寝坊しました
異世界生活34日目。
おはようございます。朝から不調です。
がっつり寝坊しました。
昨夜の出来事で寝れなかったとかありますけどね。まあ、続きは今度とか言われるとか刺激が強すぎると思うんですよ。
その結果が寝坊で、どのくらい遅かったかと言えば心配されたゲイルさんに部屋の扉を叩かれて飛び起きる始末……。今までなかったですからね。
ものすごい良い夢を見た気がするんですよ。起きたくなかったような夢の残り香を感じます。
「おはよ、って、どうしたの?」
「おはようございます。寝坊しました」
ぼんやりと起きてきたユウリに答えました。いつもとは違ってダイニングの椅子に座っているわけです。朝食はゲイルさんが作ってました。
クルス様は既にお出かけ済みです。見送りたかった……。
「回路が繋がったら普通は熱出して三日は寝込む。起きてるだけで大したもんだよ」
「熱っぽい気がするんですよね」
全く立ち上がる気になりません。だるい気がします。昨日はそんな気配すらなかったのに。
ユウリが珍しいもので見るような視線を向けて来ましたが、相手をする気にもなりませんでした。
ゲイルさんは仕方ないなと言いたげに用意も全部してくれました。ユウリも右往左往しながら手伝いっぽいことをしてました。本当に慣れてない感じがして微笑ましいような邪魔くさいような。
「すみません」
「無理に元気なふりしなくていいぞ。弱みくらい見せればいいと思うんだがな」
「気にされて行かないとか言い出しそうなので。甘いって言うか過保護って感じがしますね」
元々気が進まない用事なんですから、これ幸いと放棄されそうです。
良くないと思います。
ゲイルさんがくつくつ笑ってました。ユウリは朝食のほうに気が向いてますね。腹ぺこキャラでしたっけ?
オムレツと素朴な丸パン、ゆでた野菜が申しわけ程度についてます。果物は別皿にざっくり盛られていて、ご自由にどうぞといった感じですね。
「上手になりましたよね」
最近、オムレツにはまったらしいゲイルさんがドヤ顔してます。あ、食べる方ではなく、作る方に。
なんだか凝り性ですよね。ゲイルさんはニュアンスより手順を正確にこなす方が好きなようです。
「料理出来ないのって俺だけ?」
「魔導師は共同生活させられるから仕込まれる。一般的には出来ないものなんじゃないのか?」
「そうかも。いや、軍ではやらされてたような……」
「それで何で出来ないんですか?」
「ん? 誰かが世話焼いてくれた、かな?」
報われませんね。白い目で見れば、ユウリは気まずそうにそっぽを向かれてしまいました。
憶えてないとかどうなんでしょう。たぶん、その場では礼をいったり労ったりしたと思うんですけど。
その他大勢以上にはしないんでしょうね。
そこにいた誰かが、あっさり死ぬような場所にいればそんな感覚になるんでしょうか。指揮する側なので、多くの死をつくるわけですし。
「うまっ! な、なんで、俺の日常の食事ってあんな貧相なの? みんな俺の事嫌いなの?」
「変に健康を意識しないのが、うまいコツ。つまりは健康とかそういうの留意されているんだろう」
「不健康でいいからおいしいもの食べたい。あ、レシピ、書けるだけ欲しい。頑張るし、フォローするからっ!」
……なんでしょうね。そんなにおいしくないもの食べてるんでしょうか。
なんだか可哀想な気がして用意することを約束しました。
それくらいでご機嫌になるとかちょろくないですか?
「昨日、言い忘れたが、魔導師となったなら魔導協会に報告する。これは魔導師が未登録の魔導師を見つけた場合の義務だから無視するわけにはいかない。かなりきつい罰則がついているから悪く思わないでもらいたい。
それで魔導師としての登録をするから呼び名を決めて欲しい」
「アーテル、ということにしました」
「聞いたことのない音だな。異郷の言葉か。調べて問題がなければそれで登録する。ただ、今のところは来訪者だの言わずに見つけたから義務で届けた、制御方法を教えるための師弟関係を結ぶ、程度でしか伝えない。
ま、勝手に推測して都合良く手続きしてくれるだろう」
「……誰にとって都合がいいんでしょうね?」
「相互の協力体制が得られる程度には、だろうな。調整役はリリーが担ってるから悪いようにはしない、と思う。たぶん、きっと」
言っているうちにゲイルさんも少し不安になってきたようですね。悪い人ではないと思うんですけど、今の好感度だと組織の方が優先される気がします。
ゲイルさんはそのあたり自由な気がしますね。魔導協会が色々言ってくるけどどーする? みたいな気軽さがあります。
「魔導協会も過去にやらかしたことあるから、そこは注意するだろう」
「なにしたんですか」
「あ、俺知ってる、拉致監禁薬漬けとかやったやつ」
「……は?」
ユウリが楽しげに言ってますけど。ゲイルさんはため息をついてます。
「ずいぶん前らしいから正確なことは誰も記録してないんだが。
まず、来てすぐ売られたらしい。で、貴族かなんかに買われて、薬というか魔法薬でぼんやりさせていたらしい。
で、出入りの魔導師が気がついて拉致というか救出して薬抜くとか対処していたら全部、悪いのを魔導師のせいにされて、最初に買った貴族が被害者面したという事件があった」
「あ、そういうヤツなの? 俺が聞いたのは貴族側の話かな。正気を失っているように見えたから保護したとかなんとか聞いた」
「それもな、元の世界に帰りたいとかなんとか訴えた結果とか伝わってる」
ユウリは何とも言い難い表情ですね。
何も知らない一般人相手にうっかり元の世界がとか言えば正気を疑われたわけですか。
「アーテルちゃんは、ディレイに拾われて本当に良かったな」
「そ、そうですね……」
おそらくどこにいてもクルス様のとこに送られた、なんて話はしてないのでユウリからの同情の視線にいたたまれない気分になります。
そう言えば、クルス様からこういう話を聞いたことがありませんね。
「まあ、でも、現状を見て拉致監禁とか言い出すバカがいそうだけど」
……うん。ユウリ一度その口を閉じましょうか。
そんな思いを込めて軽く睨めばついっと視線を逸らされました。
「出来る限り悪く言われないようにするけどさ。多少は仕方ない。久しぶりの来訪者が現れたと思ったら、先約が決まってるとか付け込む隙がないとか悪夢にも思えるだろうし」
「なにかこう、勝手に期待して勝手に失望されたような気がしますが……」
「俺と縁戚になるのは失敗しているから、余計期待するんじゃないかと気がついた。いやぁ、ゴメン。さっさとローゼと結婚するから。そっちもしたら?」
「……そのくらいの軽い気持ちで言われると何か殴りたくなりますね。相手の同意ってどうなりました」
「あれが嫌がっているように見えんの? 逆に知らない間に嵌められないか心配するレベルだと思うけど」
「言われたら断る理由はありませんねっ」
自棄のような気分で言ってしまいましたよ。
……うーん。やっぱり熱が上がって来ている気がします。少々ふわふわすると言いますか、いつも以上に自制がきいてません。
ああもう本当に離れるとか無理じゃないですか。最後の言い訳もなくなってしまいましたからね。口説けばいいんですか。
どうやって?
言える分は言ってしまったのですから、相手が絆されるのを待つくらいしかありませんよ?
……少し、冷静になりましょう。世の中には常に振られる可能性もあります。そうです。うまく行かないときだってあります。少しばかりテンションが下がってきましたよ。
振り切れたときの姉ちゃんって最悪とか弟に言われてましたからね。なにがなんでも我を通すとか言われても、よくわかりませんけど。
さて。ゲイルさんが妙に静かなのですけど。
「あ、俺はなにもきいてないし、知らないから」
ものすっごく、怪しいんですけど?
「そう言えば師匠が来るって言ってた。いつ来るか微妙なんだよな。ディレイが居ない間になりそうなんだが、言うと絶対動かなさそうだから黙っているように」
「……なにか、不安になりますね。大丈夫ですか?」
誤魔化された感がします。そして師匠の情報もなにか不穏です。
ゲイルさんは微妙に困ったような顔してますね。ユウリはあー、みたいな同情めいた視線を送ってきます。
「嫌な事ははっきり断ってくれ。俺も抑えるけど、リリーの祖母だし一門の重鎮だから押しは強い」
不安しかありませんが。
「善処します」
ユウリが吹き出してましたね。そこに含まれた意味も読み取ったんでしょうか。
ゲイルさんからの伝達事項は他にないらしく、ユウリと雑談を始めてしまいました。
妙に味気ない食事に感じるのは、仕方ないんですかね。
空いている椅子が寂しい気がします。
まあ、ゴハンはおいしいんですけど。そこにあるカロリーとかを見なければ。冒涜的なバター量とか。
ここに来て太った気はします。
運動しなきゃ、という謎の使命感だけはあります。
なぜ、クルス様もゲイルさんも細身なんでしょうね? 同じもの食べてるはず。
……いえ、ゲイルさんはちょっと丸くなりましたね。頬のあたりがお肉がついた気がします。
「なに?」
「いえ、お肉ついたなぁって」
「うっ」
「リリーさんが帰ってきて何か言うのでは?」
「うっ」
胸に手を当てて苦しんでるふりをしています。乗りがいいですね。
「それそのまま返す」
うっ。
図らずも健康的においしいメニューを考える話になりました。




