逃亡のあとのこと。
それは夕食中のことでした。
「……ん?」
不意にクルス様が声を漏らしました。壁の方へ視線を向けて少しだけ首をかしげたようなきがします。さらに少し考えて、お茶のお代わりを用意するとか言い出しました。
……まだ、半分以上残っているのに、です。
まるで、立ち上がる理由を用意したみたいでした。ユウリはそれの不審さに気がついていませんね。
オムライスに夢中すぎませんか? 口にケチャップつけるとかお子様かと。
で、クルス様はそのユウリの背後あたりに位置をとるあたりなにかあると言われているようなものですね。
ユウリが、逃げ出すような、なにか。思えば、視線を向けた方は玄関があります。
突然、ダイニングの扉が開きました。
……まあ、そこまではあたしには想定通りだったんですけど。ユウリだけがびびって扉を見ています。
「こんなこったろうとは思ったんだよっ!」
ゲイルさんはばーんと扉を開けるなり、言い放ってまして。
状況は理解できていません。
今、夜です。しかも夕食中です。狙ったとしか思えない時間帯です。
ぽかんと口を開けたユウリが、慌てたように立ち上がり逃げだそうとしたのをクルス様が捕まえてました。
襟首はヤバイと思います。そのまま元の椅子に座らせて、肩を押さえているあたり手慣れてますね……。
「な、ど、え、だれっ!」
ユウリは、なんで、どちらさま、え、どうして、くらいが言いたかったんでしょう。
混乱しているようではあります。
そうでしょうね。
配達人たちの襲来を受け、玄関は鍵をかけていたはずです。誰も入ってこないと安心していたんでしょうね。
残念ながら合い鍵、持っている人がいました。その人はだいたい、呼び鈴を鳴らしませんし、今回はわざと鳴らさなかったのでしょう。
ただ、クルス様には何らかの通知が来ていたと。
「魔導師のゲイルと申します。英雄殿、ご帰還を」
「へ? な、なんで?」
ユウリ、そのスプーン一回、下ろしません? ゲイルさんも頭が痛そうにしてますよ。
「ディレイも連絡寄越せっ! 外じゃあ、すごい大事になってんぞ」
「こっちも色々あったんだよ」
「はあ? なにが、ああっ!」
ゲイルさんがようやくあたしに視線をむけました。
「どうも、こんばんは。ゴハン食べます?」
「……黒いな。真っ黒だな。お似合いとは到底思えないが揃えたい気持ちはわかった」
ゲイルさんはがたりと音を立てて座りました。
目が据わってますね。
何か言いたげに口を開いたのですが、ユウリが食べていたものに目をつけました。
「じゃあ、それと同じの」
「かしこまりました」
まるでお店で働いていたときのような注文のされ方をしたので、接客対応したら変な顔されてしまいました。おや、けっこういけてたと思うんですけどね。
さて、不本意な来客は今日は二組目です。来客が多すぎですね。
最初の来客は配達人の子供たちだったということだけが伝えられました。なんだか探検したい気持ちで潜入を試みるとか無謀ですね……。あたしも開けていない部屋がキッチンまでの間にあったのですが。
そっちも開けたような形跡があったそうです。
古典的ですが、扉に紙を挟む形で開閉があったかわかるようにしていたそうです。
……説明されていないと言うことは、あたしの信用度の問題でしょうか。
ユウリも微妙な顔をしていたので、彼も説明されていなかったんでしょうね。
そこから地味に配達品を片付けをして、お昼を軽く済ませて、なんとなく、お風呂に入って夕方という感じでした。
そわそわしているというか、少しずついつもと違うよそよそしい感じでした。
手を伸ばせば届く距離より少しだけ遠いように思いましたが、そのあたりがぎりぎり平静を装っていられる距離ということでしょう。
そのわりに意識しているので、視線が合うという……。なにか昔も同じようなことがありましたね。
ユウリが途中で呆れたようになにしてんのとツッコミをいれてきました。ええ、自覚あるので言わないでください。
そんな中、ユウリは昨日の勝負の結果、2勝分のお願いとしてクルス様に魔動具をおねだりしてました。クルス様は本気で嫌そうな顔で了承してました。
そういえば、クルス様はもう一つお願いが残っているはずですが、何か依頼したのでしょうか。
夕食はユウリが色々言ってきまして、オムライスになりました。子供みたいにやったーって。変にかわいげがあるというか……。絆されてきてますよね?
この世界にお米はないかと思ったら外国にはあるそうです。ただし、粘りの少ないぱらぱらしたお米のようでした。ピラフを作るように炒めてから炊いてみましたが、それっぽくできました。
なお、この米はユウリ提供によります。手ぶらのように見えましたが、なんと収納というチートがあるそうです。色々、入るそうで、ほぼ、時間経過はしないとのこと。誰も指摘しない公然の秘密としてわりと知られているようです。
出し方を聞いてみたのですが、残念ながら発動しませんでした。
クルス様になにしてるんだと言いたげに見られたので、心に傷を負った気がします……。
そんなこんなの末で、野菜スープとオムライスを食べていたところに強襲されたわけです。
まあ、あたしは食べ終わってましたから実害はあまりありません。お茶でも飲もうかと思っていたくらいですから。
ゲイルさんに最初に野菜スープを出しておきます。外は寒いですからね。
「お茶もいります?」
「ああ、ありがとう」
「あ、俺も」
ユウリもちゃっかり主張しています。クルス様は既に元の席に戻って、食事を再開していますが、少し気遣うように視線を向けられました。
大丈夫と声を出さずに伝えます。
少しこそばゆいな、と思って戻ろうとしたんです。でも、視線を感じるなとふと振り返ったのが駄目でした。
な、なんですか、その生ぬるいまなざしっ!!
「なんかあったの?」
なんて聞かないでくださいっ! ゲイルさんっ!
冷静になれと念仏のように頭の中で唱えながら、オムライスをつくりましたよ。炊いたお米はまだのこりがありましたからタマゴでくるんと巻くだけです。お茶もちゃんと用意したあたし、偉いです。
「できましたよ」
少々時間をかけて用意し、わざわざ声をかけておきます。
さて、その間にゲイルさんはユウリに現状説明をしたようですね。
みんな気むずかしい顔をしていますね。
ユウリ一人が青ざめてもいます。そういえば、外が大事とか言ってましたね。
「やばい。ものすごく、やばい」
「タマゴで巻いてるわけね。器用だな」
ゲイルさんはオムライスのほうに興味があるようですね。言いたいことは終わったってことでもあるのでしょうけど。
いつもの席に座ってみたのですが、先ほどと配置というか。
「移動しました?」
五席ありまして。両サイドに二席ずつとお誕生日席に一つって感じなんですが、今、クルス様がお隣ですね。先ほど、正面に座っていたような気がしますけど。
今、ゲイルさんがお誕生日席に座ってますね。
「それあとにして。というかどーでもよくない?」
ユウリの心底暗い声にびびります。な、なんでしょう。虚ろな感じがします。
「半月ぐらい誤魔化してくれるというか不在でも大丈夫なんて思ってた」
頭抱えちゃいましたね。
よくわからなくてクルス様を見れば苦笑いしてます。
「ユウリは一人で、置き手紙一つで出てきたんだそうだ。さすがにもう少し根回しくらいしたと思っていた」
「それは駄目だと思いますよ。早めに帰ったらどうですか?」
半分くらいはあたしの用事だったので、それはありがたかったんですけどね。どうして、それでいけると思ったのか。
逃亡する隙を伺うことに注視しすぎて、その後のことあんまり考えてなかったのでは……?
とりあえず、逃げたい、みたいな気持ちが先行しての行動とすれば、相当追い込まれている感があります。
項垂れるユウリがなんだか可哀想に見えますが、自業自得のような……。
「どこまで行くつもりだったんだ?」
「え、王都の防衛のあれこれを見回るつもりだったんだ。ほら、偏屈なヤツしかいないから人を大勢連れてくとそもそも会えない。あと各地の今の状況とかさ。お綺麗なヤツじゃないの。でも、アーテルちゃんの件があるから大人しく戻るよ」
なにがしかの知識に寄りますとこの地以外に三カ所ありまして、それなりに移動距離があります。かなりの不在になるじゃないでしょうか。
それに加えて各地の状況を見るとかなかなかの大旅行な気がします。今、一時中止されましたけど。
……あれ? もしかして、これ、二部の導入部分とかじゃないですよね?
「改めて人数を絞ってから行った方がいい。変な罠くらい用意する偏屈ばかりだから、事前通達は絶対するなよ」
それ、人員にクルス様は絶対入れられますよね? 魔導師の相手は魔導師がするものですから。例外はユウリくらいです。
「……ほんとさ、なんで魔導師って悪役じみたことしたがるんだろうね?」
「気軽な試練とか実験とか暇つぶし」
ゲイルさんは淡々と言ってますけど、ひどい話では?
クルス様も肩をすくめてました。コメントしがたいと。
「わかった。戻ってから検討するけど」
なぜかあたしとクルス様を交互に見て、ユウリは困ったように笑ったんですよね。
……気がつかなかったように首をかしげてみました。
「うん、わかった」
なぜかがっくりされました。おや? お隣の方がなにかしたんでしょうか?
いつも通りの澄ましたような表情ですけどね。その向こう側のゲイルさんが嫌そうに眉間しわを寄せていました。




