『さて、選択肢をあげよう』
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
ユウリはごろりとベッドに横になった。近頃片付けたばかりの来客用と言っていたが、ここに他に誰が来るのだろうか。
微妙に生活感を感じるのは、私物と思われる道具が机の上に置いてあったり、本が何冊か積まれていたりするせいだろうか。
居心地の良い家だ。魔導師の家といったからどんな場所かと思えば、実家みたいだった。おそらく彼女が整えたのだろう。ディレイにそれは期待できないし。
どこにも居着かないなどと彼を知る者は言う。
留まるように求められたこともあるが、興味が無いとすぐにどこかに行ってしまうらしい。この家で普通に生活しているのが少し意外だ。もっと自堕落的に好きにやってる印象があったのだが。
なんにせよ、普通で良かったと思ったのだが。
「さぁて、おまえなに考えてんの?」
ユウリは起き上がりこの家の中で拾った黒い羽を取り出す。
それはサイドテーブルの上で、形を取った。
「つまんない」
それはつぶやいた。人型をまねた黒い顔のないもの。
あるいはこれをまねて人が作られた。
神と名乗る何か。
世界の根幹を形成するもの。
干渉をやめたようで、隠れただけのもの。
災厄はその中の一つとユウリは理解している。
災厄と呼ばれるうちにその性質を強め、密かに狂ったもの。元は何であったのか忘れてしまった。
手のひらにのってしまうほど小さくとも闇を感じる。ユウリは暗く澱んでいるそれがよく知る気配に近いことに否応もなく気がつく。
「あれはぼくの。せっかくよういしたのに。なじむようにじかんをかけて、よういしたのにっ!」
不満を隠さずにそれは言う。
ああ、声も似てきている。ユウリはそれを指で弾いた。形を失い漂う黒になって、そこに留まる。
「……ほんと、ろくでもないなー」
ユウリは呟いてそれの残滓を消す。
災厄の痕跡はなかった。代わりにそれの一部が残っていた。言葉遊びのようなものをディレイは理解していただろうか。
してないだろうなぁと思う。
元々魔素の質が似ていたのだろう。今は違いを見つけるのが難しいくらいに気配が似ている。
ユウリがディレイに初めて会ったときは、もう少し違った。少しずつ、暗く澱んで、でも、自覚はなかった。
戦争などに巻き込んだからだと思っていたが、それも少し違った。やけに自分の周りに現れる災厄の目的が他の者にあるとはわからなかった。
放置するのではなかったと悔やんでも遅い。
「災厄に見込まれるってどれだけ不運なんだよ」
ユウリはあの日まで全く可能性すら考えなかった。
前世1個分、賢いのだと思っていた。この世界の事も事前に知っていて、色々なことを出来ると信じていた。
『さて、選択肢をあげよう』
久しぶりに聞いたそれは、異界へと誘った声だった。いつぶりだろうかと思わず考えてしまうほどに長い間聞いていなかった。
干渉はあまりしないと言っていたのだが。
『昔なじみにお願いされてね。助けて欲しい人がいるんだ。でも、それを実行するかは選んでもいいよ』
笑うような声で、選択が示された。まるでゲームのように、選択肢が出てきて思わず笑ってしまったものだ。
迷いなく、助ける方を選んだ。他の誰かが犠牲になると知っていても。
見えないところで死んだ誰かをディレイは知らない。
あの声の主にとっては彼が死なれると都合が悪いのだとユウリは解釈していたが、それもやはり違っていて。
『なにやってもまずそうだから、本人送ることにしたからなんかあったら助けてやって』
これ、詳細と見知らぬ誰かの情報が送られてきた。頭の中に直接である。
ユウリもこれをどうしたものかはちょっと考えた。お助けポイントとか意味がわからない。待遇が違い過ぎるのではないだろうか。
弱みでも握られたのだろうかと思っていたが、それも違った。
「運命をねじ曲げるほどの思いってのはもっとひどいものだと思ってたのにな」
思ったより普通で、思ったより優しい。そして、揺らがなかった。
それがとても嬉しいとユウリが言っても彼女は嫌な顔をするだろう。あるいは裏があるのではと疑うような目線で見てくるに違いない。
大変貴重なので是非ともローゼとお友達になってもらいたい。王都へ一度は来ねばならないのだから機会はつくれる。
「……あれ?」
そういえば、付き添いは誰がするのだろうか。同じ一門の誰かがつくのだろうが、ディレイ自身はここを長期で離れることは難しいはずだ。
最初に住むことになった時点での契約がある。根回しの一部もした関係で知っていたが、あまり覚えていない。
一週間くらいはともかくとして、もっと長いのはダメだった気がする。それをクリアしたとしても、王城にあがるにはそれなりに肩書きが必要だ。そうでなければわかりやすい実績がないと難しい。報償はもらったが勲章の類は受け取らなかったことがこんなところに響くとは思っていなかったに違いない。
国に報告をあげに行く際、一定期間、離れるのは確実だ。
その間に他の男と既成事実でも作られたりしなければいいけど。
自分がその筆頭にあげられそうなことに気がついてユウリは顔をしかめた。外堀を埋められないよう気をつける必要がある。
そうでなくても婚約者がイライラしているのがわかっているのだから。
そっちも早くどうにかしないとな。
僕のかわいいローゼが毎日怖いとか嫌になるよね。
書類上、結婚してしまえばあとは離婚などと簡単に言えなくなる。婚約くらいなら破棄しても良いという風潮が早く廃れればいいとユウリは思う。
ついでに婚約期間を一定もうけるとかいう不文律もいらない。
ああ、本当に早く帰ってローゼといちゃいちゃしたい。
無自覚にいちゃついているからなんかいたたまれない。
ユウリはため息をついて、恋人の代わりに布団を抱き込んだ。




