リゾート・チェルリビー
水色をさらに白の方向へと薄めた色のひらひらフリル水着を可憐に纏い、美しく賑わう砂浜に飾られたビーチパラソルの下で優雅にドリンクを飲む美少女の姿は誰もが目を引く光景だった。ただし体つきが若干幼いせいか、サングラスが少し似合わないのが残念だ。
隣で砂のお城をせっせと創造する目付きが悪い不良みたいな海パン青年は保護者だろうか。どちらかというと怪しい人物側に立ちそうな彼だが、実はその目付きの悪さが少女に声をかけようとする紳士たちを震え上がらせて退散させていることを当の本人は自覚していない。
「夏と言ったらやっぱり、ビーチで優雅なひと時を過ごすに限るわね!」
シズク・ペンドルゴン
世界の対極を探す『箱庭』創設者の一人にして第二の王を務める少女の言葉だった。あの特徴的だった大剣はホテルに置いてきたらしく、身軽になった栗色ボブのサブリーダーはストローと柑橘系の果物が一切れ刺さったピンクのグラスを口へ運び、愉悦に浸る。
隣で割と壮大なお城を完成させた目付きの鋭いナイスガイ(自称)は満足気に額の汗を拭い。
「完成だ...遂に完成したぞォォォォォォォォォォォォォ!!」
歓喜に満ちた叫びをあげた。
「その年と見た目で砂遊びって恥ずかしくないのかしら」
「馬鹿野郎誰がどこでどう遊ぼうがそいつの勝手だろうが!!海ってなんか故郷でしょっちゅう危険生物とかの特番やってたせいで怖いところってイメージしかないんだよ」
そもそも日本、というか地球の危険生物がこっちの世界に存在するのかなんて知らないのだが、下手したらもっとヤバい生物がいる危険性も拭いきれない。なぜならここは魔法やら呪術やら異能やらが闊歩する異世界だから。
「ビーチとして機能してる以上、そんな危ない生き物とかはこのあたりに生息してないと思うけど」
「そういうところに限って踏んだら即死レベルの毒針を持ってる魚とか殺人クラゲがゆらゆら遊泳してたりするもんなんだ」
どんな所でも警戒を怠らないのは『異界の勇者』として間違ってるとは言えないがそんなんだから散々こき使われて精神の疲弊が起こるのだ。と呆れた表情で考えるシズクも口には出さない。恐ろしく出来が言い砂の城を横目に眺めて息を吐くだけだった。
ちなみに『箱庭』の情報担当、海獣族のホード・ナイルはというと海に到着したと思ったら自前の釣竿片手にどこかに行ってしまった。島育ちの彼に海は身近な存在なんだろう。どうやら泳ぐより釣りのほうが彼なりに海で好みな過ごし方のようだ。
精巧かつ壮大に作り上げられた砂の城を眺める目付きの悪い海パン青年椎滝大和は決して泳げないわけではない。ヘブンライトの戦闘訓練の一環として錘を背負って遊泳訓練なども行っていたし、そもそも大和自体運動神経はそこそこいいほうだった。ただし魔法の才や罪に恵まれなかったため、どうしてもそっちの才を持つ者が優先される戦場では後手に回っていただけだ。
もっとも、今は亡き恋人から受け継いだ『万有引力』があるのだが。
「そろそろ腹が減った。ここのビーチって海の家とかは無いのかな」
「海の家?あなたの故郷由来の施設は無いと思うわよ」
「そっか、焼きそばとかまず食文化がほとんど浸透してないもんな。当然か」
「お昼時だし、日に当たってればエネルギーも使う。私もお腹がすいちゃった、一度ホテルに戻りましょ。大和、ホード探してきて」
へいへいと大和は行動を開始する。釣りができる場所を探すとすれば人が少ない岩場当たりだろうとある程度の目星をつけると後は早い。少女が部下を働かせて一人だけ相変わらず優雅している間に少し離れた岩場の上で釣竿を降る糸目に薄青髪の少年、『箱庭』の情報担当の少年ホードナイルを発見した。近くに魚を入れるクーラーボックスもバケツもないのでどうやら釣り上げた魚はリリースしているらしい。遠くから少し観察していた大和に気付いたホードは軽く手を振ると釣り糸を引いて近寄ってきた。
「いやー、クーラーボックスでも持ってくればよかったですね。大物がたくさん釣れましたよ」
「みたいだな。シズクが腹減ったからホテルに戻ろうってさ。ちょうどお昼時だし、レストランも空いてる時間だ」
「了解しました」
折りたたみ式の釣竿をコンパクトにまとめて、ホードは手持ちのリュックサックに詰め込んだ。
そして戻ってみたらなんかいっぱいいた。
ついさっきまで大和がいた場所にわらわらと群がってた。しかも大和の超力作を無残にも踏み潰して、ビーチパラソルの周りをぐるりと水着の男たちが取り囲んでいる。恐らくずっと隣で砂遊びをしていた大和がいなくなった影響だろう。大和がちょっと涙目になってる理由を知らないホードが不思議そうな表情を浮かべて言った。
「みてくれだけなら美少女ですからね。あの人」
「俺の超傑作が...キングヤマト城が...」
放心気味な目付きの悪い『異界の勇者』はさておいて、人ごみを押しのけて合流した三人はレンタルしたビーチパラソルとデッキチェアを返却すると、ホテルに戻りレストランでしばらく豪華な昼食を楽しんだ。
一応このあたりで最も評判がいい(宿泊料も高い)ホテルなので設備も整っていて、宿泊客が自由に楽しめる室内プールや子供用のアミューズメント施設なんかや、大人向けのカジノなんかも施設内に存在する。
運ばれてきた高級サイコロステーキの端数をどちらが食べるかで大和とシズクが取っ組み合いになったり、敗北したシズクがやけになった末にやたらアルコール度数が高い酒でべろんべろんに酔っ払ったりとトラブルもあったが夜前にはそれぞれの部屋でのんびりできた。他の客からの視線が辛かったのは他でもなくホード・ナイル少年である。その後二人が温泉帰りにゲームセンターで迫りくるゾンビを機関銃で退けるゲームに熱中したり、サービスの一つであるマッサージを受けたりしているうちに時計の短針が12を指してしまった。
ちなみに借りた部屋は二部屋で、一部屋をシズクが、もう一部屋を大和とホードが使う形で落ち着いた。室内にはこの季節にうれしいキンキンに冷えたドリンク入りの冷蔵庫やエアコンはもちろん。製氷機やテレビも完備されている。
部屋に戻った大和がほとんど条件反射でリモコンをテレビに向けると、深夜の大人向けニュース番組が流れていた。特に見たい番組がない二人はなし崩し的に自分のベッドに座ってニュースを見続けることに。
『先日の深夜未明。トルカス国の最南端の街ニミセトにて、強欲の魔王軍幹部の『語り部』による大規模侵攻が発生しました』
画面に映しだされたのは倒壊した建物の残骸の映像や、恐らく街の住民や観光客だろう人々の様子だった。
確か大和の記憶が正しければ、ニミセトと言えば煉瓦造りの建物が美しい、水と共に生きる最先端技術の街のはずだ。映像にはまるでそんな様子はなく、痛々しい風景の数々が獣人族の女性アナウンサーに解説されている。
大和の口から、思わずため息が漏れ出る。
「強欲の魔王、か」
「何か思うことでもあるのですか?」
「世の中物騒なことばっかだなって」
場面は街人へのインタビューへと移り、マイクを向けられた人々が各々の心情を語っている。
惨状に涙を流す者。
命が助かったことを素直に喜ぶ者。
どちらともいえず複雑な表情を浮かべる者。
本当に様々だ。
「大和さんは、このニュースを見てどう考えますか?」
「どう、って?」
「これが最もいい結末だと捉えるか、それとももっと被害を抑えられたと捉えるか」
静かな口調でテレビの画面に食いついたまま、ホードが訪ねてきた。
説明に戻ったアナウンサーによれば、どうやら偶然居合わせた咎人の青年が『語り部』を討伐して侵攻を収めたらしい。大したことだが青年のその後が心配になってくる。
大和にはわからなかった。
最善がこの結末だったのか。自分だったらどう終わっていただろうか。
ヒトは遠くで起こった事件を『もしも自分であれば』と仮定できる生き物だ。だからこそ様々な問題点を多方面から導き出すことが出来るし、どうすればよかった、という反省点を考えることもできる。だからこそ意見の対立が生まれて、争いが生まれることもあるのだが。
「わかんないよ。そんなの。ホードはどうなんだ?」
「まず間違いなく僕ではこんな結末には変えられなかったでしょうね。『語り部』と言えば謎が多い人物で、様々な時代に顔を見せる長命な人物だとされてきました。現在の強欲の魔王に長い時間仕えるくらいですから、心も肉体も相当な強者なんだと思いますよ。僕なんかがかなうわけがないでしょう。だからいい結果と捉えられます」
ぴんっ!とホードは人差し指を伸ばして。
「もしも僕がニュースの中の青年より優れた力を持っていれば、解釈も変わってくる。『自分ならもっとうまくやれた』とかね」
「結局人それぞれなんだな」
「そういうことですよ」
二人は笑って、そう結論付けた。
同じタイミングで部屋の扉がガチャリと開く。姿を見せたのはボードゲームを片手に携えたシズク・ペンドルゴン。どうやら一人では暇で仕方なかったらしく、みんなで遊ぼうと無料でパーティーグッズを借りることが出来るスペースから借りてきたようだった。ルーレットを回して出た目の数だけマスを進める、所謂人生ゲームというやつだ。
「あら、このニュースなら私も見てたわよ」
「シズクはどう思う?」
「んーっ...」
からからと回るルーレットを眺めながら、少女は駒を手に取って。
「たぶんだけど、私ならもうちょいいいところまで行けたかな」
「いいところ、確かにそうかもしれませんね」
「ほら、私強いし」
あっさりと言いのけるのだった。行動を共にして数日の大和からすればまだまだ彼女は計り知れないのだが、自分で言ってのけるほどだ。少なくとも自分よりは格上、もしくはそれ以上なんだろう。ここへ至るまでの船で見せた力が彼女の一端に過ぎないことなど余裕から簡単に察せる。
『全財産をFXでスッた。手持ちのお金をすべて捨てて5000万リスクの借金を背負う』のマスに止まった少女の絶叫ににやにやと嬉しそうな微笑を浮かべる現在一位のホードも、再びテレビへ視線を向ける。
「そう言えば、もうそろそろ戻るべきですだと思うんですが」
「えー、まだ遊んでた~い!」
「戻る?」
首を傾げる大和へ、駒を進めているホードの代わりに追記したのはシズクだ。
「私たち『箱庭』の本拠地。きっとヤマトも気に入るはずよ」
「まあ大和さんなら馴染みやすそうではありますけど」
「具体的に、どこなんだ?」
「トウオウ」
今度は大和がルーレットを回して、シズクがあっさりと言った。ホードはというと『危険だけど近道ルート』と『安全だけど遠回りなルート』の分岐点でうんうんと唸っている。こんなゲームに熱中できるのはいつ以来だろうかと懐かしむ大和だったが、聞きなれない地名にまた首を傾げた。賭けに出たホードが。
「まあ、行ってみればわかりますよ」
彼にしては珍しく具体的ではなかった。
怪しいな、とは大和も思ったがそれより再びニュースのほうに耳が傾いてしまう。内容は先ほどから変わらず『強欲の魔王軍』によるニミセトの侵攻についてだった。何やら目の下に傷跡が残る強面の男性が質問に回答しているようだ。
昼のニュースで流そうものなら小さなお子様たちが泣き叫びそうな男は淡々と会話を進めている。
と、突然お隣の茶髪ボブ少女が喚きだした。
どうやら彼女の駒が止まった『ケーキ屋さんになる』の転職マスの影響を受けたか。
「お夜食が欲しくなったぞお夜食が欲しくなったぞ!おいホモ下の売店で買ってこい!!」
「いてっ、いてててて!わかったから靴ベラを振り回さないでください!いてっああもう!!」
修学旅行の夜みたいなテンションになるのは二人とも見た目相応。ここは便乗して夜食を手に入れるが最適解と判断した大和も行動を開始する。無言で財布から500リスク硬貨を取り出し、ホードに手渡すのだった。これにはホードも無言の圧力を決め込むが都合が悪いことをとことん無視するタイプの人間である大和は知ったこっちゃない。
「タケノコの森を頼む」
「私もタケノコの森ね。あとポテチ」
「ポテチは買ってきますが僕はキノコ派なのでキノコの林を買ってきますねけけけけけ。」
「おい貴様!やらせはしないぞ。やっぱり私も行くわ!」
「俺の分も頼んだぞ~」
永遠に終わらない論争をしながら扉を開けて出ていく二人の背中を見送って、少しチャンネルを変えてみようかとリモコンを手に取る。この時間帯はどの放送局もニュースで埋め尽くされているが少し視点を変えてみるにはいいと思ったのだ。同時にこの時間帯に飯テロの爆撃を受けるのは非常によろしくないので警戒も怠らない。そんな危険性のある文章がちらりとでも映ったら即座にリモコンを向けるのがコツである。
同じようなことを延々と紡ぎ続けるアナウンサーとニュースキャスター。
大和がチャンネルを変更しようとした刹那。
彼の意思の中には留まらないちっぽけな追加分をアナウンサーが最後に付け加えた。
『なお、『語り部』の侵攻を食い止めたという咎人の青年の行方は未だにわかっていません―――』




