推しに頭撫でられました
小さい歌が聞こえます。少し寂しげで、暗い。
「……ディレイ、呪式奏でるのやめろよ。ここ魔動具屋。なにが起動するかわからん」
「……することがない」
「暇なら本でも読んでろ。持ってきてやるから」
がたんと椅子が動く音がしました。
「んー」
ここどこだっけ?
頭を持ち上げて辺りを見回します。薄暗いのでよく見えません。
「あ、起きた」
声の主を見つけて首をかしげました。さっきの歌はこの人じゃありませんね。
「少しは休めたか?」
もう一人いました。
この声が好きですね。落ち着くような気がします。でも、ざわつくような気もするんですよね。
心配したような表情に少しだけ嬉しくなるのが不思議な気もします。
「もう、だいじょうぶ」
ちゃんと笑ったつもりなんですけど、なぜ、困った顔されたんでしょうか。
そしてもう一人が笑う声が聞こえて……。
ん? あれ?
おかしいですね?
頭が徐々に覚醒していきます。ええ、寝ぼけてましたね。
「……お、おはようございます」
他になにを言えば良かったんでしょうか。他にもきっと言うべき事は何かあると思います。
そして、ゲイルさん、笑いすぎでは? クルス様のご機嫌が悪くなってきているのわかるんですけど。
これ、怒られるのあたしですか。もしかして。
「帰るぞ」
怒られはしませんでしたけど、即店を出たい、という感じは伝わってきました。既に立ち上がっていましたし。
「は、はいっ!」
慌てて立ち上がったんですが。
こんな時にぎゅーと鳴くお腹は空気を読むといいと思います。
二人分の視線が痛いのです。
お昼食べてませんから。腹ぺこキャラじゃないですからっ!
ううっ、恥ずかしいです。
「そういや、お茶いれるとか言ってたな。用意して来る」
ゲイルさんはあたしのお腹の音についてはなにも言わずに、奥に引っ込んでいきました。指摘されないのもそれはそれでいたたまれません。
クルス様も否はないようで、座り直したんですけど。
大人しく座ります。恥ずかしい。今までとは違う種類の羞恥心がっ!
「こういうのは言って欲しい。色々、気がつかない」
はい?
今のは、不可抗力です。腹ぺこを忘れてましたし、自覚していれば多分言いました。そこら辺図太く出来ているので。
そのあたりをどう伝えようか迷いますね。
「必要な分は伝えているつもりですけど……」
そう言ってもクルス様に疑うように見られました。まあ、要求はあまりありません。しかし、無理はしているんですよね。
一番の無理は同居ってトコですが、行き先もないんですからそこは言っても仕方ないでしょう。
「それならいいんだけど」
納得はしてなさそうな言い方ですね。
ちょっと今日の色々で思うところでもあったんでしょうか。あたしのほうも反省すべき事がいっぱいあったような気はします。
……ちょっとこう、昨日よりもいっぱいいっぱいで、正直、やらかしている気がするんです。
思い返したら顔が熱くなってきますねっ! どうして今日はこうなんでしょう。
いえ、昨日もなにかばたばたでしたけど、今日は輪をかけてひどいですよ。もうほとんど死んでるみたいな気分です。
うつむいて表情を隠したいです。
落ち込んでいると勘違いしたのか、クルス様に頭を撫でられました。慰めるにしてもやり方ってモノがあるのではないでしょうか。
あー、心臓が持ちません。
平常心はどこかに売ってませんかね。是非とも購入したいのです。もしくは鉄壁の無表情というやつを是非とも売り出していただきたいです。
あたしだけが気まずい沈黙ですね。
「黒茶と青茶どっちがいいかわからなかったから、両方いれてきた」
それほど時間がかからずゲイルさんがもどってきました。助かりましたが、そのお茶の選択は一体?
「青茶」
「ディレイには聞いてない。ま、両方飲んで。リリーがお土産であちこちから買ってくるんだが、余ってる。気に入ったら持ってって」
「は、はぁ。ありがとうございます」
大陸系のお茶はあるんですか。やはり探せば珈琲も紅茶もありそうな予感がします。
青茶は軽い感じの味で、やや緑茶に似ています。黒茶のほうが癖が強すぎて一口でダメでした。
添えられていたのは素朴な感じのクッキーとクラッカーの中間くらいの食べ物でした。ナッツとか入っていて栄養価はありそうです。
「さて、日暮れ前に帰るならそろそろ出ないとまずいんじゃないか?」
食べ終わって早々、追い立てるように店の外に出されました。
……落ち着きたかったのですが。急に二人に戻されるとどうしていいのかわからないんですよ。
心の準備というものがですね。ええ、もう、今日一日分色々言われたので、二人でお家に帰るなんてイベント拒否したいです。
雇用関係とかなんとかもっとこう距離感のある感じにならなかったんですかね?
クルス様はどうお考えなんでしょうか。嫌がっているというより困っている感じはしていたんです。
服の方の袋をぎゅっと抱えてしまいます。肩掛けの紐がついている鞄のようなものに入っているのでそこまで抱える必要はないですけど。
「行くぞ」
少し、苛立ったような声に聞こえたんですよね。見れば既に数歩は先におりまして。……帰りは手をつなぐ必要はない、ということでしょうか?
慌てて横に並びますけど、微妙にずれていくんですよね。薄々思ってましたけど、一人か男同士で出歩くことが多かったんじゃないでしょうか。
身長により歩幅の違いがわかってない感じがします。
……認めたくはないですが、足の長さもきっとものすごく違うんでしょうね……。
手をつなぐのも有効性はあったわけですね。すごく恥ずかしいとかそう言うのはあとで部屋で転がることにしましょう。
「待ってください」
今度はあたしの方からクルス様の手を握ってみました。
「迷子になると困りますから」
「そうだな」
これでも頑張りましたよ。言いたいことではないですけど、必要だと思ったことをしてみました。
でも、やっぱり無理じゃないですかね? これ。
この世界に来たのが、もし、神様か何かの仕業だとしたら本当に意地悪な神様がいたものです。
あたしのお願いは推しの幸せであって、あたしが幸せにする、ではないんですから。




