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再会

「見せたい写真があるんだ。三日後に、いつもの喫茶店で」



 彼氏から、久しぶりの電話があった。何ヶ月間も音沙汰なしで、それでも私は何の心配もしていなかった。だって、連絡がないことは、彼と付き合ってから、よくあることなのだもの。何の前ぶれもなく、突然ふらっとどこかに消えてしまい、そしてまた何の前ぶれもなく、舞い戻ってくる。一年くらい音信不通の時もあった。どうせまた、しばらくたったらどこかに行っちゃうんでしょ? そう思いながら、数ヶ月ぶりの彼の電話を受けていた。本当に、勝手な人。私の心を、乱すだけ乱しておいて、知らんぷりを決め込む。私があなたのことで散々思い悩んできたことを、知っているくせに。あなたはいつもそう、私と一緒にいても、その目は、私を見ていない。その耳は、私の声を聞いていない。その心は、私のところにはいない。あなたは、私の理解なんて到底及びもつかないものに、心ときめかせてて、私よりも、そっちを愛している。あなたにとっての私って、何? こんな私なんて、あなたには必要ないんじゃないの? どうして、好き勝手に私の心を荒らして、それでいて、それでいて私をあなたにつないでおくの? つながれたまま無視されている、私の心を、考えてみてよ。なんで、なんで、いつも、あなたは……。

「写真?」

「そうそう。ぜひ、君に見せてあげたいんだ。いいお土産になると思って、それだけ考えて、撮ってきたんだ。君のためさ。僕の愛する君の、ね」

僕の愛する君、ですって? 何回同じセリフを言えば、気が済むのかしら。電話のたびにいつも、愛する、愛する、愛する、なんて。そのあなたの、愛する君、が、あなたのことでこんなにも憔悴しきっているっていうのに、よくもまあ、そんなのん気なセリフが言えるのね。私がどれだけ精神的に思いつめている状態なのか、知ってるんでしょ? 知っていながら、愛する君、とか言って、私をからかってるんでしょ? 

「……ふーん」

「なんだ、つれないな。まあいいや、とにかく、三日後に、いつもの喫茶店でね。君のかわいい笑顔に会えるのを、楽しみにしてるよ」

「あ、ちょ、ちょっとぉ」

言い返す間もなく、電話は切れてしまった。いつものように。

 電話の後、私に残ったのは、やり場のない空しさと、悔しさ。

 一体、私は、あなたとこれからどんな風に付き合っていけばいいの? あなたはいつもそう、一方的に、私に何も知らせずに、どこかに行ってしまう。自分の好き勝手にして、私のことは、ほったらかし。あなたは、したいようにできるんでしょうけど、私は、全然、したいようにできてないの、ねえ、あなたにとって、私は何なの? ふりまわすだけふりまわしておいて、私にかまおうとしない。これからも、私は、あなたのために苦しみ続けなければならないの? あなたは、悪い人なのよ、知ってた? 私の心を、知らないうちに、踏みにじっている。そりゃ、あなたに自由を許してしまっている私にも、落ち度はあると思うわ、けど、それにしたって、私のこの心の苦しみの大きさは、割りに合わない。

 だめだ。だめだ、だめだ。言おう。あなたに、私の本当の気持ちを、言おう。もう耐えられない。胸が、苦しいの。私のこの苦しさを、少しでいい、お願い、わかって。



 予想通り、彼はもう来ていた。これも、いつものことだった。待ち合わせの場所には、いつも決まって、彼は、私より先に来る。私がどれだけ早く行っても、必ず、私より先に来ていて、それでいて、涼しい顔して、私を迎える。

 そこがまた、悔しい。私の行動が、心が、あなたに見透かされている気がして、私は、どうしようもなく悔しくなる。

「よう、久しぶり」

あっけらかんとした、彼の声。なによ、女をこんなに泣かしておきながら。恥知らずも、いいとこだわ。

「……うん」

「なんだ、どうした、浮かない顔だな。まあ座れよ。いつものように、アイスレモンティーでいいだろ?」

彼と喫茶店に来たら、いつも私は、アイスレモンティーを飲む。レモンのすっぱさが、私の切なさをかき消してくれる気がするから。

 レモンティーが運ばれてきた。私は、黙って、ストローに口をつけた。

 気まずい沈黙。いざ彼を前にしてみると、話す言葉が思いつかない。目の前にいる彼に、何を言っていいのかわからない。好きな男の前では、私は、無力だ。どうしよう、何か、言わなくちゃ。今日こそ、私の心を、あなたに、伝えなくちゃ。

「あ、あのね……」

「うん? 何?」

「その……」

「うん」

「ど、どうして、帰ってきたの?」

「へ?」

「ま、また、どっか、行っちゃうんでしょ? なのに、どうして、帰ってきたの?」

「ははは、どうしたんだよ、急に」

「……」

「知りたい?」

「……」

「どうして帰って来たのか、知りたい?」

「うん、知りたい……」

「君に会いたいからだよ」

「……」

「それしかないじゃないか。他に何がある」

うそ、ばっかり!

「……なら、もう、どこにもいかないで! 私は、あなたに、ずっとそばにいて欲しいの。一緒にいて欲しいの! あなたがそばにいないと、私は、すごく苦しいの。つらいの。あなたに会いたいときに会えない、あなたの声をききたいときにきけない、あなたと手をつなぎたいときにつなげない、あなたになでて欲しいときになでてもらえない、あなたに抱きしめて欲しいときに抱きしめてもらえない! つらいのよ、とっても。ものすごくつらいの! ねえ、私に会いたくて戻ってくるのなら、お願い、もう、どこにもいかないで! ずっと私のそばにいて!」

ああ、言えた。全部じゃないけど、言えた。

「ははは、それは、できないんだ。ごめん。それとこれとは別なんだよ、どうしてもね。君と一緒にいるということと僕がしたいこと、これは、別なんだ」

また、わけのわからないことを言う。君と一緒にいることと僕がしたいことは別、って、一体、どういうこと? 私と一緒にいることがあなたのしたいことなんじゃないの?

「まあ、もうちょっとだけ、待ってくれよ。だいぶ見えてきたんだ。もうすぐ、本当に迎えに来る」

「迎え?」

「結婚しよう」

「え?」

「……」

「結婚?」

「うん。結婚しよう」

「……ふーん」

「どうしたの?」

「ねえ、それ、言ったの、何回目か、覚えてる?」

「一回目」

「……」

「どうしたの?」

「……あなたって、ほんっとに、最低! どうして、そんなうそが、平気でつけるの!? 会うたんびに、結婚しよう、結婚しよう。あなたはいつもそう、私に期待させておいて、その期待を裏切って、私を傷つけて。私はね、毎晩毎晩、あなたのことを考えて、泣いてるのよ。夜寝る時にベッドに入って目をつむると、あなたの顔が浮かんできて、愛おしくなって、あなたが隣にいてほしくなって、それで、涙がとめどなく溢れてくるの。私は、毎晩、あなたのことで傷ついてるのよ。自分では知らないんでしょうけどね、あなたは、私を、女を、泣かしているのよ。素知らぬ顔して、いつもヘラヘラ、まるで何事もなく自分はこの世の誰にも迷惑をかけていませんって顔して、自分のしたいことを、自由に何のはばかりもなくしてるけどね、実際のあなたは、今目の前にいる私に迷惑をかけているのよ。私を、傷つけているのよ! いいわよね、あなたは、私から逃げたいときに逃げることができて。私は、できないの。逃げられないの! あなたから、逃げられないの! 私から離れている間、あなた、私のことを少しでも考えたことがある? こんなにズタズタになった、私の心を、あなた、少しでも、思いやったことがある? ないんでしょ!? そうなんでしょ! あなたは、私のことなんて、どうでもいいのよ。あなたは、あなたは、私の、こと、なんて……」

呼吸が乱れ、涙が出てきた。溢れる感情が、大海の波のように、流れ出ていった。

「そうよ、あなたは、私の気持ちなんか、心なんか、考えたこと、考えた、こと……」

「……ある」

「何ですって!」

「僕は、いつも、君の事を、君の心を、思いやっている」

「うそ、ばっかり!」

「本当さ。君の心を傷つけてしまっていたことは、うすうす、気付いていたんだ。僕は、君の心を追い詰めてしまっている。ちゃんと、わかっているんだ」

「うそ! うそうそうそうそ、うそ!」

「本当だ、信じてくれ」

「うそ! 信じられない!」

「傷つけてしまっていると知ったところで、僕には、どうすることもできなかった。どうしていいか、わからなかったんだ。どうすれば治らない傷のついた君の心を、癒せるのか、思いつかない。全て、僕の責任だ。申し訳ない。最初は、軽い気持ちだったんだ。それがまさか、ここまで深刻になるなんて……。気がついた時には、もう、遅かった。今の僕の人生は、君への、罪滅ぼしのためにだけ、存在しているんだ」

「……また、適当なこと、言った……」

「適当じゃない! 本心だ! 今更君の傷ついた心を僕が救おうなんて、そんな虫のいい話はない。でも、せめて、僕がいつも君の事を考えて、君の心を想っていたということ、君の心を僕なりにわかっていたということを、君に示したいと思ったんだ。そう思って今日、僕が旅先で撮った、一枚の写真を、君に見せようと決心したんだ」

そう言うと、彼は、ズボンのポケットから、一枚の写真を取り出し、テーブルの上に裏返しに置いた。

「何の、写真なの?」

「いいから、見てごらん。僕を傷つけたいなら、見なくてもいい。僕が傷つくことが君への罪滅ぼしになるのなら、それでかまわない」

迷う。

「僕は、傷ついてもいい。それが君のためになるなら」

あなたを、傷つけたい。でも、傷つけたくない。

 彼の目を見た。彼は、泣いていた。どきっとした。この人を、泣かせたくないと思った。

 私の心をわかっているという証拠の、写真。

 そっと、裏返した。

「これは、何?」

「ダイヤモンドダスト」



真っ暗で何もない雪原の写真。あるのは、雪原と、闇と、きらきらときらめく無数の雪の結晶たち。カメラのフラッシュを受けて、闇と氷の世界の中、儚く、綺麗に、輝いている。



「真っ暗闇の雪原の中で、砕けてしまった君の心が、雪の結晶と化し、美しく舞い踊っていた。ただ果てしなく続く冷たい氷の闇が支配する世界で、君の心が、空しく、さまよっている。君の心を、粉々に砕いてしまったのは、僕。君の心を冷たい闇の中でさまよわせたのも、僕。全て、僕のせいだった。その写真は、君の心を、そして、僕の罪を、写し出している。そのダイヤモンドダストの中に、君の心を見つけ出したんだ。その写真の景色こそが、正に、僕が思っている、今の君の心そのものなんだ」



 言葉が見つからなかった。彼の告白をきいて、返す言葉が見つからなかった。

 そして、彼は、私に、こう言った。

「僕はいつも君のことを考えている」




 少し、怖かった。愛する男に想われているという事実が、私を怯えさせていた。

過去作です。


評価と感想、待ってます、よろしくお願いします。


優しい感じでお願いします。

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