魔導師は彼女が気になる
家に連れ帰り、リビングと設定している部屋のソファに彼女を横たえた。客間はあるが、今は荷物置きになっている。すぐ使える部屋というものはない。
この部屋も、一応、使える程度だ。
部屋を見回して見られてはまずいモノはないかと確認し出すに至って、自分の動揺を感じる。
仕方ないから背負ってきたのがやっぱり間違いだった。
ちらっとソファの上を確認する。彼女はなにかにうなされているように眉間にしわが寄っていた。
町娘というには肌が白く、荒れているように見えない。指先まで丹念に手入れされている良いところのお嬢様のようだ。服ばかりが状況に合わせて用意されたようで少し気味が悪い。
そもそもあんなところに突然現れるのは、異常である。
あとで国にでも報告を入れる必要があるだろう。来訪者は確認した段階で、報告義務がある。問題はどの程度、ごまかすか、だが。
契約した分の支払いが終わってからでいいか。そのままうやむやにされる方がまずい。そんな言い訳じみた理由を思いついて顔をしかめた。
師匠は騙されはしないだろうから早めに報告は必要だろう。
明日にでも町に行く事に決める。都合良く以前から付き合いのある兄弟子が魔動具の店を構えていた。つかまると話が長いが、相談に乗ってくれるくらいには善良だ。
まあ、それも起きてからの彼女の態度しだいだろう。
今すぐ出て行くと言われるのは困る。色々謎のままでは野放しにして、あとで問題が起こった場合、責任を取らされる。
嬉々として魔導師という存在そのものを糾弾してくるだろう。個人を、ではなく、魔導師全体に喧嘩を売りに来る。
戦時下でやりすぎたと他の兄弟弟子も言っていたので、そのときに目立った分だけ叩かれる。
「嫌わないでいてくれるといいけど」
そっと髪に触れてみる。艶やかで上等な糸のようだ。
今は閉じている目は、黒に見えた。そうであったのならば、見逃されることはないだろう。
今の英雄も黒だ。その色は、この国にとっては滅多にない特別な色とされている。
「……んっ……」
小さい声にびくりとした。慌てて手を引く。
髪に触れるなど親しくもない女性にすることではないという自覚はあるのだ。これでも。
やっぱり欲求不満だろうか。
彼女はうっすらと目を開けてとても良いモノを見たとでも言いたげに嬉しそうに笑った。
「夢か」
続けて小さく呟かれた声。
……聞こえなかったことにした。
幻聴である。
それは心臓に悪いというものではない。そもそも言うべき相手は別にいるに違いない。
「いい夢」
寝ぼけたような声がとても幸せそうに聞こえた。彼女は安心したようにもう一度目を閉じた。
その相手を少しばかり、羨ましく思った。
好意とは無縁とまでは言わないが、魔導師というのは、忌避されやすい。よくわからない存在として遠巻きにされていた過去はともかく、今は半端に理解されている。
間違っているとは言わないが正しくもなく伝わり、怖がられることはよくある。
呪いをかけることはできるが、誰にでもすぐにかけるわけでもないし、気に入らないからと言っていきなり呪式を使うこともない。
しかし、そうは理解されていない。
そんな色々から、性格がねじ曲がって偏屈になるのだ。少なくとも人とは距離を置きたくなる。
ため息をつく。
煙草が吸いたい。
そう思って懐を探しても煙草の箱は見つからない。どこかで落としたのだろうか。自室に戻ればあるかと部屋を出る。ついでに着替えもしたい。重たいし、色々思い出しては引きずられる。
自室に戻り、マントを脱いでコート掛けにひっかける。
ここには仕事道具などを持ち込まないことにしているのでものはそんなに無い。ただ、たばこ臭いとは言われるだろう。
ここか、外でしか吸わないようにはしている。ヘビースモーカーと言われたが、必要がなくなれば常時手放せないことはない。
ただ、落ち着かないときに吸う習慣は抜けなかった。近頃は日に数本で済んでいたのだが、煙草の箱から半分くらい減らしても全く落ち着かない。
ふと、いい匂いしたなと思い返して後悔した。
しばらくして諦めて彼女を残した部屋に戻ることにした。
幸い、まだ目覚めていないようだった。
起こす気もしなかった。出来れば問題は先送りしたい。
見られたくないものを部屋から排除することにした。読めるとは思えないが、改良呪式の試作などは極秘だ。
片付けをしようとしていたのだから、ある意味で今日やるべき事はできたのだろう。
実のところ気になって、それどころではないという落ちもつくわけだが。
少し悩んで彼女の上になにかかけることにした。見えなければ意識しない。
そこからは真面目に片付けることにした。




