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推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について(連載)  作者: あかね
主人公編(仮)

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悪い魔法使い

「この悪い魔法使いめっ!」


「……めんどくさい。このお子様」


 うんざりしたようにユウリは呟く。

 来客は十代半ばくらいの二人の少年だった。


 ユウリも最初は出ようとは思わなかった。お風呂上がりで、廊下をぺたぺたと歩いている時にりんごーんと呼び鈴が鳴ったので、手近なキッチンの方へ退避した。見られたら問題があることぐらいはユウリも理解している。


 扉を少しだけ開けて、音を聞く。もう一度りんーごーんと呼び鈴が鳴り、しばし静かになった。

 立ち去ったのかと安心して、廊下に出かかって玄関ががちゃりと開く音が聞こえた。慌てて元の場所に戻る。

 ユウリは鍵かけてないのかと遠い目をした。在宅中なら鍵はかけないかもしれない。


『せーの、すみませーん』


 という子供の声が聞こえてきたのは扉を完全に閉めなかったからだ。子供であってもユウリは返答しない。


 勝手に入ってくる来客なんてあまりない。ユウリの生まれたご近所顔見知りの田舎であればよくあることではあるのだが、さすがに魔導師相手にはそんな付き合いはしていないだろう。


『いないのー?』

『いないみたい』

『どうする?』


 おそらくアーテルが言っていた配達人だろうが、子供過ぎないだろうか。

 そのまま帰れ。ユウリは念じたが期待は裏切られる。だいたい、裏切られてばかりだ。


『ナマモノ悪くなっちゃうっ! お片付けした方が良いじゃないかな?』


『そうだねっ!』


 少しも安心出来る内容ではなかった。ユウリは頭が痛い気がした。なぜ入ってくる。なぜ待たない。


『悪い魔法使いの家なんてどきどきするねっ』


『ええっ!? 良い人って神官様が言ってたよ。昔から寄付してくれるって』


『魔法使いってお姫様さらっていっちゃうんでしょ? それで、英雄にたすけられるのっ』


 ……きっと、好奇心が優先されたのだろう。

 なまものというからにはキッチンを探すだろう。つまりここに来る。ユウリは逃亡先を間違えたことを知った。

 どこか外に出るにも廊下に出なければならず、キッチンからは外に出られない。窓も人が出て行くには無理がある。

 妙にこの家は外に出にくい構造になっている。その上、この世界の常識と比較して、防音が効きすぎている。妖精たちも来たがらない、奇妙な屋敷。なんとなく不気味さを感じているのかアーテルもホラー映画に出てきそうな家と評していた。


 ユウリはぼんやりと考え込んでいる場合ではないとダイニングテーブルの上の真新しいテーブルクロスを引っぺがした。髪を見られる方がまずい。頭から被ってマント風に仕上げて時間切れだった。

 朝食後、新しいものに変えていたのでとてもよかった。


 そして、やってきたのは子供だった。よいしょと荷物を運んでいた様子は微笑ましいが、勝手に入ってくるのはいただけない。


 少しばかり脅してやろうと思った自分が悪かったとユウリは心底反省している。


 その結果が、悪い魔法使い呼ばわりだ。


 ディレイ、本当にごめん。悪評がついたらなにか埋め合わせする。ユウリは心の中で手を合わせた。


「悪い魔法使いでいいから荷物置いていくように」


「え、食べちゃうんじゃないの?」


「かんきんするの?」


「しねぇよ」


 ふざけんな、帰れ。とまではユウリは言わなかった。

 評判というものを気にはする。自分のものならあまり気にも留めなかっただろう。


「え、じゃあ、お姫様いる?」


「いない」


 まあ、あれ(アーテル)もある意味、お姫様かもしれない。今のところ年頃の来訪者は彼女だけだ。王都へ迎えられれば、お姫様以上の扱いをされるだろう。

 本人はお断りだと思うだろうが、この国において最大のご機嫌取りなのだから仕方ない。


 この世界の価値観的によい縁談は喜ぶべき事で、感謝するはずだと思うし、良い事をしたとさえ考えるだろう。


 もし、彼女がなにも持たない魔導師がよいなどと言えば、逆に魔法でもかけられたのではないかと疑われるくらいだ。


「兄ちゃんが、可愛い子だけど魔法使いにつれてかれたって」


「あ、なんか人さらいって」


「魔導師しかいない。なに? カエルにでも変えられたい?」


 おとぎ話の定番がなぜかカエルに変えられるなのだ。しかも、等身大のカエル人間が多い。そのまま冒険したり、お姫様を救ったりするものもある。

 そのため、子供に対する脅しもその系統が多い。


 ユウリはカエル人間と想像してうなされたことがある。リアル過ぎる想像力は無用だと思った一件である。


「ん。でもお兄ちゃん悪そうな感じしない」


「そーそー」


「マジ、めんどくさい」


 行動原理がまったくわからない。

 十代半ばってこんな子供だっただろうか。記憶に遠い。馬鹿は馬鹿だった気はする。ユウリは前世1個分あったのでこの世界ではそんな子供を満喫しなかったのだ。


 魔法の修行をしているつもりで、世界と繋がりすぎて魔法を使えなくなったという本末転倒になる子供時代だった。

 存在が不安定になり、病弱と誤解されローゼに守る対象と認識されたのはユウリにとっては情けない思い出だ。

 外から見ると美談のように見えるので何とも言い難い黒歴史となっている。


「ねーねー、魔法の道具とかあるの?」


「魔法見せて」


 ユウリは黙って少年2人の肩を押さえてくるりと反対を向かせた。


「帰れ」


 扉の向こう側に押し出して、背中を押す。腕力はこう言うときには便利だ。


「いーやーだーっ!」


「はいはい。本物帰ってくる前に帰りな」


 ディレイなら慌てず騒がず、相手の話も聞かず、外に放りだすだろう。家に入り込まれるのは到底許容できないと思いそうだが、彼女の存在が少しばかり自重させるだろう。

 揉めるより、なかったことにしたほうがマシである。


「……ユウリ?」


 玄関から怪訝そうな声が聞こえてきた。玄関から廊下はだいたい見える。

 ディレイのなにしているんだ? と言いたげな、困惑が滲んだ表情に不満を感じる。住人がしっかりしていれば問題など起きなかった。


「なんか配達みたい? 好奇心の赴くままに入ってこられた」


「それは、命知らずな」


「んー?」


「普通の魔導師の家じゃ比にならないほど、まずいものしかない」


「俺、その説明きいてないけど」


「勝手に知らない部屋あけないだろう?」


 ユウリには副音声で、そうなったら自業自得な、と聞こえてきた気がした。来客の立場では勝手に部屋を開けたりはしない。言わなかった事は信頼というよりささやかな悪意のような気がした。


 ユウリは不満な表情を隠さず、少年たちを玄関に送り込むことにした。あとは知らない。


「ちょっと、やめろよっ! なんだよ、帰らないよっ!」


「はいはい。お家に帰ろうね」


 ユウリはここまでがお仕事と思って、玄関で手を離した。


「いつもの配達人はどうしたんだ?」


「え、なんかにーちゃんたちは人捜し? よくわかんない。

 そんで、悪くない魔法使いとか言ってたけど、悪い魔法使いだった!」


 ディレイは少し咎めるような視線だけをユウリに送ってきた。視線を受けても不満顔を変えないユウリにため息をつく。


「帰れ」


 やはり想像通り、ディレイは子供相手でも容赦なく放り出そうとしている。

 冷たい声は、ユウリには聞き慣れたものだ。ずいぶん時間がたつまで柔らかな温度のある声で話すことはないのかと思った。

 例外的に同門の魔導師であるフラウを相手にしたときは優しい声だと。


 ……あれ?


 引っかかりをおぼえてユウリは記憶の中で声を比較した。

 あの時の声は今、アーテルに向ける声と似ている気がする。どちらかと言えば、今の方が甘いように聞こえるが、それに含まれる感情は大変類似していた。

 フラウを妹みたいなものだと紹介されたときのひどく優しい笑みの意味を取り違えた。

 初めて気がついた事実にユウリは衝撃をうけた。


 ……な、なるほどね。

 警戒するわけだ。二度目は、さすがに嫌だろう。黒髪、黒目の英雄が嫌なのではなく、ユウリが嫌なのだ。


「ところであんちゃん、誰?」


「あっちが本物の魔導師」


 少年たちはかっぱーんと口を開けていた。

 まあ、確かに、ディレイは魔導師っぽい格好はしてない。頭脳労働系っぽい感じはしている。役人といったほうがしっくりくるような気はしていた。

 指揮者コンダクター系は普通の格好を好む傾向はある。おそらく魔導師らしい格好をしてるのは虹色プリズムなどの呪式を色で描く系統だろう。


「あんたは?」


「ただの居候」


 他に言いようがない。

 ユウリとディレイを見比べて、騙されたと気がついたのだろう。ユウリにしてみれば勝手に勘違いされた、というところだ。


「ば、ばかやろーっ!」


 真っ赤な顔で、怒鳴って少年のうちのひとりは全力で走って逃げて行った。


「まってーっ!」


 それをもう一人が追いかけていった。


「なにしたんだ?」


「勝手に入ってくるのは駄目だよと脅した」


「……俺の評判について、今更言うものでもないが、新しく悪評を追加したいとも思わない」


「いや、ほんと、ごめん」


 ユウリもそこは素直に悪かったと思っている。


「反省してるって」


 疑いのまなざしがちょっと痛かった。

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