我は謡う 1
「またですか」
三度目となると見慣れた感じもする白い空間です。不自然に記憶と意識が途切れています。簡単に入って来れないと聞いたような気がするのですが、どうしたんでしょうか。
見回せば誰かが居ました。店長じゃあ、ありません。
「だからさー、言ったじゃんっ!」
……弟でした。
まごう事なき弟でした。生意気なツラがそっくりですし、口調も似てます。背が高いので見下ろされるのも再現されて、いらっとします。
あの背を越されたときの屈辱感ってなんなんでしょうね。小さく可愛かったのが嘘のようににょきにょきと。気がついた時にはでかい兄には感じないものです。
「なにを言ったっていうの?」
「だからぁ、さっさと魔法でも使って世界と繋がっておきなってあれほど」
「言ってない」
弟もどきが首をかしげました。妙に可愛らしい感じがするのですけど。この感じが中身の素なのでしょうか。
「諦めて、チート受け取って、その世界に馴染んで」
「……それで理解しろってのも無理がありますよ?」
ぽんと手を叩いて、納得したようですが、この神もどきポンコツですか? それとも言語コミュニケーション慣れてないんでしょうか。
「まず、諦めてっ!」
「はぁ」
「チートとか言ってる場合じゃないので割愛」
「……それもどうなんですかね」
弟の顔で、この子ダメだな、みたいな表情されるといたたまれません。
「帰る? いいけど。ものすごい自棄になりそうな人いるけど、どうすんの?」
「よくありません」
「じゃ、真面目に聞いて」
……不真面目だったつもりもないのですが。ただ、こう、ツッコミどころが満載すぎて。
難しい話は特にありませんでした。
なにか魔法を起動すればオートで世界の深部まで連れて行かれるそうです。回路をつなぐではなく、完全に作り直しになると言われればびびります。
本来は転移したてのあたりにやるか、転移中に行われていたそうなのです。ここまで放置していたのは前例がないそうですよ。
このままでいるとこの世界にないものだから妙に惹きつけられるとのことでした。人だけでなく、妖精とか称されるものから神に近いものまで寄ってくるのだそうです。
しかも、セキュリティがばがばに近いらしく、乗っ取りまでかけられかけているそうです。最後のは本気でまずいので、気合い入れて無理矢理介してきたからすぐ帰ると早口で言われました。
この状況は前例がないから把握出来てなかったと謝罪もされたのですけど。何もなくて良かったねと白々しい笑顔なのが、気がかりなのです。まだ、何か隠してませんかね?
ごまかすように、何でも良いからさっさとやれと、弟の顔で言われると納得がいかない気がします。
手元に持っているものを使ってみればいいと楽しげにすすめられたのですが、なんでしょうね。
あたしは何かもってましたっけ?
まあ、それより気になることがあるのです。
「クルス様には効いてたりするんですか、その惹かれるっての」
「効果はあるけど、実行はしてないかな」
首をかしげるあたしにとても楽しげに爆弾発言を投げつけてきましたよ。
「効果は物理的に、欲するほうだからさ」
「……なんて、ひどい話」
どこから意識不明だったのかもわかりませんが、いつでも覚醒は突然です。
ソファでクッションの上にあごを乗せている状態から再開でした。本はきちんと片付いているのでどこからが夢だったのかとても怪しい感じです。
クルス様もユウリもまだ戻っていないようで、安心しました。
それにしてもクルス様の時々、ふっと出てくる強引な感じに納得がいった気がします。いえ、それが理由ってわけでもないかも知れないんですけど。
いやでも、なんていうか。
……言葉になりません。
さっさと作り替えて、影響下から抜けていただきたいです。その後の関係についてはそのとき考えればいいのです。
貞操の危機とか考えた事もなかった、とは言いませんが、なにか影響があったとは思ってなかったんですよ。
あるとしてももっとこう感情的な何かと思ってました。
さて、先ほどの弟に擬態した何かが言っていたあたしが持っているものってなんでしょう?
ポケットになにか入れてましたっけ?
「あ」
紙が入っていましたね。
広げたそれをはっきり見てしまいました。
発動を阻害するものもなく、止めてくれる人もなく。
「我は謡う」
ピアノを一本の指で弾いたような、雨だれのような音が響き渡りました。
「揺りかごのように。
夜に眠る鳥のように。
昼に瞬く星のように。
夢に堕ちるように」
口が勝手に動くんですけどっ!
オートってこう言うことですか。なにか思ってたのと違います。乗っ取られたって言いません? これって。
「眠れ」
眠気とごっそり何かが抜けていった疲労感でくらくらします。
ソファで良かったですね。少し横になって、それから……。




