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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
少年編
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暗闇の中で



 何もない平凡な田舎の村に心優しい一人の少年がいた。

その少年は誰に説明されるでもなく『普通』だったが、反面的には『異常』でもあった。つまりは二面性。人には語れる特異な生い立ちを持ちながら、悲観することなく前向きに生活を送る。

 己の前世の記憶を持ち、子供離れした知識を持ち、皆から慕われていた。

 少年は魔法を持ちえず、力を持ちえなかった。『異常』を記憶の中へ抱え込み、矛盾を抱えて日々を送っていた。それでも少年はめげること無く必死に生きようと努力を重ねた。


 少年には幼馴染の少女がいた。生まれた時から互いを知り、いつも少年の傍に寄り添った少女だった。

 誰よりも明るく、誰よりも可憐で、誰よりも笑う少女だった。少女は少年にとっての"太陽"となった。

 少年には父がいた。父はかつて国の中心で王の剣として、国に尽くした騎士だった。

 誰よりも賑やかで、誰よりも強く、誰よりも頼りになる父だった。父は少年にとっての"流星"となった。

 少年には母がいた。母は生まれついての『異常』でありながらも、愛に生きる"母"であり続けた。

 誰よりも子を思い、誰よりも温かく、誰よりも優しい母だった。母は少年にとっての"星”となった。

 少年には故郷があった。村人はみな平穏を願い、世界中のどこよりも平和な村だった。

 どこよりも静かで、どこよりも美しく、どこよりも愛された故郷だった。故郷は少年にとっての"大地"となった。

 しかし。

 しかし。

 しかし。

 幸福なんて曖昧な定義は簡単に崩れる。積み上げたブロックを叩き落とすようにあっけなく。

 ある時、村に真っ黒な"隕石"が炎を纏って降り注いだ。隕石は少年の大地を焼き、太陽を沈め、流星を隠し、星を散らした。

 残されたのは少年だけだった。

 ()()()()()少年は隕石を呪い、世界を恨み、理不尽をなげく。

 太陽は勇気を与え、流星は盾となり、星は少年を未来へ導いた。

 少年は生かされた。少年を愛し、少年に愛された者達の手によって望まない生を与えられた。その先に何が待っているかなんて誰も知りえない。少年の心はマイナスに傾いた。悪意が蝕む世界を呪った。もう幸福になろうだなんて考えることすらないだろう。

 涙もとうに枯れ果てた。失えるものはすべて失った。

 一度黒が混ざった白は、決してと純白には戻らない。どれだけ白を足そうとも、それは白に限りなく近い黒である。『白』であり続けようとした少年は、邪悪な『黒』に侵され、二度と『純白』には戻らない


「うっ...ぐぶっ......オェェェェェ...ッ!!」


 ああ、永久とわに『純白』に戻ることはなく、『純黒』にもなり切れぬ哀れな少年よ。

 全ての"偶然"は"必然"である。何者かに定められた"運命"である。


「はぁ......誰、か..................父さん、かあ、さん.........」


 どこか遠い世界の隷民れいみんが言った。

『全ての原初は時計である。時間という概念的な思考を発現した者こそが、運命を定める"星"となる』


 さあ哀れで無様な少年よ。

 前を向け。

 闇を見据えろ。

 君の未来に永劫の幸福を願う。


「ふぐっ......うぅ、うっ...!!ウああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!」


 アルラは闇の中にいた。少年のボロボロに打ち砕かれた精神の内側を比喩したわけではない。

確かに目を開けているはずなのに一寸先も見えやしない。そんな暗闇の中で倒れている。虚ろな瞳が映すのはただ黒く広がる闇の中だけだ。

 どれだけ暗闇をさまよっただろう。何度もつまずき転んで傷を作った。ぴちゃぴちゃと水がはねる音だけがアルラの耳に届く、どれだけ歩いても傷が増えるだけだった。

 まばたきに目をつぶるたびに記憶が脳を焦がす。

 見たくもない瞬間が焼印のようにこびりついていて離れない、そのたびに泣き叫び、胃の中身が空になっても吐き続け、気を紛らわせるために床や壁へ頭を叩きつけた。


「....................................誰、か」


 誰も答えちゃくれなかった。

 どれだけの時間泣いていたのだろう。

 血を吐き、喉が枯れるほど叫んだ。異郷に飛ばされ、怨念を叫び、暗闇を歩いて傷を作った。何よりの苦痛は孤独だ。一人暗闇の中を行ったり来たり転んで傷を作っての繰り返し。失った水分を補給するため、僅かに聞こえる音を頼りに出口を求めてひたすら歩く。

 意味のない反復運動というのは精神にひどくこたえるものだ。

 スコップで掘った穴を埋めるを繰り返す作業のように、虚無感だけが残る。一人生き残ったという現実が突き詰める孤独。村の中でしか生きてこなかったアルラに頼れる人間なんて一人もいない。生きたいと願う理由すらない。それでも母が自分を犠牲に残してくれた命。

 死にたくても、死ねない。生きる希望なんてないのに。母が最期に残した言葉がアルラを辛うじて"生"へと結びつけていた。まるで呪いのような言葉がアルラの心に重くのしかかる。母の言葉がなければ、たとえ前世とも呼べる誰かの記憶を保持していようが何だろうが、結局のところ一人の少年に過ぎないアルラは今頃自らの命を断っていただろう。

 ここで死んだら母さんの、みんなの命の意味はどうなる。無駄にしていいはずがない。みんなが残した『アルラ・ラーファ』だ。必ず生き延びる。僕がみんなの命に意味を与える。

 そんな思いだけがアルラを自死から遠ざけた。だがそんな思いもお構いなしに環境という狂気は無慈悲にもボロボロの少年に牙を向ける。

 おかしなことに、この暗闇の空間は異常なほどに冷えていた。現在の季節は夏。太陽照り付る灼熱の季節のハズ。しかしこの場所はどうだ。まるで真冬の夜に外で裸になって突っ立ってるような極低温が、

 ただでさえ一晩中歩き続けたアルラの体力をゴリゴリとこそぎ落とす。アルラの頭は今までにないほど冷静だったのはさっきまでの状況が状況だからだろうか。


(寒い.........暗い.........)


 夏なのにこの寒さと一寸先も見えない闇。即ち置き去りにされた少年が立ち尽くす空間が、どこか遠くの洞窟だと理解するのにそう時間はかからない。

 低温にアルラの手足の先の感覚は鈍り、あちこちを切り裂いた出血による痛みも感じない。

 この少年が"ただの8歳の少年"だったら、今頃には力尽きて他の村人のようなただの肉の塊になっていただろう。少年に宿る前世の20を超える年月がはぐくんだ精神が、今にも膝をついてしまいそうな細い足を支え、ぽっきりと折れてしまいそうな体を動かした。

 だが限界はすぐ近くまで迫っている。

 いくら前世の記憶を持つといっても肉体は見た目通り8歳の子供であることに変わりはない。

 そして彼にしかない特殊な経験からくる妙な確信、()()()()()()()()()()()

 つまり体が心に追いつかず、逆に心が体の年齢に相応のレベルに引き下げられている可能性がある。

 アルラ・ラーファが灯美薫として覚醒したあの瞬間から感じていた、しかし気付かないふりをしていた妙な感覚。

 『灯美薫の記憶』が『アルラ・ラーファ』に侵食されるような自我の混ざり。精神が不安定になったせいか?今の『アルラ』の自我は極めて曖昧だ。


「なんで......は、僕は...この世界に何を......どうして、こんな.........」

 

 通常『人』というか弱いか弱い生物は氷点下の極低温に耐えれるようには作られていない。ホッキョクグマのような寒さに耐える毛皮もなければ極地の冷海に住まう魚のような凍らない血液も持ち合わせない。

 それゆえに『人』は衣服を身に着け、火をおこし暖を取る。

 気温が10℃を下回れば感覚は鈍り痛みも消える。核となる部分の温度が35℃を下回ると意識は朦朧となり体震えが止まらなくなる。そのまま1~2時間もすれば熱を作るための体の震えも収まり、待っているのは永遠の眠りだ。

 今が何時なのか、そしてここに()()()からどのくらいの時間が経ったのかは覚えていない。

 こんな時、属性魔法でも使えたら何とかなるのかもしれないが、アルラの属性は基本の中でも特に異質な『闇』。

 闇の魔法は主に封印や物体の停止といった"抑制"の働きを事象として起こすが、現状で扱えたところでいったい何の役に立つ。この状況ではどうあがいても活用することはできない。

 そのうえマ素を魔力へ変換できない体質のせいでそもそも魔法そのものを行使することができない。つまり魔法を使えないし、使えたとしても役に立たない。

 それに今は『もしも○○だったら』なんて考えてどうこうなるわけではない。

 自分の無力を嘆く暇があったら生きる道を探すほうが得だ。

 犠牲に報いるという意思だけが彼を奮い立たせる。


「出口を...」


 小さくアルラの唇が震える。時間は残されていない。意識も辛うじて体にしがみついているような状態だ。せめて痛みがあれば少しは気付けになったであろうに。

 ふらふらと彷徨うような足取りで出口を探すが一向に見つから気配もない。

 引きずるように足を前へ。

 死ねない。

 死にたくない。生かしてくれたみんなの思いに報いたい。悔しい。終われない。終わりたくない。

 ......憎い。


「っ!?」


 地面が消えた。そう錯覚した。

 がくんと足元が揺らぎ、アルラの体が前方へ大きく傾く。あるべきはずの地面がそこにはない。突如現れた斜面にアルラは足を踏み外してしまった。急な下り坂に体勢は大きく崩れ、冷たく固い岩の中を転がり落ちる。

 震える腕で必死に頭を守るが、転げまわるたびに全身の傷から血がにじみ、衝撃が体の芯まで響く。

 がっ!!ごっ!!と衝撃が全身に染みわたる。


「があっっ!」


 スピードを保ったまま背中から壁に叩きつけられ、苦痛の声が口から洩れる。一体どれだけ転げ落ちてしまったのだろう。ここがアルラの予想通り洞窟であるなら、向かうべきは下ではなく上だ。下へ向かうほど気温は下がり、出口も遠くなってしまう。

 幸い、大きな怪我けがはないようだ。それでも全身の痛々しい切り傷や擦り傷からの出血はある。深い傷こそないものの、疲労と相まってアルラの体は限界だった。

 手足が数十キロの重りに感じる。動かしたくとも鉛のような手足がそれを許さない。地面に仰向けに倒れたまま動けない。アルラの意識は既に消えかけ、指の先すらピクリともしなかった。重たいまぶたが静かに下がり、鼓動の音が遠ざかるのを感じながら、アルラは暗闇の天井を仰いだ。

 どこかで水が流れているのか、ちょろちょろという音が聞こえる。

 骨が軋んで動かない、歯医者で麻酔無しに歯を削られた後のあのジンジンという痛みを全身各所から感じている。


(結局、こうなるのか)


 死ぬ...『死』......二度目の終わり、生命の終着点。その一歩手前。

 前に死んだときに恐怖は無かった。いや、あったのだろうが、今よりは薄かったのだ。死を知らなかったから、火は熱いということを知らない幼児みたいに、けど今は経験して学習して知ってしまった。

 今は違う、一度知ってしまったせいか、怖い。怖くて仕方がない。

 ()()()()()()()()()

 どうしてこんなことになった?

 これが運命だというのなら僕がこの世界(ここ)に生まれた意味は何だったんだ?

 もしこの世界を造った何かと僕をここに呼んだ誰かが同一の存在なら答えてほしい。

 この二度目の命は何のためにあったんだ?

 ギリッ!!と、奥歯に力が籠った。


「畜生!畜生!!畜生!!!ふざけんなクソ野郎ッふざけんなァ!!何がっ、何が魔法、何が二度目の命だよ。奪うために...がほっ...奪うために与えたのか!?なあオイ答えろよ!こんなことならっ、こんなに辛いなら要らなかった、生まれてこなければ良かった!!なあクソ野郎楽しいか!?誰だか知らねェけどよォ!!俺っ、僕の命はッテメェの娯楽じゃねェ!!みんなもそうだっ!!奪われるために今まで生きてきたわけじゃない!!ああクソッ、幸せになりたかっただけなのに、それしか求めてなかったのにッ!!何とか言えよクソォォォォォオオオオオオオオオオッッ!!!」


 込み上げてきた言葉は吐き出すほかなかった。

 溜まっていた涙が決壊してぼろぼろと零れていく。もうとっくに出し切ったと思ったのに、水源がそこにあるみたいにとめどなく流れるから、もう感情のままに出し切ってしまおうと思った。

 今にも少年から意識が失われようとした、その時だった。


『お前か、さっきからぎゃんぎゃんわんわん泣きわめいてるのは。うるせえぞ近所迷惑だろうが』


極寒の死地に似合わない、間の抜けた声が木霊した。その声は幼い少女の声にも、年老いた老人の声にも、若い青年の声にも聞こえた。いくつもの、何人もの違う世代の声が重なりひとつの声として響く。

 後にある者はこの出会いを"救い"と呼んだ。

 またある者はこの出会いを"悲劇"と呼んだ。

 この泥まみれの出会いは、少年の道を決める数多あまたのifのひとつでしかなかった。だが少年の運命は、この道を選んだ。偶然か、あるいは必然か。少年のその先も、この瞬間に決定された。


『小僧、そこで死ぬな。虫が湧くと面倒なのでな、他所でやってくれ』


 『全ての偶然は必然である』と、大昔の偉い誰かが説いた。

 永い眠りにつくように、しかしその顔はとても安らかに。

 少年の意識は極寒の暗闇へ深く沈みこんだ。



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