最期の七日目
もう地下に帰りたい、
いいことなんて
地上には何もなかった、
ユートピアなんてなかった。
七日間地上を
彷徨い続けたポップは
ずっとそう思い続けて来た。
そもそもはあの街娼の女に
金を巻き上げられたのが
原因ではあるのだが、
そうでなかったとしても
地上に居れば
すぐに誰かに所持金を
強奪されていただろうことは明白で、
むしろちゃんと
交尾させてくれた分だけ
あの女は優しかったのではないか
そんな風にすら思える。
あの交尾の甘美な時間だけが
ポップにとっては
地上で唯一のいい思い出だ。
-
貧民街に戻り
道に倒れているポップ、
その周囲に人間達が集まって来る。
もちろん優しさなどではない、
セミ男が死ぬのを待っているのだ。
生きているセミ男を殺すのには
さすがに抵抗がある人々でも
死んだ後であれば何も問題はない、
死んですぐのセミ男の肉体から
臓器を取り出して売れば
そこそこの金にはなる、
そうした臓器売買目当ての
ハイエナのような者達が
ポップが死ぬのを
今か今かと待ち侘びていた。
多数のセミ男達が
絶命して行く姿を
見て来ている地上の人間は
セミ男が地上では
七日間の命しかないことを
知っている。
むしろ知らないのは
当の本人であるポップだけ。
そして、地上の人間達は
セミ男の死骸のことを
『セミの抜け殻』と呼んでいた。
「お前達、こんなところで
セミの抜け殻を待ってるんじゃない」
そう言って現れた白髪の老人、
彼は自らを管理局の者だと名乗った。
「ちっ、管理局が来やがった」
集まっていた人間達は、
舌打ちをしながら散って行く。
「どうやらお前さんも
地上に来てから
ロクな目にあってないようだな」
倒れているポップに
話し掛ける老人、
だが起こそうとする訳でもない、
ポップがもう立てないことを
老人は知っているのだ。
「しかし、お前さん、
残念だが、もうここで死ぬ、
今日が七日目だから」
突然の言葉に驚くポップ、
いやそんな予感はしていたのだ、
地上に上がって来てから
急激に体調が悪くなって行くのを
自分自身でも分かってはいたのだ。
だがそれはまだ
地上に適合出来ていなからだ、
そう思い続けていた。
「お前さん達、セミ男は
人間が地下で働き続ける為に
人工的に生み出されたミュータントだ
セミ男の寿命は
きっちり七年と七日
それが過酷な地下で働き続けることと
引き替えにした代償
七年間を地下で働いてもらって、
最後の七日間だけは
地上に出て来てもらう、
こうして抜け殻を
回収しやすいようにな」
「地上に出て来た
セミ男達のほとんどが
お前のように地上に
落胆して死んで行くよ……」
朦朧とする意識の中で
ポップは老人の言葉を聞いていたが、
激痛に襲われて、
それもいつしか
耳に入らなくなっていた。
ポップが苦痛に転げて
うつ伏せになった瞬間、
その背中から魂が
大きな羽根を広げて
空に飛び上がる。
それはまるで
幼虫の背中が割れて
中からセミが飛び出すかのように。
ポップの魂は
羽根を羽ばたかせて
天高くへと昇って行く。
これがセミ男の亡骸が
『セミの抜け殻』と呼ばれる
由縁でもある。
「逝っちまったか……」
老人は飛び立った
ポップの魂を見送った。
-
天空ではこの世界の天使達が
麦藁帽と虫取り網を持って
待ち構えている。
天使は死神同様に
魂の管理者でもあり、
魂が彷徨うことのないように
正しく導かなくてはならない。
天使達はセミ男の魂を
網で捕まえることを
『セミ捕り』と呼んでいた。
天使に捕まったセミ男の魂は
前世の記憶を一切消されて
この世界の人間が造り出した
新たな人口ミュータントの魂として
再び地下の施設に
戻されるこになる。
自らが願った通り、
ポップの魂は
再び地下施設へと
帰ることになる、
前世の記憶はないが。
セミは地中で七年の時を過ごし、
地上に出て来て七日間で
絶命すると言う。
人間達はそれを可哀想だと言うが
果たして本当にそうなのであろうか、
それはあくまで
人間の価値基準で判断したもので、
地中にいるセミは
それが幸せなのかもしれない。