誤解と爆裂
「いったい何が起こっているというのだ!!」
一部の人間にとっては、長く苦しい夜も開けた頃だった。同じような制服を身に纏う様々な種族が、どこかの会議室で同じテーブルに並んでいたのは。中でも一際威厳を漂わせる髭の男性が飛ばした怒号は、むしろこの場にそろう全ての種族の意思を背負った発言にも思える。それに何も苛立っているのはホワイトボードの前で怒号を飛ばした彼だけではないのだ。
普段はきっちり整っている髪形が乱れている。突然叩き起こされたので、整える暇もなかったのだろう。不機嫌そうな一人の犬の獣人がそう考えていて、視線を感じた本部長が視線を彼に移した。彼もとばっちりを喰らうのはまっぴらなので、自然を装って顔を視線を在り合わせの情報が書きまとめている資料に移す。
会議室内の誰もが彼と同じように視線をそらしたせいか、大層ご立腹な本部長の怒りはホワイトボードへと叩きつけられた。
「普段は酔っぱらいの不法侵入程度で目立った事件も発生したことすらなかった我が町で、よりにもよってこれほどまでに大規模な事件が発生するとは!」
全くどういうことなのだ!?と付け足して、再びホワイトボードに掌を叩きつけた。
そんなことを聞きたいのはこちらのほうだ、とその場の何人かが思わず叫びそうになるも、はっとなって口を紡ぐ。何もこの場にいる誰かが悪いというわけではないのだ。夜中に突如として呼び出された上に在り合わせの人員で結成された対策本部なんて機能するはずもなく、知らず知らずのうちに本部長という椅子に座らされていた男は怒り通り越して涙声になりそうだ。
可哀そうだがこれも仕事なので仕方ない。むしろ不安なのは、これまで散々だらけておいた組織がこのような非常時にしっかり働けるのかだろう。
周囲の反応も様々で、本部長と同様に苛立ちを隠さない者もいる。だが大半は心のうちに不安と苛立ちを押し込んで、本部長やその周囲の言葉を一つ一つ呑み込んでいた。やはり正義に仕える警察組織の一員。バッチの輝きは偽物ではないようだった。
「本部長」
「......すまない、取り乱してしまった。はあ...緊急会議を始めよう」
おずおずと隣へ出てきた女性の言葉を受けて、ようやく冷静を取り戻した。深いため息をつきバツが悪そうに頭を掻いて、この場を取り仕切る立ち位置を背負う男性がホワイトボードに指をさした。示された先には三枚の拡大印刷された写真があり、一つは盗まれたヘリの倉庫、遊覧ヘリ乗り場。一つは他の二枚に比べ画質が荒い、どうやら炎の写真のようだ。
さらに緊急対策本部長殿は懐からビニール容器で保護された何やら黒く焼け焦げた破片を取り出し、室内の全員に見えるように高く掲げながら進行する。
「これは第一の爆破現場である『白の使い』の教会で発見された、携帯型の反衝撃吸収材だ。普段はハンカチサイズで持ち歩くことができ、強い衝撃を受けると急激に膨張、所有者の身を不意の事故などから守るためのものだが...」
ちらりと、対策本部長が目先でホワイトボードの隣で佇む眼鏡の女性を指した。どうやら彼女は秘書のような役職らしい。バトンを受け取り、手元の資料を眼鏡の女性秘書が読み上げる。
「これはごく一部の地域にのみ普及している高級品です。その他の区域で手に入れようとすると軽く見積もって10万リスク以上、技術は独占されているので似たような製品を複製することもできず、主にトルカス国...中でもファンタ商会という商会が看板商品として売り出しています」
何を言いたいのかと顔をしかめた数人を見て、対策本部長がさらに険しい顔つきで付け足した。
「つまり今回の件は、他国からの介入があった可能性もある」
突如として会議室内に喧騒が現れた。
静寂に包まれていたはずが、たった一言で一気に室内がざわついた。当然だろう。今までこれといった関係を持たず、互いに平和を取り繕ってきた国家に衝突の可能性が生まれたのだから。それも自分たちの街で、だ。一歩間違えると、数週間後には付近が炎に包まれる可能性すらあった。
想像できるか?
自分が今いる建物が、地域ごとまっさらになる未来を。建物の代わりに軍事拠点が。人の代わりに戦車や兵器が闊歩する崩れた街が。それこそ最悪の展開というやつだ。自分たちの対応によっては国家レベルの事件に発展しかねないとなると、今までこれといった大きな事件に対処してこなかったこの街の警察組織には荷が重すぎる。当の本人たちもそれを十分に理解していた。
まだそうだと決まってはいないが、可能性があるというだけでも恐ろしいものは恐ろしい。
「静粛に、静粛に!まだそうと決まったわけではない。決まったわけではないのだが、注意するに越したことはない。手元の資料を見てくれ」
慌ただしい室内を再び静かに引き戻して、全員が指示された通りに資料の中に拡大写真を開いた。爆発現場、教会の残骸だが、不自然な点も一つ。それは精巧にカモフラージュされた鉄板のようなモノ。地下へのシェルターか入り口のようにも見える。ここにいる人間は皆報告を聞いているのでその正体は知っているが、いざ見てみると写真の中の教会で今までどのようなことをしていたのか。まず真っ当なことじゃないのは確かだ。
だって、教会に地下牢だなんて。
「報告によれば、写真内の扉から男性二人が飛び出していったのを一部の人が目撃している」
「一部、というのは?大勢人が集まっていたのなら、ほとんど全員が目撃していないとおかしいのでは」
「平和ボケした街の人々がある日突然大量の焼死体を見て平常を保っていられると?一部とはそういうことだ」
「盗まれたヘリは1台と聞いているのですが、第二の爆発はどういった経緯で発生したのでしょうか」
「それも合わせて現在調査中だ」
一部が納得したように頷いたり不明な点を考察し意見を交わしている中。対策本部長だけが思考を更に深くへと巡らせる。どれだけ考えてもろくでもない結果へ行きつくのは確かだが、それにしても他国からの宣戦布告だとすると腑に落ちない点もある。その一つが『何故この街を選んだか』だ。確かに多種族国家チェルリビーは、他国に比べて軍事関連の開発が進んでいるわけではない。むしろ国王は平和を願う穏健派だったはずだ。争いごとを好まず、戦争なんてもってのほか。とにかく話し合いで今まで国家間の問題を乗り越えてきた。こんな国を侵攻したところで領地程度しか得るモノはないはずだ。もしくはデメリットとして侵略国の肩書を得てしまうだろう。
そうなれば周辺国だって黙っていない。
自国も攻撃される可能性を恐れて、連合を組んで一気に攻められてしまうかもしれない。
つまりはメリットよりも圧倒的に、デメリットのほうが大きいのだ。
(それとも、トルカスは周辺国を抑え込むことが出来るほどの何かを造り上げる。もしくは手に入れたとでもいうのか?)
男は顎に指を当てて。まずは王都へ一度連絡を入れるべきか、と思っていたその時だった。
ドガッッ!!と蹴り破ってきたのかと思うほどの勢いで部屋の扉が開き、外から息を切らした捜査官の一人が入ってきたのは。全身にびっしょりと汗をかいている。どうやら余程急いでいたようだった。会議室内の全ての視線はその男へと集中し、話し声も途絶えた。
「ほ、報告します...つい先ほど第二の爆発現場にて、『白の使い』の神父が瀕死の重体で発見されました...!」
その場の何人かが、資料内三枚目の写真。あるいはホワイトボードの三枚目の写真を思わず覗いていた。確かに、写真内にはぼやっとだが、人らしきものが映りこんではいる。だがそれがまさかあの人がいい教会の神父だとは思うまい。何か事件に巻き込まれた可能性と危惧すると同時に、地下牢のことも聞かねばならないと思っていた矢先のことだった。
話の内容的に生きてこそいるらしいのだが。
「そ、それと」
彼が悪いわけではないのだが、申し訳なさそうに加えて話す捜査員に、まだ何かあるというのかと誰かが息をのみ、額の汗をハンカチで拭った。これいじょう面倒ごとを増やさないでくれという意のため息も。
「駆けつけた付近の住民から現場から逃走する灰色の毛髪の青年を見かけたとの証言も...」
対策本部長は少し考えて、あくまでも自分なりの結論をはじきだした。
とりあえず、その灰髪の青年を探し出すのが手っ取り早いだろう。
緊急対策本部長の一声で、一警察組織が一気に動き出す。会議室内の椅子に鎮座していた上層の人間が腰をあげ、各々のやるべきことへと走り出した。
そして一方では、だ。
つい先日まで病院のベッドで食っては寝て、食っては寝てたまにトイレにベッドを立つ生活を送っていた灰被りの青年は、『どうやったらたった一日でそこまで大けができるの?』と指さされる程度にはボロボロだった。特に左の手首はあらぬ方向に痛々しく捻じれ、在り合わせの布を駆使した三角巾で首から吊り下げている。ある程度の応急処置はこの場で出来ても、彼は初心者の域を出られない。
そもそも朝一で病院に駆け込む時間なんて彼には残されていなかった。持ち前の異能......『神花之心』の再生能力はより激しい副作用をもたらす。
まさに先ほど敵対組織のボスを内側から引き裂いたあの痛みだ。
流石に今の状況でそんな激痛には耐えられる自信がないので、大人しく簡単な応急処置で済ませてはみたが、如何せん再生に慣れているせいか痛みの違いが実感できない。もしかして『神花之心』のまた別の副作用とかで痛覚でもおかしくなったのか?と無事な右手のほうで頬をつねってみて、普通に頬が引きちぎれるかと思ったのでそんな心配もいらないようだ。
さて先に短髪の男が向かったであろう駅までの距離は、あとどのくらいかと取り出したのは黒い円盤状の端末。アルラ・ラーファ本人は詳しく聞かされてない...というより渡した奴が説明できるほど理解していなかったせいなのだが、とにかく自立進化型補助魔装システム、世界地図ウィアという最新の情報端末を取り出して、細かい距離を聞いてみた。
著しい肉体的、および精神的な消耗を確認。直ちに治療施設へ向かうことを推奨します――――。
「だめだこりゃ」
ぴこんぴこんと赤く画面を明滅させて、駅ではなくつい先日までアルラが寝泊まりしていた病院までの細かな道のりが表示された。求めているのは病院ではなく駅なので、もう一度聞いてみる。
.........確認しました。
何やら間があいてたので、機械?AI?にすら呆れられているのかもしれない。何はともあれ流石は世界地図。意味は分かってないが、表示された細分化済みの地図を見ると、駅まではあまり離れてはいないようだった。
アルラは改めてふらふらとした足取りでルートに沿って歩き始めたが、果たして間に合うかどうか。
しばらくボロボロの体を引きずって、やがて小さな検問に辿り着いた。一般人の姿はほとんどなく、同じような制服を身に着けた警官らしき人物たちが、何やら物騒なものを携えてこちらに構えている。銃口を向ける人の群れの背後のライトが点灯して、全身ぼろぼろの灰を被ったような毛髪の青年に向けられた。
拡声器越しの声が、届いた。
『止まれ。両手を頭の上に。抵抗しなければ、我々も何もしないと約束しよう」
片方折れてる...だなんて言っても無駄だろう。かといって今のアルラには、ここを力づくで突破するほどの気力すら残されていない。すっかりテロリスト扱いだな、と思わず笑ってしまいそうだ。
拡声器を持った男性は中でもひときわ威厳を放っていて、ピチッとした髪の毛が特徴的だ。
撃たれればそのままぱったりと天に召されてしまうアルラは、怯えることすらしなかった。ただゆっくりと、銃口と照明を当てる警察組織の中に歩んでいく。それに警戒を相手も強めて、一人として銃口をアルラから外さなかった。向けられた視線も、まるで犯罪者を見るそれだ。一人として味方はおらず、あからさまな害意だけは嬉々として青年を捉えている。
「......どいてくれ。行かなくちゃならないんだ」
「病院は反対方面だが?もしくは刑務所ならあいにく四つ隣の町だが」
ガチャリ、と。
男の肩を押しのけた右手首に金属のわっかが掛けられていた。いわゆる手錠みたいなものだが、『神花之心』で噛み千切るだけで簡単に外れてしまう。ここで異能を使ったのは流石にまずかったらしく、照準をアルラへ向ける警官たちの警戒の色がさらに強くなってしまった。
挙句の果てには上空。
今では教会で残骸と化しているヘリにも似た追跡機が一定距離で飛行している。
「我々は上辺だけの組織じゃないんでね。咎人だろうが何だろうが対抗する手段くらいある。大人しくお縄につきな」
「今回の事件で、俺が犯人だと思ったら大間違い、だ。『白の使い』...全部奴らの企みだよ」
「信用出来ると?」
「まあ無理だろうな」
ガッッッ!!!と。
拳が、容赦なくアルラの顔面に食い込む。
ここは地球じゃなければ日本でもない。警告なしに発砲なんて当たり前だし、『どちらかといえば疑わしきは罰せよ』が広まっている異世界だ。
勢いのままに吹き飛んだアルラが、ゆっくりとだが起き上がる。彼の頭の中に目の前の軍隊のことなんてこれっぽっちも入っていなかった。目指しているのはラミルだけだ。彼女を救うことだけが今の全てだ。
特大の【憎悪】と、ほんの少しの同情を含んだ笑みで、100年も残されていない力を存分に開放して。誰の目も追いつかない速度で、本当にただ力を込めただけの拳を地面に叩きつけた。
「なっ!?」
ガラララララララッ!!と、崩れた。崩れて、飲み込まれる。空気中を走り抜けた衝撃に打たれて、吹き飛んだ人さえいた。
一歩遅れてやっと一部の人間が衝撃が奔ったことと、地面が青年を中心に大きく砕けたことを認識する。
だが遅い。
目の前の【憎悪】はとっくに戦闘態勢に入っていた。直後の発砲音も彼方へ消え失せる。上空を旋回していたはずの追跡機はプロペラが大きくひしゃげて離れたところへ落下していった。
まさか日に三度も爆発事故が起こるとは、建物で作業中の連中も思うまい。これでもアルラは配慮したのだ。安全装置と緊急脱出が起動するように、また上空で爆発させて機体の破片が飛び散るの防ぐように。だがそんな気遣いを感じる間もなく。
たたん!と軽いステップのような音が響いた。
『神花之心』は、肉体を強化するたびに酷い反動が副作用として返ってくる。そのうえ発動に必要なのは寿命。あえて『神花之心』を例えるならミクロサイズのいつ爆発するかもわからない爆弾とドーピング薬を同時に注射して、爆弾は一切傷つけずドーピング薬だけを体内で扱うようなものだ。
メギメギメギメギメギメギッッッ!!!!と。
内側から引き裂けるような痛みが、一人の平凡な青年を蝕む。




