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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
少年編
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喧騒と音響


 アルラの儀式から約1年と半年が過ぎ、季節は巡り、夏となった。

 毎日のように続く当たり前の平凡な夏の正午過ぎ、強烈な日差しと猛暑が村中を襲い、村の木々では夏の風物詩ともいえる大量のセミが大音量で鳴いている。


 田畑には鮮やかな緑が実り、少しだけ涼しげな空間を演出する。じりじりと日差しが地面を照り付け、風が熱を運び熱風となる。ほとんどの村民がこの猛暑にやられ、気を滅入らせていた。


 黒髪に漆黒の瞳、『普通』という言葉があまりにも似合う少年、アルラ・ラーファも例外ではない。


「あっつ...なんでこう、夏は暑いんだ...」


 手に分厚い本を携えた少年は、額に汗をにじませ、思わず愚痴をこぼす。夏も既に中盤、アルラはほぼ毎日書庫へと通い続け、今日も午前中は書庫の中で読書にふけっていた。


 だがしかし、この村には当然、防暑設備のエアコンや扇風機などは存在しない。なにせ都から数百㎞は離れている辺鄙の村だ。そもそも、都にもそういった防暑の設備が開発されて、存在するのかはわからないが。なにせここは異世界。地球のような科学の発展があるかはわからない魔法の世界だ。


 村の外れに位置する書庫にも当然、防暑の設備なんてあるわけがなく熱がこもる。

 なのでアルラは書庫から離れ、村を囲む森の木陰で涼みながら読書を、と森へ場所を移した。しかし、照り付ける日差しからは、木々が守ってくれるものの、熱風や熱は常にアルラの身を襲い、あちこちから鳴り響くセミの声は読書に集中なんてさせてくれない。


 アルラは諦めて手に持った本を閉じると、家路に着くため歩き出した。すっかり本の虫となったアルラは、書庫にある本全体の4分の1ほどを読破していた。この世界の知識も多く身に着け、今では村一番の読書家だ。


 木々が生い茂る森の中、セミのやかましい鳴き声が森の木々に木霊し、気が遠くなりそうになる。


 それにしても、暑いな...と思わずため息が漏れる。不満をこぼして誰かに当たったり、神様にでも文句を言ったところでどうにかなるわけでもないのに。片手に持つ本は世界地図、この世界の地理を把握するため書庫から借り出した。


 彼が暮らすこの村は、多種族国家"チェルリビー"という国に属している。この国はその父が騎士として仕えていた国で、様々な種族が共存しているらしい。もっとも、属しているといっても国の領地の中に村があるだけ、といった感じだが。

 少年の活動領域は主に村の書庫とこの森だけなので、村の外の情報は知るよしもない。ちなみに、書庫にあったこの村付近の地図によると、この森は多くの魔獣が住むことから、"獣巣の森"と呼ばれている、らしい。


(魔獣とは、魔獣とは、と)


 魔獣というのは、一般的に魔力と属性を持ち、尚且つ知性を持たない動物のことを指す。魔物とも呼ばれるが、こっちはよく魔粘動生物スライムやゴブリンといった、人型だったり、定まった形を持たずに、魔力と属性を持つ生物を指すことが多い。


 そして魔獣や魔物、とりあえず魔物とまとめるか。魔物は人間族や妖精族と言うように各個人ごとに属性が分かれる人型の"種族""とは少し異なり、生物としての"種族"ごとに属性を持つ。


 例を挙げると、この森に広く生息するレッドボアと呼ばれる2m近い赤毛の猪は、全ての個体が『火』の属性を持ち、魔力を通して炎を操る。その鼻先に魔力を集中し、一気に放出することで火炎を生み出し、敵を撃退する。

 そしてこのレッドボア、基本的に前世の食に恵まれた日本の記憶があるからか、あまり満足していない異世界の食事のなかで唯一、僕の味覚が美味と感じる食材でもあるのだ。


(くそう考えていたら食べたくなってきた)


 アルラを襲うこの現象は前世でもよくあったいわゆる『ラーメンのこと考えてたらラーメン以外を食べる気になれなくなるよね現象』だ。

 ただ火を通して塩を振っただけなのに、口に含むだけで、濃厚な肉汁がジュワッと旨味と一緒に...

森の奥に出掛けた父さんが狩ってきてくれるのを願うしかないか...食欲を掻きたてられたアルラはよだれを拭い、再び歩き出す。


 歩き始めて数十分、日は相変わらず苦しいほどの熱を大地に伝え、木に留まるセミは森に喧騒を響かせる。日といってもきっとあれは太陽とは別の恒星なのだろう。ここは地球ではない。夜空を彩る月も無い。


(久しぶりに、ラーメンでも食べたいなあ)


 別に、この世界に不満があるわけではない。

 彼の命は本来、日本の道路に落下した瓦礫の下で尽きていたはずなのだ。

 どういった原理で前世の記憶が戻ったかは知らないが。


(あの後、どうなったのかな)


 懐かしい人の顔が頭の中に浮かび上がる。いつも面倒ごとにばかり巻き込んで、だけど頼れる親友。両親を亡くしてから、ずっと面倒を見てくれた叔父夫婦。社会人になってからもたまに会って遊んだ友人、会社の同僚...

あれ?僕って思ってたよりも人脈狭くね?

なんか悲しくなってきた。

 アルラが一人で勝手に自爆し悲しみに暮れていると、ふと辺りの森を見渡して喧騒が消滅していることに気が付いた。異変、というほどではないにしろ、様子が違うのは明確に。

 森と共に育ったと言っても過言ではないアルラ少年はそのへんについてはとても敏感である。


(なんだ?なんかおかしい...)


 先程まであれだけ爆音で鳴いていたセミも、夏の蒸し暑い風にざわめく木々の葉も、まるで何かに備えるかのように。まるでその瞬間だけ全ての生き物が姿を消したかのような静けさだった。

 悠々と時が止まったかのような静寂が辺り一帯を包み込む。


 その時だった。

 今まで、灯美薫含めた長い長い時間の中においても。一度だって聴いたことがないような、何とも言えない美しい音響が鳴り響いた。

 銀より凛々しく。

 金より神々しく。

 まるで、そう。


 ()()()()


 音色に形や姿があったのなら、それはまさしくそんな色だったに違いない。

 流れる小川の水面がその音色に唄われたように波立ち、木々も森の生き物たちも。まるでその一瞬のためだけに全てを忘れ去ろうと。

 確かにその瞬間だけは、世界中の時計の針が動きを止めていた。

 物理じゃない。もっと概念的に。


 アルラが思わず手に持った本を地面に落とすが、それにすら気づかない。


 頭の中に直接響いてくる、言葉ではとても表せない。表現する言葉が見つからない。それほどまでに、白く、白く澄みきった音。吹き抜ける涼風の如く安らかに、だれもかれもを寝かしつけてしまうかのように。

 金属製の打楽器だろうか...それも大きい...

 これは...


「...鐘?」


 長く続くそれに、自然と僕は耳を傾け、目を閉じて聴き入っていた。まるで、なにかを祝福するかのように優しく、雄々しくも荒立つ波のように力強く響く音色に、いつのまにか心を奪われていた。


 やがて音響は徐々に消え入り、遂には聴こえなくなるとセミは思い出したかのように音を立て、木々や草は風に揺られ騒めき、再び夏の喧騒が森を覆う。何も起こらなかった、ただ平和の一ページを引っこ抜いたかのような。


 世にも不思議な美しい鐘の音が響いたその後、アルラが森から帰ると村中が大騒ぎになっていた。大人たちが集まって、困惑した顔で話し合いを行っている。普段は恐ろしく平和な村だ。こんなに騒がしくなった村をアルラは今まで見たことがなかった。大人たちの輪の中で、なにやら酷く悩んだ様子で眉をひそめ、話を聞くのはおばば様。


 この村には男性の村長はいないが、代わりにおばば様が村のリーダー的な立ち位置となっている。

 村民も、何か起こったらまずおばば様に相談する。

 もっとも今までおばば様が受けてた相談なんて腰痛がひどいやら、今年は少し畑の収穫量が少ないとかそういった世間話の延長のような話ばかりだったのだが。


(忙しそうだから話しかけるのはやめておこう)


 書庫へ本を返却して家に帰ると案の定、母と父がなにやら神妙な面持ちで話をしていた。あらかじめ裏の井戸から汲んである水桶からコップに水を汲み、二人に近づくとこちらに気付いた母、エリナが声をかけてきた。


「ただいま」

「あら、お帰り。今日はゼビの揚げ物よ」


 くっ...レッドボアではなかったか...この溢れんばかりの食欲...果たしてゼビで収まるか...?

 ゼビとはこの近くの川で捕れる淡水魚だ。脂がのった白身が絶品、らしいのだが、やはり今の僕には少々物足りない。ガラスのコップに汲んだ水を一気に飲み干し、木製の質素な椅子に腰かける。


 だがそれよりもだ。あの鐘の音はいったい何だったんだろうか。アルラの疑問はまずそちらにばかり移ってしまい、他のことはもはや考えることもできない。

 何よりもあれから、明らかに村のみんなの様子がおかしい。第一、この村には森まで音が届くほど大きな鐘なんてないはずだ。少なくても少年は見たことがない。


「母さん、さっきの鐘の音っていったい...」

「あらアルラ。知らなかったの?本ばかり読んでるからてっきり知っているものだと...」


 今まで読んだ本の内容は、何度も何度も繰り返し読んでいるのでたいてい覚えているが、不思議な音色を奏でる鐘について記された本なんて、一度だって読んだ覚えがない。それにあの鐘はまるで頭の中に直接響くように聞こえた。

 もしかしたら魔道具の類かもしれない。


「あれは『始まりの導鐘』。世界の誕生と共に生まれた、世界最初の魔道具と言われている原初の魔装」


 やはり。

 しかしそんな大それた存在がこんな辺鄙な村にあるわけもなし、疑問は新たな疑問を呼ぶばかりだ。こればっかりは異世界に来てからというもの不便に感じるばかりである。日本にいたころであれば、薄っぺらい板の文字盤を指でなぞるだけでいつでも知りたいことを知ることが出来たのだから。


「もっとも、ただのおとぎ話だと思ってたけど、まさか本当に存在するだなんて...」

「おとぎ話?」

「アルも小さいころ、お母さんに読んでもらっただろ?3、4歳のころだったか」


 手に持つコップに入ったお茶を飲むと、やっぱり動揺が少なからずみられるダリルは視線をアルラへを向ける。アルラが覚えていないと目で訴えかけると、お茶の入ったコップをテーブルの上に置いた。そしてアルラから見て正面の椅子にどすんと座り込むと、淡々と話し始めたのだった。



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