それは綺麗な土下座でした
ゲームなど始めた発端はあたしにあったようです。
少々の口げんかの末、勝負に勝った方が、相手の要求を飲むと言うことに決まったのだそうです。
で、クルス様はなにを要求し、ユウリが断ったのかって言うと。
玄関の壁どんの件への謝罪でした……。
クルス様としては人の家でそんな事するな、というごく真っ当な主張です。しかも、預かっている人を相手にされては大変不快だと。
ユウリは悪かったって言ったじゃないか、とあくまで軽い主張でした。
……性格の違いによるすれ違いがすごいですよね。この二人がお友達というより腐れ縁というのがしっくりくるのはこういうところでしょうか。
当事者たるあたしの意見で言えば、皆のもの、忘れろ、です。
なかったことにしましょう。そうしましょう。
そうでなければ、クルス様代わりに一回してください、ってところです。それでがっつり上書きします。ええ、してくれるなら、ユウリよくやったと言いたいくらいです。
もちろん、言えません。ちょっと迷ったんですけどね。
というわけで、なぜだか、あたしがユウリに謝罪されることになりました。困惑します。実害があったと言われればそうですけど……。
まあ、いっても直立不動からのきっかり45度くらい頭を下げるとおもったんですよ。
「本当に申しわけございませんでした」
それは綺麗な土下座でした。
ユウリ、慣れてるんですかね? この世界にもあるの、土下座とも思いましたが。
いえ、掃除しているとは床ですよ、床。
ダメでしょうっ!
「ちょ、ちょっといいですからっ!」
「許してくれる?」
「うっ、そ、それは二度としないと約束してください。あと触らないでください。近寄らないでください」
あたしが早口でまくし立てるとユウリはとても楽しそうに笑い出しました。
彼は立ち上がって、膝を叩いてます。
「いや、本当に、僕にくらっとも来ない年ごろの女の子、久しぶりに見た」
あー、その、屈託のない感じにはちょっと、揺らぎそうに……。
ユウリから仲直りの握手なんて差し出された手にうっかり自分の手を差し出してしまいました。
「油断も隙もない」
いらっとした口調のクルス様が、あたしの手首を掴んで止めましたけどね。少々、痛いです。
「え、いいじゃん。このくらい」
ユウリは全く悪びれておりませんね。
いや、確かに隙にするっと入ってきます。悪感情を持続させるのが難しいという感じでしょうか。
苦手という分類に押し込んでおきましょう。
変に嫌いだと反転するときもありますし。
敵対にはおけない理由がありますからね。ユウリは本誌でも疑惑の転生者?ですし。
「……えっと、ちょっと痛いのですけど」
「そうそう。あと残っちゃうよ? 残したいなら別だけど。他のトコにしときなよ」
……ユウリよ、口を閉じるのです。クルス様がいらっとしているのです。とてもとても怖いのでやめてください。
ダイニングが大荒れになったら怒りますよ?
ぎろっと睨むとユウリは、ついと目を逸らして椅子に座り直していました。
クルス様は手は離してくれましたが、やっぱりちょっと赤くなってます。指先でさすりながら元々の椅子に座ることにしました。
「あそこまでしろとは言ってない」
「えー、へらへらして謝意が感じられないとか、言われるからさ。あ、べつにクルスに言われたわけじゃないよ?」
本編の隙間にも色々あったようです。
ですが、ほどほどと言うところがあるでしょうに。
視線を向ければユウリは残っていたココアをぐいっと飲み干していました。冷えているのでやけどはしないでしょうけど、甘くないんですかね?
自分に作る時はもっと砂糖控えめ、クリームも控えめです。試飲した方々からは苦いだけの物体からちょっとマシになった程度、とか言われてますけど。
「ところでそろそろお姉さんに自己紹介してもいい?」
存じておりますが。とは言えませんね。初対面って事ですし。
「ユウリ、なんていうか、腐れ縁? 仕事上の付き合い? そんな感じ」
あたしは名乗ってよいのでしょうか。クルス様に視線を向ければ、首を横に振られました。
「彼女は魔導師にする予定だから名乗れない。古くさいしきたりで悪いが」
「通称はつけてないと。決めなよ。今、困るから。
それにクルスもそろそろ教えてくれてもよいと思うんだよね」
「魔導師としてはディレイと名乗っている」
渋々と言った風にクルス様が名乗りました。むしろ、今までクルス以外を名乗っていなかったことに驚きを禁じ得ません。仕事の人扱いですか。しかも個人的な仕事って感じでもない方ですけど。
町の人ですら、ディレイという名は知っていて呼んでいたというのに。まあ、あの町も魔導師相手に気安いと言いますか、友好的なのでちょっと戸惑っている感じもあったんですけど。
腐れ縁の付き合いという本文中の話は嘘じゃなかったのですね……。照れ隠しとかでもなくわりとマジな認識であったと。先ほどユウリもそう言ってましたね。
「じゃ、改めてよろしく」
「……別に、つきあいたいわけではない」
本音が駄々漏れですよ。ユウリは楽しそうですからいいんでしょうね。そう言いながら、たぶん、助けるでしょうし。
そして、あたしはそう言うところも好きだったりするわけです。
さて、通称、ですか。ざっくりとは決めていたのですが、決めかねていていたのですよね。本人から遠い単語を選ぶ事が多いと聞いていたので。
「アーテルとルージュ、どちらがいいと思います?」
アーテルは黒、ルージュは赤という意味だったはずです。この世界ではなく、日本で聞いた言葉なのでどのように翻訳されるのかはわからないんですよね。
「ルージュは知り合いがいる」
「あ、僕も。同じ年代にその名前の子は多いよ。なんだっけかな、生まれた頃に歌劇が流行ったとか言ってた」
「親がミーハーで恥ずかしい、とか、ぼやいてたな」
「確か、すんごい、美女だった。設定上」
「……アーテルで」
知らないところで地雷が埋まってますよ? 自分から遠いというのが魔導師の通称で必要な部分だとすれば、美女じゃないというのはさすがに嫌です。
普通でいいです。
……たぶん、普通のはずです。
「了解。あーちゃんて呼んでいい?」
「ダメです」
ユウリは残念って顔をしてますが、断れるのわかってましたよね。
「じゃあ、アーテルちゃん、あとで、お話ししよう」
さらっとちゃん付けで呼んでくるところが侮れませんね。
さて、来訪者とはばれておりまして、さらに前世ありの転生者と思われる主人公からのお誘いです。
今後、いつ会うかわからないので話はしてみたいところですが。
初っぱなにやらかされましたので、ちょっと二人で、というのは避けたいのです。しかしながら、話の内容がどうであれクルス様に聞かれたくはないのです。
クルス様と言えば、止めるでもなく興味なさそうな感じに見えました。あたしがいない間に話がついてたのでしょうかね?
さて、断る気も無いのですが、二人きりになるのも嫌なんですよ。聞かれるのも嫌という贅沢な要望を叶えてくれるのは、どこでしょうか。
「屋外でもいいですか?」
「へ?」
「見えるところには、居て欲しいんです」
「まあ、いいけどね」
暫定的にそう言うことになりました。
なぜ暫定的かと言えば、クルス様も色々やりかけた事があったとのことで。確かに、ユウリの急な来訪でしたからね。そこからばたばたして、今、ですし。
クルス様は一度、部屋の方に戻るとのことです。ユウリはリビングの方で暇つぶししてもらうことになり、あたしは二階へ上がって客間のほうを確認します。
最近ゲイルさんが使っていた部屋も綺麗にはしてありましたが、一応、まずいものがないか確認しないといけません。
魔導師、結構、うかつです。考え事し始めると色々疎かになるのはちゃんとしてそうなゲイルさんでも一緒でした。
あの人、魔動具マニアです。知らない魔動具があるとその場動かなくなりますからね。
そんなときはゴハンで釣りましたけど。一本釣り出来たのは各種スープでした。メモして帰ったので、改良して戻ってくるかもしれません。
それはそれで楽しみです。




