃げるだなんて叫んだのもすべては先輩の演技だった。普通に考えて、生け垣があるとはいえ三階から飛び降りれば無事には済まない。
「クソッ、早く確保しなければ。”アレ”の証拠が流出してしまえば”本部”の介入もあり得る」
そう吐き捨て、苛立った様子の男が早足で準備室をあとにした。
足音が遠ざかるのを確かめたあと、ぼくと先輩は掃除用具入れから出る。
「ぷはっ! 息苦しかったぁ」
「おい、大声を出すな。まだあいつが戻ってくる可能性はあるんだぞ」
「す、すみません……」
そうしている間にも、先輩は窓の下を見下ろしていた。
ぼくも先輩に習って窓から下の生け垣を覗き込む。
「先輩?」
「見ろ、あの男だ」
「えっ」
「この角度だとあいつからは見えないだろう。生け垣を調べている。人間が落下した形跡がないのはすぐにバレるだろう。一杯食わされたと悟って、ここに戻ってくるかもな」
その時だった。
男の周りに、グラウンドで練習していた運動部の生徒たちが集まっていた。
不審者だと思ったのだろう、当然だ。不審な格好をしているのだから。
生徒たちがなにか言って男に詰め寄ろうとすると、男はスーツの左内ポケットからなにかを取り出した。銀色の棒だ。先端が青白く光っている。
「これを見ろ」
男が言って、生徒たちが視線を向けると一斉に生徒たちの動きが止まった。
なにやらぼーっとしているように見える。
その状態で、男は続けて言った。
「君たちは順調に練習をしていた。不審な男など見なかった。私に関する記憶はすべて消去される。さあ、練習に戻りたまえ」
すると、素直に「はい」と返答した運動部たちがグラウンドに戻っていった。
男は銀の棒をスーツの左内ポケットにしまうと、どこへ歩き去った。
「あれが記憶を消去する装置か。格好といい、映画のまんまだな――いや」
男の行動を窓の上から見届けた先輩はなにか合点がいったように呟いた。
「逆だ……映画があいつらをモデルにした……」
「先輩、ぐずぐずしてないで逃げないと、アイツが戻ってくるかもですから!」
「ああ……そうだな」
こうしてぼくたちは図書準備室をあとにした。
☆ ☆ ☆
「ホントにこんなショボい変装で大丈夫なんですか? それに、人通りの多い道なんか歩いて……」
「大丈夫だ。木を隠すなら森の中、と言うだろ。部活終わりの下校時間が一番見つかりづらい」
ぼくと先輩は結局、下校時間まで高校の中に身を潜めたあと、部活動終わりの生徒たちに紛れて歩いていた。
ぼくは「人気の少ない裏通りとかにしましょうよ!」と主張したけど、先輩は真逆の意見だった。曰く、学生の群れに紛れたほうが相手からすると判別する手間がかかるとのこと。
とはいえ変装しているとは言っても、ぼくは髪型を少し変えて、先輩のメガネを借りてかけただけ。不安で不安で仕方がなかった。
ていうか先輩、前に重度の近眼って言ってたけどこのメガネ、全然度が入ってないじゃん……。おかげで見やすいけど。
「そういえば先輩、さっき言ってたのはどういう意味ですか?」
「なんのことだ?」
「ほら、『映画があいつらをモデルにした』って」
「ああ、それか。この状況と同じだよ」
「え?」
「あいつらの格好は『メン・イン・ブラック』の映画とそっくりだろ。それに使っている装置もほとんど同じだ」
「確かに……映画を真似たのかと思うくらいでした」
「きっと逆なんだろう。多くの人間が映画のキャラクターとして奴らを認知することで、実際にその格好や装置を使う人間がいたとしても”本物”だとは思われにくい。まさに、木を隠すなら森の中ってヤツだ」
「そっか……普通の人があの男を見ても映画のコスプレだって思っちゃいますからね。さすがに学校の中まで入ってきたら不審者ですけど」
「誰かが『メン・イン・ブラックを見た!』と騒いでも、映画の影響を受けた奴らのたわごとだとか、勘違いとして処理されてしまう。下手に隠すよりも、適度にオープンにしたほうが世の中に紛れるのは簡単なんだよ」
「だから、ぼくたちも堂々と通学路で下校しているわけなんですね」
「そうだ」
こうしてぼくらは順調に歩みを進めた。先輩の思惑通り、下校する学生たちに混じって無事に駅までたどり着くことができた。
でも問題はここからだ。
「先輩、これからどうします?」
「家に帰るわけには……いかないだろうな。特にお前は素性がバレている」
「先輩の顔は割れてないですよね、先輩のおうちに泊まらせてもらうというのは……?」
「お前の交友関係をたどって俺にたどり着くのは時間の問題だ。現実的じゃあない」
「そうですか……」
しゅんとしてうつむいた。
べ、べつに先輩のお部屋に泊まりたかったとかそんな気持ちはないけど!
いやいや、だれに言い訳してんだぼくは……。
その時だったーー。
「伏せろ!」
先輩が叫んだ。
ぼくがとっさにかがむと、さっきまでぼくの頭があった場所を太い腕が通過していた。
先輩がぼくの服を掴んで引き寄せる。
見ると、さっきまでぼくが立っていた場所の背後にスーツの男ーーメン・イン・ブラックの一人が立っていた。
見つかった……!
「よぉ」
絶体絶命の状況だというのに、先輩は男に向かって気軽に挨拶した。
そんな先輩の意外な冷静さに驚いたのか、男は直立したまま先輩と向き合って呟く。
「貴様……今の動きを予見した? やはり”ファウンダリ”の”VSP”か……? それとも――」
「んなことはどうでもいい。ここは駅前だぞ? やり合うか? 衆人環視のこの状況で無理やり拉致なんてしちまえば、証拠隠滅はかなり手間だと思うぞ?」
先輩は不敵に笑う。挑発するように。
何を警戒しているのか、男は気圧されているように見えた。
そんな男の姿を確認すると、先輩はぼくに目配せをする。
あっ――。
衆人環視の環境、実力行使での拉致は困難と印象づけた意図。
そうか、ぼくにも先輩の狙いがわかった。
さっき、スーツの男は運動部に囲まれたとき何をした? 左の内ポケットから”記憶消去装置”を取り出した。
この衆人環視の状況で、格闘戦を行わずにぼくを拉致しようとするならば、やっぱり装置に頼るしかないんじゃないのか? 先輩はそこまで読んでいたんだ!
そして――現実に目の前の男はスーツの左内側のポケットに右手を突っ込んだ。
「「今だ――!!」」
ぼくと先輩がいっせいに飛びかかった。
いくら体格差があるといっても、片手がふさがった状態の相手に二人がかりだ。
二人分のタックルに男は体勢を崩し、倒れた。
男が落とした銀色の棒をすばやく拾った先輩は、ぼくの手を引くと迅速に人混みの中に紛れた。
まだ学生たちの下校時間だ。男の追跡から逃れるのは、そう難しくなかった。
☆ ☆ ☆
「はぁ、はぁ……」
走って、走って、走って。
いつの間にか夜になっていた。
たぶん、男の追跡からは逃れられただろう。
けど……。
「どこかに身を隠さないと……」
「俺の顔もさっき割れちまったな。どっちの家にも帰れない。当然、交友関係のある家もダメだろう」
「だったらどうやって……」
「ちょうどいいのがある」
先輩が指差した先。
そこには――「ご休憩:一時間1500円、ご宿泊:8000円」と書かれた、妙にきらびやかなピンク色の光る看板があった。
「やった、泊まれる場所――!」
走り続けて疲れ切っていたぼくたちは、救いの手に飛びついた。
☆ ☆ ☆
「ってここ、ラブホじゃないですかぁー!!」
「入ってから言うのかよ……」
「だだだ、だって! ぼくたちまだ高校生なのに……ラブホって!」
「ラブホラブホ連呼するなよ、とにかく身を隠せるだけマシじゃねえか。ほら、ベッドもあるし」
「二人用じゃないですか!」
「拉致されるトコだったんだぞ、贅沢言うな」
妙にムーディーな照明に彩られた部屋にぼくらは来ていた。
お城みたいなきらびやかな宿泊施設に入ったぼくたちだけど、ラブホテルだと気づいたのは自動販売機で部屋の鍵を受け取って部屋に入った後のことだった。
いや、先輩は気づいていたのかもしれないケド――ぼくは、その、心の準備が……!
「せ、せんぱい。妙に落ち着いてますね。もしかして……他の女の子とこーゆートコ、きたことあったりしてー?」
「んなわけあるか」
ぼくの入れた探りを、先輩は無慈悲に一蹴した。
で、ですよねー。ほっと胸をなでおろす。
二人とも初心者らしい。よかったー。何がよかったのかわからないけど、とにかくよかったー。
「とにかく追跡からは逃れられたし、これからどうするかはゆっくり考えるとして、だ。今は休息をとるのが先決だろうな」
「ですね」
「シャワーはお前が先に使え。走って汗まみれになってるぞ」
「お言葉に甘えて……」
先輩の指摘通り、追われる緊張感と走った疲れで身体が汗まみれだった。
制服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。
汗と一緒に、今日一日で蓄積した疲れがドッと吹き出てくる気がした。
そして同時に、一日まとわりついていた緊張から開放されたことで、麻痺していた恐怖が湧き上がってくる。
「あ……ぼく……誘拐されそうだったんだ……消されそうになってたんだ……」
今日一日で起こった出来事があまりにも怒涛の展開すぎて、逆に考えられなくなっていたのだろう。
後藤さんという人間は消えた。UFOの証拠写真をとっただけで、だ。
そして今度はぼくが狙われている。UFOの証拠写真を印刷して持っているのがバレたのだろう。他の人みたいに記憶を消されるだけじゃない、きっと後藤さんと同じで、あの男に捕まれば存在ごと消されてしまう。
「ヤダ……そんなの……怖いよ。消えたくない……忘れられたくない……」
捕まったらどうなるのだろう。きっと殺されるのかな。
でも、自分が殺されるだけじゃなくて、自分が生きていた形跡すら消されるんだ。
きっと家族も友人も――先輩も、ぼくのことを忘れてしまうだろう。
「助けて……助けて、先輩……」
ぼくはシャワー室の中で、震える身体を抱きしめた。
きっとこんな弱音は、シャワーの音でかき消されてしまうだろう。
それでいいんだ。外にいる先輩には聞かれたくない。
先輩は、ぼくを守るために必死になってくれてるんだ。ぼくが弱気になってどうする。助けられるだけじゃなくて、ぼくだって先輩を守らないと。
危険なのは、先輩も一緒なんだから。
「しっかりしろ――!」
パチン!
自分で自分の頬を叩いた。
☆ ☆ ☆
「先にシャワーいただきましたー」
汗だくの制服は干しておいて、恥ずかしいけどバスローブ姿で浴室から出た。
先輩はスーツの男が落とした銀色の棒をなにやらいじくり回して難しい顔をしていた。
「へへっ……スッピン見られるとか、恥ずかしいんですけどね……」
気まずくてそんな軽口を叩いてしまう。
先輩は集中しているからか、さらりと返答する。
「ノーメイクでも可愛いぞ」
「へぁ……!? ななな、何言って……!」
ぼくがワナワナと唇を震わせるのをまったく意に介さず、先輩は銀色の棒をイジくっていた。やっぱり集中しているからだろう。返事が適当になっているに違いない。
いやでも、もしかして先輩は普段からぼくのことを「可愛い」と思っていてくれているのでは? なんてつい期待してニヤニヤしてしまう。
「何ニヤニヤしてんだ?」
やっと銀色の棒から目を離した先輩はぼくを呆れたように一瞥して言った。
コイツ……人の気も知らないで……!
ぐっと怒りを飲み込む。先輩は巻き込まれただけだ。ぼくを助けようとしているだけなんだ。
ぼくはベッドに腰掛ける。先輩の隣に座った。
「なにかわかりましたか?」
「いや、全然? この”記憶消去装置”は未知の技術でできているみたいだ。素材も……こんな金属素材は見たことがない」
「地球外のモノ、ということでしょうか?」
「あるいは、どこかの軍の新兵器か」
沈黙するのが怖くて、ぼくは次々と先輩に話しかけてしまう。
「そ、そういえばさっきあの男が言ってましたね! ”ファウンダリ”だとかなんとか。先輩その構成員? みたいに疑われてたみたいですけど。先輩は知っているんですか?」
「いや、まったく知らん。ただ、あいつはその単語を2回も口にした。”ファウンダリ”ってのは、こんな技術力を持つ組織ですら警戒するレベルの敵対組織のようだな」
「ファウンダリ……って、英単語ですよね?」
「ああ、半導体を生産する工場のことだ。代表的企業は台湾のTS○Cだな」
「そのT○MCってすごい技術を持ってる大企業なんですよね、その企業があの『メン・イン・ブラック』と敵対してるってコトですか?」
「いいや、そういうワケじゃあないと思う。TSM○が先端技術を持つ企業とは言っても、UFOや記憶消去装置を作れるような組織と釣り合うとは思えない。たぶん、半導体工場という意味で使っているワケじゃあなくて、隠語かなにかだろう」
「じゃ、じゃあ”VSP”という単語は?」
「全くわからん。”ファウンダリ”の構成員を指すコードかなにかだろう」
「そうですか……何か彼らに対抗する糸口になると思ったんですけど……」
ぼくはベッドに身体を投げ出した。
先輩はベッド脇に座ったまま、顎に手を当てて考え事をしていた。
「対抗、対抗する糸口、か……」
「先輩?」
「なあ、俺達は普通の高校生二人だ。相手は超技術を持った組織だ。規模は不明だが、かなりの巨大組織だと思う」
「そう……でしょうね」
「そんなヤツらに、俺たちごときが対抗なんてできると思うか?」
「……」
そう、だよね。
先輩の言うとおりだ。対抗なんてできるわけない。
ぼくたちは今夜は逃げ延びられたかもしれない。
でも明日は? 明後日は? 逃げ続けてどうなる?
先はあるのだろうか?
それに、家族や友人は? 人質に取られたらどうする?
今ごろすでに、あのスーツの男がお母さんを拉致しているかもしれない……。
結局、ぼくらが逃げ続けるなんて……。
「先輩、どうしてぼくは後藤さんのことを覚えているんでしょうか?」
そして、ついにぼくはその疑問を口にした。
「覚えていなければ、こんなコトにはならなかったかもしれないのに」
「理由はいろいろ考えられる。たぶん、お前がUFOの画像を”印刷”しちまったのが大きな原因だろうな。デジタルデータと違って、簡単には消せない証拠が残っちまった。知っての通り、人間一人消すには周囲の関係者の記憶や書類も含めてかなりの処理が必要だ。たぶん、後藤さんの”処理”をすすめるうちにお前の存在に気づいたんだろうな。お前の記憶を安易に消せば、お前がUFOの写真を何枚印刷して、誰にバラまいたのか全てを追跡して処理するのはかなり難しくなる。お前の記憶を消さないまま拉致する必要があったんだ。だから後回しになった」
「捕まったら、尋問されたり拷問されたりしますか?」
「かもしれないな。超技術の自白剤なら苦痛はないかもしれないが」
「ぼくが逃げ続けたら……家族が捕まるかもしれないですよね」
「そうかもな」
「……どうして、こんなコトに……先輩まで巻き込んで……ぼくは、ただ……!」
あまりの状況に頭がパンクして、ついに泣き叫びそうになった。
その時だった。
「もういい」
「っーー!?」
先輩が覆いかぶさってきた。
ベッドに倒れたぼくの身体の上に。
「もう考えるな。お前は悪くない」
「先輩……せんぱい……」
「自分を責めるな。こんな状況になったのはお前のせいなんかじゃあない。俺だって、自分で望んで首を突っ込んだんだ」
「どうして……どうして先輩は、ぼくなんかのこと……! いつも助けてくれるんですか……!」
「……」
先輩はそれ以上何も言わなかった。
ただぼくを上から見つめていた。
え――? これって……?
ドクン、ドクンと高鳴るぼくの心臓が叫んでいた。
ラブホテル、一緒のベッド、バスローブ姿のぼく。
そして覆いかぶさってくる男の子。
これって……「そういうコト」なんじゃ……?
「え、せんぱい……ホンキですか、ぼく……心の準備が……」
「ホンキだ。いろいろ考えたが、この状況は詰みだ、打開は不可能だ。対抗することもな……だからせめて、今夜は全部忘れて眠るしかない」
「えっ、うそ……」
「今夜は俺が全部忘れさせてヤるぜ」なんて先輩らしからぬレディコミのイケメンみたいなセリフを口にした先輩。
先輩の真剣な顔が、吐息が触れ合うくらいの距離にあった。
あ、ああ……ダメ。もう、ダメ。だけど……先輩がそうシたいなら……。
ぼくは覚悟して目を閉じた。
するとなにかゴソゴソと取り出す音がして、先輩が言った。
「目を開けろ」
「へ――?」
目を開けた瞬間――飛び込んできたのは銀の棒と青白い光。
これ、”記憶消去装置”!?
「せんぱっ……使い方っ、わかって……!?」
「悪いな、この方法しか思いつかなかった。お前はUFOと写真に関する記憶を全て忘れる。友達の後藤さんについても、黒スーツの男についてもすべて、だ。そして安らかに眠る。起きたらいつもどおり、平和な日常に戻るんだ」
「せんぱ……ダメ、ヤダ、やめて……それじゃせんぱいは……」
頭の中が青白い光に包まれてゆく感覚。
記憶が改ざんされるってこういうコトなのか。
ふわふわとした浮遊感に包まれる中、ぼくは先輩が何をやろうとしたのかふと察した。
ああ、たぶん先輩はぼくを残して一人で決着をつけようとしているんだ。
ぼくだけは助けるために。
そんなの……絶対ダメなのに……。
だけどぼくの意識はそこで途絶え、青白い光は消えて。
全てが闇に包まれた。
☆ ☆ ☆
なぜだかその日の目覚めはスッキリしていた。
不安とか恐怖が一気にとりさらわれたみたいに、爽快だった。
いつものように学校に行って、いつものように授業を受けた。
いつもどおりのクラスメイト、友人に囲まれる日常。
こんないつもどおりの平和な日々は楽しいけど、やっぱり一番は放課後だ。
そう――ぼくは放課後が好きだ。
軽い足取りで廊下を歩いた。
目的地は当然、図書準備室。
ぼくはそこで待っている人に想いを馳せ、ウキウキ気分で扉を開けた。
「せんぱーい! 先輩の可愛い後輩がきましたよー!」
「……」
先輩からの返事は帰ってこなかった。
図書準備室に以前先輩が勝手に持ち込んだソファで眠っていた。
「先輩? せんぱーい?」
ぼくは先輩の頬をツンツンとつつく。
反応なし。息はしているから死んでいるワケじゃないけど。
ぼくは先輩の耳に唇を近づけ、こう囁いた。
「せんぱーい♡ 起きてくれないとちゅうしちゃいますよー♡」
へへっ、寝てるからって大胆すぎたかな?
その時だ、先輩は「ううー」とうめき声を漏らして目を覚ました。
「うるせーな……寝かせてくれよ」
「先輩、ずいぶんおネムなんですね? 昨日の夜は好きなアニメの一挙放送でもあったんですか?」
「まあ、そんなトコだ……昨晩の間に、いろいろとな……片付けた……」
「えらいえらい、がんばりましたね、先輩♡」
「コドモあつかい、すんな……」
先輩はぼくのナデナデ攻撃を振り払うと、再び眠りに落ちた。
このままだと、ぼくがソファに座れないじゃない――べつに椅子に座ってもいいけどさ。
ぼくはよいしょ、と先輩の頭をいったんどけてソファに座った。ぼくの膝の上に先輩の頭を乗せ直す。
う、うわ……膝枕じゃん。
先輩が寝てるからやりたい放題やってるけど、なんか今日のぼくって大胆過ぎない?
自分で自分の行動にツッコミを入れる。
だけどなぜだか、今日は先輩をねぎらってやりたかった。
「お疲れ様。頑張ったね、先輩♡」
そうやって頭をなでてあげたかった。
そうしているうちに時間が過ぎて、ぼくもうつらうつらとしてきた夕方。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ! バイブレーションが鳴った。
先輩のポケットからだ。これでも先輩は起きようとしないので、ぼくは先輩のポケットからガラケーを取り出した。
どうやら、メールが来たらしい。
「せんぱーい、メールが届いてますよぉー? せんぱーい? 勝手に見ちゃいますよー。うわ、ロックかかってない。先輩こういうの不用心すぎというか、無頓着すぎっていうか……」
呆れながら先輩のガラケーを覗き込んだ。
はっきりいって良くないことだと思う。他人のケータイを覗き見るだなんて。
だけどなぜか、ぼくの脳裏には「女の子とラブホテルに入る先輩」という謎の光景が思い浮かんでいたのだ。
「コホン……そ、そうだよ。先輩が悪い女と不純異性交遊を働いていないか見張るのも、可愛い後輩の努めなのです」
謎の言い訳をしながら、届いたメールを開いた。
そこにはこう書かれていた。
『その提案を飲もう』
どういう意味?
差出人を見る。後藤? 知らない名前だった。
メールのツリーをさかのぼって、後藤さんという人が返信した、先輩からのメールを見る。
すると、先輩から後藤さんへのメールには不可解な文面が書かれていた。
『よう、このアドレスにメールを送ればあんたが監視してると思ってな。さっきは駅前でタックルしてすまなかった。痛かっただろ? あと、あんたの大事なモノを盗んだのも、一応謝っとく』
『あんたの心配している”当事者”はもう全部忘れたよ。仕事の手間が省けて助かっただろ? あいつと周囲の家族・友人の安全は保証してもらいたい。え、お前が俺の指示に従う理由があるのかって? あるんだよな、コレが』
『あんたは今、任務中に大事なモノを無くして困ったことになってるんじゃないのか? 秘匿すべき技術を隠蔽しようとしたら、さらに秘匿技術の物的証拠を流出させることになった。これで今、俺が保有する物的証拠は二つになった。”写真”と”棒”だな。コイツは大失態だ。このことが”本部”に知れれば立場が危ういかもな?』
『おっと、実力行使で取り返そうとしても無駄だ。二つの証拠は別々の場所に保管され、俺たちどちらかに危害が加わればその瞬間”ファウンダリ”に証拠が届くようになっている。あんた一人では片方を阻止しても片方の流出は避けられないってわけだ。だからって他の人員を呼べば、あんたの失態は組織にバレてしまう状況なワケだ。絶体絶命だな』
『というわけで俺から提案がある。まず”棒”はあんたに返す。コイツを持っていても俺たちが危険なだけだからな。そして俺たちの安全が保証されたら”写真”の隠し場所も伝える。ただし、俺がコピーをとっていないとは限らないがな。だから賢明なあんたは今後二度と俺たちに手出しできないというわけだ。とはいえ、写真を一枚組織に持って帰ればあんたも格好がつくってもんだろ? 互いにWin-Winの結果が得られる』
『さあ、この提案を飲むか?』
全然意味がわからなかった。
だけどなぜだか惹かれるものがあって目を奪われる文章だった。
「人の携帯を勝手に見るな。悪趣味だぞ」
画面を食い入るように見つめていたぼくの手から、突然先輩の手がケータイを奪った。
「起きたんですか。まだ下校時間まで少しありますよ?」
「そうか……じゃあまた、一眠りすっかな……」
「ですです、後輩の膝枕でお眠りなさーい♡」
「お言葉に甘えて……ここが一番安心して、眠れるから……」
先輩はまた、目を閉じた。
図書準備室に静寂が流れる。
窓から夕日が差し込んでくる。
『――その人と話したり遊んだりして、楽しいとか嬉しいって思った感情はぼくの中にまだあるんです。たとえ記憶が失われても、誰もが忘れたとしても。ぼく自身が忘れてしまったとしても、その感情が偽物だなんて思いたくありません』
なんでだろう。急にそんな言葉が思い浮かんだ。
これは誰の言葉なんだっけ? 覚えてないや。
だけど膝の上で眠る男の子が急に愛おしくなって――ぼくは。
「おやすみ、せんぱい」
彼の、ちょっと長めの前髪をかきあげる。
身をかがめて。
先輩のおでこに、そっと口づけをした。
FOLKLORE:Unidentified Flying Object END.
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