大逃亡の予兆
後々思い返せば、それは返送されてきた郵便のかたちをした予兆だった。
フィラセントは現在の上官は好きではない。その理由は至ってシンプルだ。
日替わりに女の子を弄ぶ男なんか好きではないから。現在は、幼なじみ以外遠ざけているが相手の方が諦めたようではない。
いつ泥沼化するかもわからない爆弾を抱えているのだ。
巻き込まれたくない。
本心からそう思う。
フィラセントは事務方の副官という位置付けだ。上官は終戦へと導いた英雄とはいわれるが、まだ20そこそこであり、経験は足りていない。
知識の方は十二分にあるので、扱いづらいことこの上ないこともフィラセントの心証を損ねている原因ではある。
執務室は雑然としている。雑多なものを持ち込んでくる上官の趣味だ。
机の上だけは綺麗に整頓されている。
黒い髪の青年がぼんやりと窓の外を見ていた。
「珍しく返送されてきましたよ。フェザーからです」
「……あれ? フェザーって言うと、クルスと連絡取れないってこと?」
クルスというのは魔導師の一門の名前で、個人名も通り名もそれぞれに持っている。だから個人を指すことはまれだ。
だが、この場合には一人を指す。上官にはそれ以外名乗らなかったのだから、他に呼びようがない。
書類上知っていても呼ばないのだから律儀である。
「そのようです。まあ、面倒で放っておくということもあり得ます」
現在、彼は守護樹の管理と言う名目で、ブロンディの森を住処にしている。元々、クルスの一門が管理していた場所なので、べつにおかしくはない。
ただ、戦後すぐに手放したのは妙な気もしていた。
この上官が一方的な友情めいたものを持っていたらしいから。
火力はあるので脅しには使える。実際は使わないにしても抑制力にはなり得るくらいには、目立っていた。
「あいつ、ほっとくとさらなる面倒がやってくると知っているから、そこはわりと考えているよ。なんか、あったな」
確信をもった言い方だ。
いっそ楽しげではある。
フィラセントには嫌な予感としかならない。
「それ送り直しておいて」
「はい」
「ああ、それとステラのばあさん、どこにいるか探しといて」
「……え?」
「場所だけわかればいい」
「……期待しないでください」
魔導師でも穏やかに見えて過激な老婦人に用とはなんだろうか。聞きたくないなとフィラセントは黙ることにした。
上官はそれに苦笑して、中断していた仕事を再開した。
それで油断していたのは否めない。
その一ヶ月後、上官は逃亡していた。
「あのガキーっ!」
フィラセントの怒号が響き渡る部屋に残されたのは、一枚の紙。
『半月くらいごまかしといて』
怒るわけである。
一ヶ月とちょっとしたらやってきます。




