蛆虫の星
もう外に出てから生活が昼夜逆転してるようにすら思えてくる。前回の『フラン・シュガーランチ』との戦闘だって、深夜にズタボロの体で街中走り回っていたな、と今回も同じようにもうすぐ夜が明けるという深い深い夜の中を奔るアルラは考えていた。
そう言えば晩飯ほとんど食べてないし。
そう言えばあんま寝てないし。
よく考えたら自分病み上がりだし。
知り合ったばかりだった白銀髪の少女は自分とは無関係の所で勝手に死のうとするし。
何よりもムカッとするのは彼女が『アルラ・ラーファには関係ない』と簡単に投げ捨てたことだ。たった一か月の仲でも頼ってもらいたかった。悩んでいるなら相談してほしかった。今度ばかしはアルラも本気で怒れない。
痛む体の内側を気にしてはいるが、アルラが足を止める様子はない。逆に『神花之心』で体をさらに鞭打って、加速の度合いを徐々に速めていった。付いてこられない短髪男性のことも一応気にはしつつ、ふと今までの経緯を遡ってみる。
一番最初の『戦将』との遭遇時辺りで常に怪我を負うようになる呪いでも掛けられたのか、と疑ってしまう程度には怪我の連続だった。ヘリコプターの燃料爆発に巻き込まれてほとんど無傷で生還なんて体験は、恐らく今後一生をかけてでも味わうことはないだろうってか二度と逢いたくない。
そういえばだ。
会話の中でうやむやにしてしまったが、彼も『白の使い』に潜入していた以上任務を背負っていたはずだ。それがどんな形であれ、生き残ってる以上は別の可能性も浮上してくるのではないか?たとえば...
「っていうか!生き残ってるのはお前だけってことはヘリコプター云々を遠隔で操作してたのってお前だったんじゃねえのか!?」
「いやオレだっていろいろ事情があってだな...それにあれは『ウィア』がっ...」
「ウィア?ウィアってなんだよ魔装か何かか?」
突如現れた聞きなれない単語にアルラが走りながら眉を動かし反応を示す。運動不足な短髪橙髪の男はぜえぜえと荒く息を吐いて、合間を挟みながらも新出のワードを解説し始めた。だがその前にだ。ぜえぜえはあはあ酸欠気味のおっさんをどうにかせねばなるまい。
「ゼェ...ゼェ...ちょっ、たんま...ッ!」
「体力無さすぎ、急がねえと間に合わないだろうが!」
「あっあー...しんど...。とにかくウィアっていう人工知能?ソフト?が今俺の手元にある。世界中の情報媒体から適切な情報を抜き取ったり、状況をあらゆる視点から観察して最善策を導き出したりとまあ、これは教団が某国から盗み出したものでだな...」
「長い、三行で説明しろ」
「賢い!すごい!便利!」
もうやけくそに叫ぶ男が差し出したのは何やら近未来的なデザインの丸型液晶端末だ。だが画面はせわしなく赤の発光を繰り返し、『error』の文字を表記していた。電池やバッテリーでも切れたのかとでも思ったがどうやら違うらしい。
浮かび上がる文字の後ろで小さく並んだ数が表記されていた。コンピューターのエラーコードのようなものだろうか。
「だけどもうウィアは使えないぜ。いつの間にかアクセス権限が凍結されちまったらしくてな。まあ今までずっと無理やり誤作動を起こすようにコードを入力して認識を阻害していたんだからこうなるのが正常なんだが...」
超久々に触ってみる最新科学の結晶とやらに恐る恐る手を伸ばす臆病者アルラ・ラーファ。とそのとき突如、アルラの手が触れた瞬間、今まで赤を連投するだけだった端末がブブッ!!と震えた。即座にアルラが連想したのは日本の現代社会を支えるとともに問題にもなりつつあるスマートフォン。それも指紋認証で画面を表示するタイプのものだ。
今まであせたような赤を繰り返していた『ウィア』の画面は異常なしを伝える青へと移っていた。
「...動くじゃん」
「あれぇ!?おかしいな、さっきまでは確かに...」
男が再び握った瞬間、一瞬で画面は赤に戻された。どうやら彼が言っていたことは正しいらしい。さらにもう一度、奪うように取り上げた端末をアルラが覗いてみると、やはり画面は異常なしの青を示す。何が原因かわからない、ただアルラ・ラーファは問題なく扱えて、短髪の男は自由に扱うことが出来ないことは確かのようだ。
「お前なんかやったのか?どっかに隠されたボタンがあったとか...」
「何もしてねえよただ触っただけだ。むしろそっちが何かしてたんじゃないのかよ。それより先を急ごう、ラミルが待ってる」
『ウィア』とやらはひとまずアルラが仕舞っておいて、息切れ中の男を急かすように顎で暗闇の先を指す。彼が言っていたことが正しいなら、ラミルの『聖骸化』とやらまで時間に余裕なんてありはしないだろう。
「.....待ってる、ねえ」
きっと何となくの発言だった。彼も悪気はなかったと思う。
「その考え方は、お前だけの身勝手なんじゃないか?」
だが彼の言葉は、今アルラの心に最も刺さる。自分のエゴを押し付けようとしている。客観的に説明すればアルラの行動はそれだ。言い換えるならお節介。悪く言えば思想の押し付け。『自分が正しいと思うからこうしろ』と大声で叫んでいるようなものだ。アルラもその現実から目を反らすつもりはない。そんなアルラの心情を考えもせず、男はずかずかと踏み込んでいってしまう。
「......お前もラミルがいたほうが都合がいいんじゃなかったのか」
「そりゃオレだって幼気な少女が無意味に朽ちていくのなんて見たくないさ。彼女が協力してくれればオレの目標がぐっと近づくのも事実だ」
「ならどうしてそんなこと聞いた」
「だって」
早く進もうと急かしているのに、男は偶然付近にあった自販機で一本の缶ジュースを買った。額の汗を拭い、一機に飲み終えた缶ジュースをぺしゃりと踏み潰して、ゴミ箱に投げ入れる。狙いは外れてぺしゃんこになった缶が転がった。そして振り返って、一層深刻な表情になる。
「でもこれはオレのエゴだ。だから押し付けたくはない。彼女が本当に自ら死を望んでいるなら。心の奥底から出る真の願いがそれなら、オレは彼女の意思を尊重したい。それだけ言っておきたかった」
僅かな沈黙。
灰を被ったような頭の青年、アルラも散々迷っている。アルラに『噓発見器』や『精神看破』といった人の内側をのぞき込む力はない。『神花之心』はどうあがこうとも暴力でねじ伏せ、暴力で事を収め、暴力で平和をもたらす異能だ。
拾いなおした缶を改めてゴミ箱に放り込むと、男はあっけらかんとアルラによって肩をたたいた。そして温かい缶をアルラの頬に当てて、受け取ってみるとなんとコーンポタージュ。
真夏にあったか~いのコーンポタージュである。
「まっ、アンタがアンタなりの考え方を持ってるのはわかってる。オレにとやかく言う権利はない。『白の使い』をこれ以上放っておくのも危険だしな」
アルラは自分の目的を再確認する。
『白の使い』は許せない。
自らの目的のために犠牲を求め、命を消耗品のように使い捨てていく連中だ。どういうわけか信徒もそれが正しいと信じていて、誰もが狂った感性で自分の何もかもを捧げてしまう。教団の細かいところまで全部知ったわけじゃないアルラでも、ろくでもないことを考えているの認識がこびりついて離れないのだ。偏見より確信。がま口財布の中を確認して今更青ざめてるそこの男と同じように放置はできないし、ラミル・オー・メイゲルはもっと放っておけない。
「ラミルがああなってしまった原因の中には、きっと俺の存在も関係してる。変に関わったせいで与えた影響もあったはずだ」
「そうやって他人の問題を自分で抱え込もうとするのはやめたほうがいい。命がいくつあっても足りねえよ」
「.....命は一つだけだ。誰だってそうだ」
思えばこの一か月の彼女の言動にもヒントは含まれていたのだ。
それに気が付けなかったアルラにも非はあるのだ。
飲む気になれないコンポタの蓋を開け、本心を隠すように少しだけ口に含んだ。かなり走った直後のコンポタは喉に少なくないダメージを与えると実感して、これもポーチにしまいこむ。
「とにかく急ぐぞ。駅まではあとどのくらい...だ...?」
行くべき道へ向き直り準備していた短髪の男は不自然に揺らいだアルラの言葉に疑問を抱いて、またアルラのほうに向きなおると。
「おい、どうしたんだよ」
「まずい」
「はあ?まずいって、そのコンポタはオレのお気に入りで...」
「飲み物の話じゃない!空だッ、来るぞッ!」
爆音が炸裂した。
焼け付くが如く凄まじい熱風と衝撃。まるで熱の塊を全身に叩きつけられたような痛みがアルラの体を巡る。
ドロップキックで短髪の男を遠くへ蹴り飛ばさなかったら、少なくとも今後のこの場に一つの肉塊が生まれていたことだろう。
何も知らない短髪の男は衝撃で転がりまわりながら、隕石でも降ってきたのかと思った。........これが隕石ならどれほどよかったのか。あるいは二機目のヘリコプターなら。そんな妄言を吐く前にアルラの両腕はオーロラのような淡い光を放つ。
戦闘態勢を意味する『神花之心』の起動。ただ、即座に踏み込むにはあまりにも危険だ。
「さすがに警戒されますか。それにしても我々の中にも羽虫が紛れていたとは、完全に盲点でしたよ」
立ち上がる爆炎の中でゆらりと起き上がる人影。薄っすらと笑みを浮かべるその男を凝視しようとして、目を見開いていた男の口は意識の外にある。まだ『味方』でいるときはよかった。いざ『敵』に回ってみると、だ。まだあちら側にいたならおぞましい左腕の中にきっと自分のモノも加わっていたことだろう。
もしもは恐怖だった。
「......悪いな、オレはここでいったん離れる」
「あ?」
「都合が悪いことにオレはあんたみたいな直接戦闘の能力は兼ね備えてねえ。あんたの陰に隠れてるだけだと確実にお陀仏だ」
「なら、ラミルを頼んだ」
直後だった。
無言で走り去ろうとする男目掛けて、アルラのすぐ横を空気の槍がすり抜けていったのは。そして男の胴の中心を音もなく貫き、風穴をこじ開けたのは。
「ごぼっあ!?」
『神花之心』で守る暇もなかった。未知数の攻撃の発生源はもちろん神父。その無限とすら思える左腕の中の一つを二人に向け、勢いよく何かが発射されたのだ。
「てめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」」
「裏切者には速やかな死を。私たちは手こそ差し伸べるものの、容赦はしない」
とびかかったアルラの『神花之心』は、見えない壁に阻まれたように神父の鼻先で静止する。ゴンッッ!!という地面に全力でバットを振り下ろしたような鈍い音が発生して再び背後に弾かれる。舌打ちして、さらに二回目三回目とそれぞれ拳や脚蹴りを叩きこむ。もうそれがどんな異能の力なのかなんて関係なかった。アルラの頭を埋め尽くしたのは、『何が何でもこいつだけは殺す』という純粋な殺意だけだ。
だが、異変は別にも存在する。
「ッ!?がっああ!?」
唐突に、神父の体が宙へ浮きあがった。否、背後へ吹き飛んだ。丁度神父がさっき発生させた空気の槍を自分で喰らったかのように、腹に大穴を開けて吹き飛んだのだ。アルラの瞳がぱちくりと混乱するが、直後の声を聞いていた。
背後。
即死とすら思える裏切者の彼の声だ。
「そうゆうのなら、抵抗くらいできるぜ」
あれほどの傷を治すのは医学的には不可能だろう。それも一瞬で、全くの後遺症もなく。『神花之心』を以て再生力を強化できるアルラでも、再生までの時間がかかりすぎて途中で息絶える可能性のほうが高い。だがどういうわけか、完治している。驚きを隠せないアルラを他所に、今度こそ男はその場から退避する。
どうしようもない不意打ちを喰らった神父はとっさに『傷をいやす信徒の力』を解放しようと左腕を切り替える。まるでピンの配置を変えて読み込む記号を切り替えるように。だが切り替えたということは二つの力を同時に扱えないということだ。なぞる様な、お手本のように滑り込んだ下からの『神花之心』を回避する術がないということだ。
ガゴッ!!という軽快な音とともに。顎を打ちぬかれた神父が再び宙へ舞い上がる。どんな術式か、『治療』を終えた神父の左腕が再び切り替わる。そして地面から突き出した土の棘を避けるようにバックステップを踏んで、二人は互いに一定の距離を保つ。神父の失われた胴の穴はどす黒い粘土のような何かで埋められていて、壊れた壁を本来のモノとは別の素材で埋め立てるのに近い印象を与える。言わずもがな、人間でそんなことをやろうだなんて考えるやつがいることは知らなかったが。
「羽虫は、ぐちゃぐちゃに踏み潰してもあちこちに蛆をばら撒いて、永久に消えることはない」
ぐらりと。
あるいはどろりと。
神父の輪郭がブレる。
「貴様は蛆だ。世界の穢れが産み落とした汚点だ。我々が、私こそが絶対!羽虫や蛆どもから世界を守ることが出来る唯一にして絶対ッ!!」
「個の思想を全体の思想で塗りつぶして、個性がないからと言って他人から与えられて生きてるような害虫が何言ってんだ。たった一人の女の子も守れないような奴に、世界なんて守れるわけねえだろ!!」
べえ、と舌を出して、直後に衝突する。『神花之心』の内側から摺りつぶされるような激痛を制して、たった一人の女の子を守ろうとする青年が、世界の番人を自称する真の害虫を踏み潰す。
大きく。
どこまでも大きく。
口の端から漏れ出た命の赤。今にも明減しそうな意識を奮い立たせて、拳が触れる直前の一瞬を狙って『神花之心』を解き放つ。使いようによってはデコピン一回でコンクリートを粉砕可能な異能。そのより精密な操作を以て、副作用を最小限へ抑え込む。互いの拳が振れば当たる距離まで近づいて、互いに互いの命を取り選る状況が完成する。
「こっのォ...図に乗るな糞がアアアア!!」
「随分と口が悪くなったじゃねえか。優しい優しい神父サマ?」
空間が爆ぜたような音がアルラ・ラーファの耳を捉えた。
何もないところを横薙ぎになぞった神父の左腕がもたらした『信徒』の個性だろう。火薬の連鎖的な爆発にも似た小規模な爆炎が空中で青年を捉え、巻き込む。アルラ・ラーファは特にこれといった対策もせず、力任せに『神花之心』を振るうだけで強引に自分と神父を引き剥がした。攻撃の間合いが狂って、アルラの鼻先をまた爆炎が横切る。
悠長に話し込む必要はない。
今は拳と脚と、『神花之心』さえあればいい。
「第二ラウンド。お前をぶっ殺して、ついでに『白の使い』とやらも粉々に摺りつぶして、あの子の手を取れば全部終わりだ!!」




