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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
少年編
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蠢く強欲


 これは昔々のお話です。

あるところに、それはそれは美しいお姫様がいました。

お姫様は、世界の先を予知する不思議な力を持っており、

この力で世界中の人たちを救っていました。しかしある時、

一回だけ、大災害を予知できず、多くの人々が死んでしまいました。

これに怒った世界中の人たちは、世界で一番暗く、深い谷の奥底に牢屋を作って、

そこにお姫様を閉じ込めてしまいました。

お姫様はたいそう悲しみ、悪いのは全部自分だと思い込んでしまいます。

それから数年後、とある心優しい冒険家の男が、お姫様を助けるために谷にやってきました。

この冒険家もまた、死んだ人の魂が見えるという不思議な力を持っていました。

が、冒険家はこの力のせいで人々に気味悪がれ、いつも恐れられていました。

彼が牢屋を見つけ、その中を覗くと、

そこには、地面に横たわるお姫様と、それを隣でじっと見つめるお姫様、2つの姿が見えました。

既にお姫様は、亡くなっていたのです。

不思議なことに、お姫様の遺体は、腐りも汚れもしていませんでした。

自分の遺体を見つめるお姫様の魂は、冒険家が自分を見ていることに気付くと、こう声をかけました。

「どうか私の遺体をここから持ち出して、遠い遠い、誰も知らない土地へ埋めてください。

ですが、魂だけとなった私は自らの過ちを、罪を償うため、永遠に世界を漂い、見守り続けます。

これが私が犯した罪への、私が殺してしまった人々への、せめてもの償いです。」

冒険家は遺体を谷から持ち出すと、お姫様が言った通り、自分しか知らない、

遠い遠い、大地の地中深くにお姫様の遺体を埋葬しました。

そして長い年月をかけて大きな大きな鐘を造ると、お姫様の眠る大地にその鐘を建てました。

お姫様の魂がその鐘へと宿ると、

世界の変化を知らせる魔法の鐘となりました。

冒険家は、自分の12人の子供達に、墓石代わりの鐘の番と、世界を行く末を見届けるよう使命を託すと

誰も知らないところへと旅立っていき、その後、彼を見たものはひとりとしていませんでした。

しばらくして、人々は自分たちが犯した過ちにようやく気付きました。人々は深く反省し後悔しました

同じころ、世界には8人の魔王が誕生しました。

魔王たちは圧倒的な力で世界を蹂躙し、支配してしまいます。

大地は荒れ果て、水は乾き、火山が火を噴き灰が空を舞いました。

既に人々の心には、絶望しかありません。

するとどこからともなく、それはそれは美しく、優しい鐘の音が、世界中に響き渡りました。

世界を守護する12人の子供達が、世界に潤いを与え、山の怒りを鎮めると、

人々はお姫様が自分たちを救ってくれたのだと確信しました。

彼らはどこからともなく響いてくる鐘の音に、感謝し、祈り、涙を流しました。

そして、どこにあるかもわからないその鐘は『始まりの導鐘』と呼ばれ、世界の変化を知らせ続け、

人々に大いなる幸福をもたらしました。


おしまい



 結果的に言うなら、民衆の逆恨みで無残にも殺されてしまったお姫様が自らの罪を償うために魔道具に魂を移した。それから永遠に近い年月をかけて民を見守り続けている、というなんともまあファンタジーなお話だった。

 それにしても、酷い物語だとアルラは思った。お姫様が全然報われてないじゃないか。ハッピーエンドに程遠く、しかしこの辺はただのお話とするなら仕方のないことかもしれないが。

 鐘がつい先ほど鳴り響いたということは、さっき世界に大きな変化が訪れたということになるのか。


「お姫様や冒険家、それと12人の子供達の名前は出てこないの?」

「さあ?そこまでは知らないさ。この物語に人名は出てこないからな。結局はおとぎ話、そんな隅々まで細かくこだわってるわけじゃないんだろう」


 キャラクターの名前なんかは物語を構成する重要な要素だと思うが、読者はまあそういう話なのだと納得するしかないのだろう。重要なのは鐘が鳴ったという事実と、世界に何が起こったかだ。実際に鐘が鳴った今、父が語るおとぎ話の通りなら世界に何かしらの変化が訪れる、ハズだが...。

 アルラは思い浮かべた疑問をすぐさま言葉にして両親に投げかける。困ったように答えるのは当然ダリルだった。


「父さんと母さんは前にも鐘の音を聞いたことがあったの?」

「いや、無い。というより、誰も聞いたことがないんだ。最後に始まりの導鐘が鳴ったのはいつかもわからない。だからみんな誰かが作ったおとぎ話だとばかり思ってたんだが...」


 たかがおとぎ話だと軽く見ていた癖に、誰もかれもが音色をたったの一度聴いただけで存在を確信するのもおかしな話だが、それほどまでに全世界に広まる伝承なのだろう。

 それにアルラたちは結局のところNPCの村人に過ぎない。

 魔王だとか勇者がばちこら繰り広げる世界のモブにまで考慮された世界なんて、都合のいい存在は無いのだろうと自虐気味にアルラは考えた。


「こういう非常時は王都から手紙が届くから、その手紙の指示に従ったほうがいいな。王は賢明なお方だ。きっとすぐにでも村に使者を送ってくださるだろう。」


(王都からの使者!急にファンタジー色が強くなったなあ)


 やっぱ国を守る騎士みたいな人が来るのか?と普段は聞かない単語にアルラのテンションが急上昇する。この世界に転生して久しぶりのファンタジー要素じゃないだろうか。

 というか、普段のファンタジーが供給不足過ぎる。


(というか、この村ってちゃんと国の一部として認知されてたのね。むしろそっちに感動を覚える)


「どうした?アル」

「いや、この村ってちゃんと国の一部として成り立っているんだなって、感動してた。」

「感動って、そこまで田舎でも...田舎だな...」

「だけどわざわざ手紙を届けるためだけに使者を送るの?直接言葉で伝えたほうがいいんじゃない?」

「いや、書類にまとめたほうが色々と便利なんだ。言葉で伝えただけでは後々ちゃんと伝わったか確認できないからな。手紙ならば読み返せるし、見せるだけで確認が取れる。それにこの村では遠すぎて手紙を届けるのに配達屋を雇うにも手数料やらでやたらと金がかかってしまう。ならば直接届けたほうがいいってことだ。」


 森に囲まれた田舎の村は、たかが手紙を届けるだけでも一苦労だろう。ダリルが言うとおり金がかかりすぎる。


「王直属の配達部隊のほうがそこらの配達屋よりも速いしな」


 王直属の配達員なんているのか、と静かに感心しながら頭の中でなんとなく姿を想像してみた。残念ながら想像力が貧相すぎて真っ赤なポストのお手紙を届ける郵便配達員の皆様しか思い浮かばなかった。

 確かに国の機密文書とかを届ける場合は一般の配達屋だと情報漏洩の危険がある。


 台所から魚が揚がるいい香りが漂ってくる。もうすぐ晩御飯ができるようだ。

 食器棚から取り皿やフォークを取り出してテーブルに並べると、やけにデカい魚の揚げ物を大皿に乗せて運ばれくる。

 たった三人限りの家族。限られた幸せを分かち合うために、小さな幸福を願う全員が席に着くと、手を合わせていただきますと声を上げる。

 いつも通りの日常。賑やかな夕食時が始まった。

たとえ世界に何が起ころうともアルラにはこの、家族との幸せの時間さえあればいい。

 それ以上は求めない。

 優しい母、頼れる父。家族三人の団らんの時間。

 こんないつも通りの幸せが、彼には少し眩しくて、嬉しかった。







 同時刻。薄暗い霧が立ち込める大地に立つ雄大な巨城。大きさで言うと、武双王国ヘブンライトの王城にも、勝るとも劣らない。その先端は空を深く覆う雲を貫き、怪しげな光が所々の窓から漏れ出ている。

 まるで悪魔の巣まう地獄の屋敷のような不気味さを感じる。床が赤い液体で満たされた城の一室から、大きな声が響く。


「おい、状況はどうなってんだ」

「はっ、ヘブンライトへ潜らせた諜報員の報告によると、どうやらエスカル王が複数の『異界の勇者』の召喚に成功した模様です」


 屈強な肉体の大男が跪き、その眼前に立つ筋肉質な青年が、声を荒げる。青年の髪は赤く染まり、頭部からは2本の大きな角がねじれ出ている。鋭い瞳は怪しく黒光りし、眼前の大男を睨みつける。


「異界の勇者ァ...?勇者だァ?それにお前今、複数っつったか?」

「はい、複数の勇者の存在が確認されています」

「複数かァ...ちょいと面倒だなァ?」


 背に漆黒のマントを羽織り、上半身には極限まで動きやすさを追求したようなチェーンメイル。

その上から大量のベルトやネックレスを首からぶら下げマントの漆黒に紛れて、同色の籠手が両腕に見える。いかにも戦闘向けといった格好の青年は、声に殺気を織り交ぜさらに荒げる。


「別にオレに勇者なんて全く関係ないがァ...今は少しでも軍の数は減らしたくねェ。オイ、咎人とがびとは今どんくらい揃っている」

「捕虜を含めると38人ですが、大半が協力的ではありません」

「そんなの知ったことかァ!命令を聞かねえなら咎人の意味がねェ。処分だ処分」


 赤髪の青年が冷たく言い放った。

 そして、大男も、これといって反対するようなことはなかった。


「了解しました」

「もう少し必要か、各地の咎人の情報は揃ってんのか?」

「はっ、フランが諜報部隊から送られてきた情報の精査作業にあたっております。じきに完了するかと」

「よォし、すぐに軍を動かせ。とりあえず近場...そうだなァ......まずはチェルリビーへ向かえ」

「はっ!」


 大男が頭を上げると、次の瞬間にはその姿は後方の闇へ溶けて無くなり、部屋には赤髪の青年だけが残される。青年は狂気的なまでの笑みをその顔に浮かべると、背中から部屋を浸す赤い液体へと倒れこみ、鮮血のような赤い飛沫が上がる。


「もォすぐだ...世界は既に動き始めている...」


 仰向けに床へ寝そべる赤髪の青年は邪悪な笑みを浮かべたまま、静かに目を閉じた。



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